第47話 公爵令嬢にお小遣い制度など存在しない

 夏休み、学園に入ってから週に1度程度しか顔を出せなくなっていた訓練場や警邏に思う存分参加し、私は充実した日々を過ごしていた。


 ご令嬢を侍らすのは気分が良いが、身体を動かすのもやはり気分が良い。

 お給金が出るので、主人公が現れた後の軍資金稼ぎにもなる。

 ノーブルでファビュラスでなくてはならないので、資金はいくらあっても足りないくらいだ。

 ちなみに公爵令嬢にお小遣い制度など存在しない。


 私が現れる頻度が増えたことで、候補生や騎士団の警邏仲間も喜んでくれた。候補生の一部など嬉し泣きしていた。

 どうも、学園でファンクラブとひと悶着あったらしい。詳しく聞くのはやぶへびの気がするので、追求しなかった。


 お貴族様には海や川に入る文化がないので、水着イベントもない。

 まぁ主人公がいない中でそんなイベントが起きるわけはないのだが、鍛えた肉体を見せられないというのは少々残念でもあった。


 夏らしい行事も特になく――林間学校とお盆を掛け合わせたような、学園行事の「星の観測会」は警邏の夜勤とかぶったのでパスした――1週間程度領地に行ってお兄様や義弟とのんびりした他は、バイト三昧である。


 その日も警邏のバイトの後、次のシフトの騎士との交代を済ませ、私は街をぶらついていた。

 顔なじみのパン屋でくるみ入りのパンを買い、齧りながら通りを流す。

 夏の終わりも近い。徐々に過ごしやすい気候になってきて、ぶらぶらするには絶好のシーズンだ。


 この世界には四季がある。違いは日本と比べて少々気温の変化が緩やかな程度だろう。

 そもそもで言えば、西洋の学校というのは秋から始まるところが多いはずだが、この世界は日本と同様4月入学、4月始まりだ。

 日本産の乙女ゲームだから当然だが、かなり日本ナイズされた不思議な文化が構築されていた。


 ご令嬢たちと話す機会が増えた今、インプットは欠かせない。話題の菓子店や、流行のアクセサリー。

 貴族のお嬢さん方は街の話を興味深そうに聞いてくれるし、彼女らがくれた情報を確認しておくことも、主人公とのデートなどでは役に立つはずだ。


 ゲームに出てきたカフェでも冷やかして帰ろうかと思い、十字路を左折すると、なにやら通りが騒がしい。

 野次馬根性で覗きに行ってみれば、見慣れた少年がこちらに近づいてきた。


「隊長!」


 いつものキラキラを私に突き刺しながら、ロベルトが駆け寄ってくる。

 野次馬根性で近づいたことがバレないよう、今異変に気付いたというふうを装って、私は彼に応じる。


「どうした? こんなところで……騒がしいが、何かあったか?」

「はっ! 友人と街に来たところ、ご老人に無体を働く男たちを発見しまして……捕らえて警邏の騎士に引き渡してきたところであります!」


 その瞳には曇りがなく、心底善行をしたとしか思っていないようだが……彼の後ろに控えている護衛騎士の心労を思うと胃が痛い。

 ついでに辺りを見渡してみたものの、彼の言うご老人はすでにこの場を去っているようだ。


 ロベルトの服装は立ち絵で見たことのある豪奢な私服でも、騎士団候補生の制服でもなく、ちょっとよいところのお坊ちゃん程度のものに抑えられている。

 友人――おそらく候補生だろう――とお忍びで街に来ているらしいことは明らかだ。


 ロベルトが街ブラを許可されているのだから、王太子殿下も一人で買出しに行けばよいと思うのだが……がっかり第二王子とは、そのあたり扱いが違うのだろうか。


 まぁ、ロベルトが街をブラついていようがいまいが、どうでもよい。問題は別のところにある。

 私は息を吸って、ロベルトを怒鳴りつけた。


「貴様、己の力を過信するな! 現実と訓練は違う! ミンチになってママのところに帰りたいのか、蛆虫!」

「し、しかし、隊長! 困っている人を放っては……」

「友人といたならば、誰か1人を見張りに立てて警邏の騎士を呼びに行けばよかっただろう! 貴様らのようなヒヨッコでカタがつく相手ならば、騎士はもっと簡単に危険も騒ぎもなく治められる! 貴様はただ力に酔って、善行をした気分になりたかっただけだ! その行為で危険に晒した者がいることを理解しろ!」


 ぐっと、ロベルトは押し黙り、悔しそうに唇を噛んでいる。

 少々言い過ぎたかもしれないが、このくらいきつく言わなければわからないだろう。

 彼の後ろに控える護衛騎士は、私に向かってマジ感謝!というジェスチャーをしている。


 今回は幸いにも怪我人は出なかったようだが、ロベルトがでしゃばった真似をしたことに対し、警邏の騎士はよい印象を持たないかもしれない。

 彼がうちの訓練場の候補生だということがバレたら、私まで警邏のバイトをクビになる恐れがある。


 今後彼が同じことを繰り返せば、それだけ私に迷惑が及ぶ可能性も上がる。

 貴重な実戦の場を失うわけには行かないのだ。リスクヘッジは重要である。


 ふと、何か違和感を感じる。

 俯くロベルトの後ろ、護衛騎士の更に後ろに、見覚えのない男が立っていた。

 普通の街人らしい容姿のその男と目が合った瞬間、ざわりと肌が粟立った。


 これは、敵意だ。


「避けろ、ロベルト!」


 叫び、私は彼の腕を引っつかむと、彼を庇うように前に出た。

 瞬間、腹部に衝撃が走った。


「ッ……!」


 急所を避けようと僅かに姿勢をずらしたが、間に合わない。

 衝撃に、無意識のうち身体をくの字に曲げる。


「た、いちょ……」

「殿下! こちらへ!」


 突き飛ばされていた護衛騎士が、即座に起き上がってロベルトを背に庇う。

 そう。後ろにいた男は隙をついて護衛騎士を突き飛ばし、ロベルトを害そうとしたのである。


 痛みの発信源である腹部に目を落とせば、男が脇に構えた短いナイフのようなものが見えた。


「隊長! そんな、俺のせいで」

「殿下! 危険です!!」

「は、離せ! 隊長が! 隊長――――!!」

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