第37話 期待を込めて、星4つ

 屋敷に帰ると、玄関ホールでクリストファーが待ち構えていた。


「姉上! おかえりなさい!」

「ただいま、クリストファー。ずいぶん熱烈な出迎えだね」

「学園、大丈夫でしたか? 何か問題を起こしませんでしたか?」


 帰ってきて、いきなりこれである。人聞きが悪い。


「大丈夫。何も起きてないよ」

「本当ですか? 制服のこととか、先生に怒られませんでしたか?」


 鋭い。

 心配そうな顔で後ろをちょこちょこついてくるクリストファーに、私はにっこり微笑んで答える。


「いいや? 全然?」

「姉上」


 どうしてだか、家族には嘘がすぐバレる。特にお兄様とクリストファーには、真っ赤な嘘はたいていの場合通じない。

 仕方なく、事実を話すことにする。ただし、わざわざ言うまでもないような一部の内容は、伝えなくてもよいだろう。


「……事情は聞かれたよ。でも、ちゃんと話したら分かってもらえたから大丈夫」

「……そうですか」


 自室について、クローゼットの前まで来たところで後ろを振り返る。

 声から予想はしていが、義弟はまだ納得がいっていない様子だった。私は苦笑して、脱いだジャケットをハンガーに掛ける。

 いつの間にか傍に控えていた侍女長がそれを受け取り、私とクリストファーにお茶の準備を始めた。


「やっぱり、ぼくも一緒に通いたかったです」

「来年からは一緒に通えるだろう」


 学園に通う直前、クリストファーが相当駄々をこねたのを思い出す。私と一緒に入学すると言って聞かなかったのだ。

 実は、貴族の子息の間では、1つや2つ年を誤魔化すのはよくあることである。

 たとえば、王族や有力な他の貴族の子息と同じ時期に学園に通わせるためだとか、事情があって「その時期に生まれていると計算が合わない」時だとか。


 さすがにお父様とお母様にまで頼む勇気はなかったようだが、お兄様には散々食い下がっていた。お兄様も私も苦笑いするだけだったが。


「ぼくの見ていないところで、姉上が何をしてるか心配で……勉強にも身が入りません」

「そんなに心配しなくても」

「兄上も心配していました」

「うっ」


 お兄様のことを引き合いに出されると、弱い。大方、「リジーのことをよく見ておいてね」とでも頼まれているのだろう。


「入学前も、訓練場を休んでいるはずなのに、何だかやたらとボロボロになって帰ってくる時期がありましたよね。兄上もぼくも本当に心配したのに、何をしていたか結局教えて下さらないし」

「あれは、武者修行だよ。武者修行」


 クリストファーに言われて、例の「推薦状」を集めに回っていた時のことを思い出す。

 さすがは騎士団の師団長だけあって、誰も彼も強者揃いだった。


 詳細は省くが、王族直属の近衛師団長と、国防最前線を任されている第十三師団の団長は桁違いの強さだった。勝てたのは正直運もある。

 もし私が金に困った暁には、各師団長との戦いを戦闘バトルモノ風の伝記にして売ろうと思う。


「お友達、出来ました?」


 義弟にそんなことまで心配されるとは、何とも情けない限りだ。

 今日、学園長室から戻ってみれば、入学式後に取り囲まれたのが嘘のように、誰も私に話しかけようとはしなかった。


 だが、状況はそう悪くはない。都合の良いことは聞き逃さない地獄耳なので、遠巻きにされながらも「かっこいい」「素敵」というご令嬢たちの囁きはしっかりと聞こえていた。


 ナンパ系キャラには、必要なものがある。それは「取り巻きの女子」だ。

 そしてそれは悪役令嬢にも必要なものであり、悪役令嬢たるエリザベス・バートンには、取り巻きの女子をゲットする才能があるはずなのである。


 これから1年で、どこまで行けるか。すべては私の双肩にかかっている。

 私は義弟の方を見て、可哀想な義姉だと思われないように、胸を張って堂々と答えた。


「……これから、かな」


 期待を込めて、星4つ、というところだろうか。


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