第49話 こう見えてロマンチストですので

「大活躍だったみたいだね」


 優美に脚を組み替えながら、王太子殿下は私に微笑みかける。

 いたずらめいた、からかうような色を含んだ微笑だ。


 もう何度目だろうか。

 呼びつけられて来てみたものの、毎度この王子様の暇つぶしに付き合わされるのも正直慣れて来てしまって、「またか」という印象だ。

 呼びつけにくる近衛騎士とは、毎回気配の探り合いと後ろの取り合いを繰り広げる鍛錬仲間になっている。


「……弟君に大事がなく、何よりです」

「しかし腹筋で刃を受け止めたというのは……にわかには信じがたい話だね」

「ご覧になりますか」

「いや、特に興味はないかな」


 ばっさり切り捨てられた。さすがお育ちがよいだけあって、皆さん奥ゆかしく遠慮がちだ。

 まだ事件が起きてそれほど日が経っていないというのに、もう詳細まで殿下の耳に入っているらしい。 それはそうか。がっかりとはいえ王子が暗殺されかけたのだ。


 ちなみに家族にはなぜかその日のうちに微に入り細を穿ちバレてしまっていたので、しこたま怒られた。

 両親と義弟はそれはそれは怒ったし、お兄様は怒りすぎて泣いていた。


 仮にも王族の命を救ったのだから少しくらい褒めてくれてもよいと思うのだが、誰も褒めてくれなかった。

 公爵家にいると私の方が異色かのような扱いを受けているが、本当は貴族としておかしいのは家族の方なのではないかと思う時がある。


 まぁ、両親は怒る方に気が行っていて、私が騎士団の制服で街をぶらぶらしていたことについてはうやむやになったので良しとするか。

 良しとするしかない。


「父が……陛下がこの件で、君に褒美を取らせようと言っているんだが」

「褒美?」

「ああ。第二王子の命を救ったんだ、本来は勲章ものだよ。今回愚弟はお忍びで出かけていたから、あまりおおっぴらには出来ないけれど……」


 ちらりと、殿下が横目で私に視線を投げる。


「陛下も君になにを与えたらいいか考えあぐねているようだ。ほら、君、地位や名声に興味は無さそうだし」

「はぁ」


 そう言われたが、私個人としては地位も名声ももらえるものならもらっておきたい。

 お金だって欲しい。あって困るものでもない。

 何故なら私は殿下たち殿上人とは違ってただの貴族、つまるところ俗物なので。


 しかしどうやら私は誤解をされているらしかった。人望の公爵家の人間であるというだけで。

 ここで無難に金品を要求すれば、なんとなくだが私の評判が下がりそうな気配がする。


 素行の悪い不良が善行をすると途端に良い奴扱いになるが、良いやつだと思われていたやつは良いことをしないだけで必要以上に悪人扱いをされる。

 例の不良と捨て猫理論である。解せない。


 僅かに逡巡してから、私はふと思いついた。


「でしたら、恐れながら一つお願いが」

「お願い?」


 殿下がぴくんと眉を跳ね上げる。

 どうして皆、私がお願いをしようとすると警戒するのだろうか。


「私と弟君……ロベルト殿下との婚約をなかったことにしていただきたいのです。出来るだけ、穏便に」

「……ふぅん?」


 王太子殿下は一瞬目を丸くした。

 ゲームではいつもやさしい微笑みの……貼り付けたような微笑みの、底の知れないキャラクターだったはずなのだが、最近とんとやさしい微笑みというやつを見ていない気がする。


「きみは、愚弟のことを気に入っているのかと思っていたよ」

「騎士団候補生としては、見込みのある方ですね」

「……命を賭して守ったのに?」

「臣下として、騎士団候補生の教官として、当然のことをしたまでです」


 澄まし顔で応じれば、殿下は値踏みするような目で私を見つめている。


「……他に、結婚したい相手でも?」

「いえ、特には。ご覧のとおり、私は王子妃には向きませんので。もっと相応しい方をお探しになるのが国のためかと」

「それは……そうだけれど」


 思っていることをそのまま告げたのだが、殿下はまだ探るような目をやめてはくれなかった。

 仕方がないので、ほんの少しぼかして、本来の目的を告げる。


「……じきに、運命の相手と恋に落ちるような気がしているのです」

「……似合わないことを言うね」

「こう見えてロマンチストですので」


 真剣な表情を作って、王太子殿下の瞳を見つめ返す。

 僅かに息を呑んだ殿下としばらく見つめあったが、やがて殿下は私からふいと目を逸らした。私の勝ちだ。


「……父上に掛け合っておこう」

「ありがたき幸せ」


 ほのかに頬を染めて、顔を背けたまま呟いた殿下に、わざとらしい貴族の礼を返す。

 レース編みの腕が素晴らしかったり、可愛らしい編みぐるみを作る少女趣味の殿下である。

 もしかしたらロマンチックなこともお好きで、協力してくれる気になったのかもしれなかった。


 だとしたら僥倖だ。どうか私と運命の相手……主人公との恋路を、邪魔立てせずに見守っていて欲しいものだ。

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