第36話 生徒たちの安全のために隔離推奨
「エリザベス・バートンくん。何故呼び出されたか、分かっているね?」
学園長室で待ち構えていた学園長先生は、部屋に入ってきた私に椅子を勧めてから、重々しくそう切り出した。
お祖父さまより少し若いくらいだろうか。ロマンスグレーの髪を後ろに撫でつけ、口ひげを蓄えた壮年の男性だ。
私は必要以上に愛想よく笑いながら、首を横に振る。
「いいえ、まったく」
私の答えに、学園長はため息をついて肩を落とす。
「君が女子生徒なのに、男子生徒の制服を着ているからだ」
「何か問題が?」
「護身術の授業では着替えの必要もある。その格好で女子更衣室にいては混乱を来すだろうし、かといって男子更衣室を使わせるわけにもいかない。どうして問題ないと思ったのかね?」
眉間に皺を寄せながら問われ、私は悟った。やはりこの学園長と言う人は、それほど頭が回るわけではないようだ。
「この学園の規則をすべて読みました。『生徒は学園内及び学園の行事で学外に赴く際は制服を着用すること』と書いてありましたが、『男子は男子の、女子は女子の制服を着用しなければならない』という規則はどこにもありませんでしたよ」
用意してきた答えをそのまま声に出せば、学園長の表情がさらに険しくなった。
「そして、規則によると入学時の規則が卒業までの3年間、適用されるとか。つまり、仮に今から規則が変わったとして、その影響を受けるのは来年度の入学生からで、私は対象ではない」
「規則の問題ではなく、常識的に考えて、適切な制服を選択すべきだという話だよ」
「しかし、規則でなければ強制はできない。そうですよね?」
常識的に考えて。この世界での生活も足掛け9年になるが、常識について説かれたことはあまりなかったかもしれない。
両親はそういった諭し方をしない人だったし、それ以外の人からは……まぁ、説かれても私が聞いていなかったという可能性もあるが。
常識というものは、得てして人によって違うものだ。
それに、常識に囚われていては、攻略対象は務まらない。こちらはノーブルで、ファビュラスでなければならないのだ。
私にまったく響いていないのが伝わったのだろう。学園長先生はまたため息をついた。
「人を殺してはいけない、と法律に書いていなかったら、人を殺していいとでも言うのかね?」
「ええ、そうです」
彼の言葉を、私は間髪入れずに肯定する。
「そう思う者がいるから、法律があるのでしょう。法律がなくても誰も人を殺さないと、本当にお思いですか?」
学園長は、答えなかった。
彼くらいの歳なら、50年前にあったという一番最近の戦争を体験しているかもしれない。
そうでなくとも、法律があってもなくても、人が人を殺すということは知っているはずだ。
しばらく、睨み合いが続く。このままでは平行線になりそうだったので、私は次の手を打つことにした。
また最初のお愛想笑いを浮かべ、立ち上がる。カツカツと靴を鳴らして、学園長に歩み寄った。
「そうそう。一つお渡しし忘れていたものがありました」
懐から取り出した書類を、学園長に渡す。男子の制服は懐に内ポケットがついているのが便利である。
彼は傍らにあった老眼鏡を手に取ると、私から受け取ったそれに目を通した。
「剣術のお免状です。私、師範の免許を持っていまして。これを持って行けば、護身術の授業が試験以外は免除になるとか。これで更衣室の問題はないですね?」
学園長は、書類と私を見比べる。身分の高い者にありがちの、値踏みするような目だ。
しばらく彼は頭の中で何かを天秤にかけているようだったが、やがて目を伏せ、首を横に振る。
「更衣室の件は、あくまで問題の一つに過ぎない。とにかく、君の服装については……」
ばん。
私はわざと大きな音を立てて、学園長先生の前にある机に、手をついた。
私の望む答えが返って来なかったので、さらに次のフェーズに移行することにしたのだ。
理知的な話し合いで解決できるなら、それでよかったのに。感情論を持ち出されると、こちらもそれ相応の対応をしなければならなくなる。
相手がどうかは知らないが、私はそもそも、悪役令嬢なのだ。
性格の悪い私にとってのそれ相応が、正攻法なはずがない。
こちらが正攻法の「お願い」をしているうちに、私の望む答えを返しておけばよかったと、後悔させてやる。
大きな音に驚き、目を見開いている学園長。私が机から手を放すと、手のひらの下敷きにしていた書類の束が現れる。
私はそれを手のひらで示し、にやりと不敵に口角を上げた。
「あと、こちらは推薦状です。私の通っている騎士団候補生訓練場の教官と、お世話になっている騎士団の師団長が書いてくれまして。もしお免状で不足のようであればこちらもと」
そろりと、学園長が一番上の書類に手を伸ばす。
恐る恐ると言った様子で開いた書類を読み進めていくうち、驚愕でまたどんどんと彼の目が瞠られていく。
「どのくらいあればよいか分かりませんでしたので、近衛師団を含めて全十三師団の団長さんにお願いしました。いやぁ、骨が折れましたよ。皆さん、『自分を倒せたら推薦状を書いてやる』とおっしゃるものですから」
どんどんと書類を開いていく。ひらりと足元に落ちた書類には「参りました」の文字と、近衛師団長の署名。
机の上に開かれた書類には、騎士団のお歴々の署名とともに、「手を出さない方が身のため」「ゴリラなんて可愛いもの」「生徒たちの安全のために隔離推奨」「止めたきゃ羆でも連れてこい」等の文字が躍る。
私も中をきちんと検めたのは今が初めてだったが、果たしてこれは推薦状か?
ゴリラとか羆とか書いた奴とは、再度話し合いの必要がありそうだ。肉体言語で。
顔面蒼白の学園長を見下ろし、私はもう一度、ばんと音を立てて机に手をついた。今度は、超至近距離で学園長の顔を捉える。
「ところで、戦争では人を殺すことも是とされますね。むしろたくさん殺せば殺すほど、称賛されることもある。たとえ命がかかっていなくても、利権のため、自由のため。戦争は起こり、人は大義名分のもとに、人を殺す」
がたがたと震え出した学園長。構わず、私は続ける。
「自由のためという大義を掲げた殺人は、『革命』と呼ばれます。騎士道を学んだ身としては、憧れちゃいますね。革命」
学園長が、ヒッと小さく息を呑むのが聞こえた。私は勝利を確信し、一層笑みを深くして、学園長の瞳を見据えた。
「それで? 学園長先生は、私の服装の自由について、どうお考えなのでしたっけ?」
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