第54話 ドレスとリボンが似合う男の子だよ
「クリストファー? おーい、クリストファー? いい加減に機嫌を直してくれよ」
「…………」
ダンスパーティーが終わってからというもの、義弟は拗ね続けていた。
何度謝ってもぷいと顔を逸らして、不満げなままである。
無理に女装をさせて連れ回したのは悪かったと思っているが、それはもう散々謝ったはずだ。
何をそんなに拗ねているのか分からない。
結局パーティーではクリストファーと踊った後に女装三人衆とも踊る羽目になったし、時間が許す限りご令嬢たちとも踊った。
私だって痛みがなかったわけではないのに、こうも拗ねられては割に合わない。
「お兄様……」
「今回はリジーが悪いよ」
「うっ……」
助けを求めてお兄様を見つめたが、ぴしゃりと切り捨てられてしまった。
お兄様にそう言われると、私がとても悪いことをしたような気がしてくるから不思議だ。
「本当に悪かったって。頼むよ、どうしたら許してくれる?」
そっぽを向いた弟の顔を無理やり覗き込む。
クラスメイトの女子たちにも評判の良い、軽薄お願いスマイルだ。
わたしの苦笑いをチラリと横目に見て、弟はぼそりと呟いた。
「……い」
「ん?」
「ぼくの髪、姉上が切ってください」
「は!?」
斜め上の要求に、思わず笑顔の仮面が外れてしまった。
剣捌きには少々自信があるが、人の髪など切ったこともない。王太子殿下のような器用さもない。
クリストファーの細い首を刎ねるくらいならできるかもしれないが、刎ねてどうする。
「姉上から見て男らしい髪型にしてください!」
「ま、待ちたまえクリストファー。髪なんて切らなくても君は立派な男の子だよ、うん」
「ドレスとリボンが似合うのに?」
「ドレスとリボンが似合う男の子だよ」
「ぼくはそれじゃ嫌なんです!」
普段我儘を言わない弟が珍しく駄々をこねるものだから、すっかり困ってしまった。
クリストファーの髪型は確かにふわふわしていて可愛らしい印象だが、とても似合っている。
どこかの誰かさんみたいに前髪で視界が遮られているわけでも、乙女が裸足で逃げ出すような艶をしているわけでもない。
騎士の制服と帯剣が似合う女の子だっているのだ、多様性だと思う。
説得を試みるも効果がなく、結局弟の首が飛ぶのを心配したお兄様が美容師を手配してくれ、私がどんな髪型にするか指示を出すという形に落ち着いた。
少しでも興味のなさそうな素振りをすれば弟の機嫌を損ねること請け合いなので、私は熱心に美容師と相談をしているふりに苦心した。
私が指示したと言うより美容師の提案のうちから良さそうなものに是と答えただけだったのだが、弟は満足したらしい。
肝心の仕上がりはといえば、厚めの前髪のショートマッシュといった感じだ。
ふわふわの癖毛が印象を軽くしていて、どことなく韓流アイドルっぽい。
さすがお兄様の呼んだ美容師だけあって、元の髪型よりもさっぱりさせて男の子っぽさを強調しつつも、可愛らしい顔つきに合うような見事な出来栄えだ。
「すごい! よく似合うよ、クリストファー! とてもかっこいい!」
私が諸手を上げて褒めそやせば、彼は照れたようにはにかんでいた。
そうか。クリストファーももう思春期。
かわいいよりもかっこいいに憧れるお年頃だ。これからは積極的にかっこいいと褒めてやらなくては。
「そうだ。私もついでだからもう少しサイドの刈り上げを短く……」
「姉上」
腕の良い美容師に頼み事をしようとしたところに、クリストファーの刺のある声が飛んできた。
せっかく直った機嫌をまた損ねるのは面倒だ。やれやれと肩を竦めて、私は散髪を諦めた。
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