第61話 全国の王太子の皆さん
「エリザベス様ー!」
朝のスクワットをこなしていると、侍女長が私の部屋に飛び込んできた。
いつもしずしずとした貞淑な彼女らしからぬ振る舞いに、何事かと駆け寄る。
「で、殿下がお見えです」
「でんか」
脳裏に浮かんだのはロベルトのあのキラキラした仔犬のような眼差し。
先日めでたく(?)身バレしたので、彼が乗り込んでくるのも考えられる事態だ。
大方稽古のお願いだろう。訓練着に着替えておいた方が良いだろうか?
というか、慌てすぎではないだろうか。
いくら王族とはいえ一応私の婚約者なのだ。婚約者の来訪でいちいち取り乱してどうする。
まぁ今まで一度も訪ねてきたことはないし、私も訪ねたことはないので珍事には違いないのだが。
特に慌てた様子のない私に焦れたのか、侍女長が強い口調で再度言った。
「王太子殿下がお見えです!」
「は?」
思わず素で応じてしまった。
「どうして王太子殿下が?」
「わかりませんが、エリザベス様にお会いしたいと」
「アポなしで?」
「アポなしで」
重ねて問ううち、私もだんだん侍女長と同じ顔になっていく。眉間にシワがよった険しい表情だ。
アポなし訪問、出迎える側にしてみれば、はっきり言って迷惑だ。
王太子は、アポなしで来てはいけない。全国の王太子の皆さんにはぜひこのことを覚えて帰って欲しい。
「わかった、早々に用事を聞いてお帰り願おう」
「エリザベス様、その前に」
侍女長がこの世の終わりのような顔をして、地を這うような声で言う。
「お召し物がありません」
「着ているよ」
「ご冗談を」
自分の服装を見下ろす。
いつも屋敷にいるときに着ているシャツとパンツは、公爵家に来る仕立て屋に頼んだだけあって上等なものだ。
ベストを着て適当なジャケットを引っ掛ければ十分余所行きだろう。
まぁ、彼女の言わんとしていることは分かってとぼけているのだが……正直なところ、今更である。
「そのような格好で王太子殿下の前に出るおつもりですか!?」
「いつも訓練帰りに会う時も同じようなものだよ」
「いつも!?」
しまった。口が滑った。
侍女長は今にも卒倒しそうな様子で唇を震わせている。
「え、エリザベス様、ロベルト様とはお会いにならないのに、王太子殿下とは『いつも』お会いなのですか……?」
「いや、ロベルトとも会っているのだけど」
会っているというか扱いているというか。
すっかり混乱した顔で固まっている侍女長の横をすり抜け、適当に服をごまかしつつ我が家で1番上等な応接室に向かった。
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