第48話 もっと見ていいんですよ
錯乱した様子のロベルトは、護衛騎士に半ば抱えられるようにして私と男から距離を取る。
残りの護衛騎士2人は男を逃すまいと背後を固めているが、おそらくその必要はない。
私を刺した男は、その場から動けずにいる。
普通なら再度ロベルトを狙うか、今回は諦めて逃げるべきだ。
推測するに、ロベルトが捕縛したというごろつきもこの男の仲間か、仕込みだろう。
騒動を起こして護衛騎士の注意を逸らし、ロベルトを攻撃しやすくするための策だ。
その頭があるのだ、次の一手を考えられないわけがない。
ではなぜ動かないのか。
動かないのではない、動けないのだ。
彼が私の腹に突き刺そうとしたナイフは、私が僅かに身をかわしたことで――そして硬い腹筋に阻まれて――刺さらなかった。
刃が横滑りし、身体をくの字に曲げた私はそのまま、腹筋でナイフの刃を挟み込んだのだ。
男はナイフを抜こうと腕に力を込めるも、がっちりと腹筋に挟まれたナイフを抜くことは出来ない。
ナイフから手を離せば良いのだが、異常事態に混乱しているのかその判断が遅れた。
「確保!」
私の掛け声に、様子を伺っていた護衛騎士たちが一斉に男に飛びかかった。
後手に回った男はやっとナイフから手を離したものの、時すでに遅し。
護衛騎士と騒ぎを聞きつけてきた警邏の騎士に取り押さえられ、そのまま連行された。
大方、ロベルトの存在をよく思わないどこぞの貴族の差し金だろう。
やれやれ、がっかり第二王子を狙って何になるというのか。口を割るかは……尋問官の腕次第だろうか。
ちなみに我が国の貴族はリアリストが多いのか、がっかり第二王子を担ぎ上げて王太子派を打ち倒し、自分が傀儡政治の実権を握ろうという者はいないらしい。
さもありなん。傀儡とはいえロベルトの下で働くなど私はごめんだし、きっと他の貴族も同じ考えなのだろう。
どうせ仕えるなら、まともな王が良い。
ただ、第二王子のロベルトの母の方が身分が高いことを気にしている者はいる。
生まれた順こそ後だが、本来ならもっと泥沼の王位継承権争いが起きてもおかしくなかった。
幸い――ロベルトにとって幸いかどうかは知らないが――向き不向きがはっきりしていたのでそのような事態にはならなかったが、第二王子を担ぎ上げるようなおつむの足りない貴族が現れるのではないかと危惧している者もいる。
腹を狙われたので、命を奪うつもりはなかったのかもしれないが……ナイフに毒が塗られている可能性もある。そこまでは分からない。
まぁ、詳しいことは私には関係がないので、優秀な騎士たちに任せよう。
「隊長!」
護衛騎士と一緒に駆け寄ってくるロベルト。
「ロベルト」
「隊長、お、俺を庇って、怪我を……」
「私は問題ない。腹筋を鍛えていたおかげでな。まぁ、服は多少千切れたようだが」
服をめくって腹を見せてやると、ロベルトはワッと顔を背けた。ナイフの切っ先が服を引っ掻いた程度なので、大した傷もない。
即死級の毒でも塗られていたら死んでいたかもしれないが……このとおりピンピンしている。
この世界の文明レベルは中世ヨーロッパ程度のようなので、微量で死に至らしめるような毒はまだ開発されていないのかもしれない。
いや実際中世ヨーロッパがどうだったのかとかまったく知らないが。
だいたい、私がロベルトを庇うために我が身を犠牲になどするわけがない。
私はこの世で一番我が身が可愛いのだ。
勝算があったし、たいした怪我もしないだろうことは予測の上で行動した。
庇ったほうが街の人の私への印象がよくなるだろうという打算に他ならない。
逆にここでむざむざロベルトが怪我をするのを放置すれば、私があの程度の暗殺者に遅れを取ったと思われてしまうではないか。
そんなこととは露知らず、今にも泣き出しそうな顔で私の腹筋と顔を交互に見ているロベルト。
後ろではロベルトの護衛騎士たちが私を指差して何やらひそひそ言っていた。
いやいや、まだ私の腹筋は他人様にお見せできるような仕上がりではないのだ。
まだまだこれから、発展途上である。
お恥ずかしい。もっと見ていいんですよ。
表情を引き締めて、伝える。
「だが、私でなければ誰かが怪我をしていたかもしれない。お前の行動が他人を危険に晒した」
「お、俺の、行動……?」
「さっきの男は大方、お前が捕らえたというごろつきの仲間だ。最初から狙いはお前だったんだろう」
「!」
私の言葉に、ロベルトの表情が硬くなる。
「ごろつきを捕らえた時、他に仲間がいないかよく確認したのか? ごろつきをぶん殴って目的を吐かせたか? ご老人とやらに聴取したか?」
「そ、それは」
「敵を逃せばそれはリスクになる。片付いたと安心したところで後ろから刺されることになるぞ。今日のようにな」
すっかり落ち込んだ様子のロベルトの肩を、軽く叩いてやる。
「わかったら、もう少し慎重に行動するように。弱いものを守ろうとできるのは美徳だが……すべきことを間違えるな」
若草色の瞳を揺らして、彼は私を見上げた。どこか大型犬めいた仕草である。
ロベルトよ、こんなことでうろたえているようでは、俺様系は務まらないぞ。
「貴様はまだガキだ。それを導くのが私たち教官の仕事だ。正してくれる相手がいるうちに誤っておいた方が救いようがある。……今日のことを忘れずにいるのが、貴様の仕事だ」
「はい……」
すっかり落ち込んでしまった彼に、私は苦笑いを残してその場を立ち去った。
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