第29話 ようやく気づきましたか
おかみさんに勧められ、私と殿下は店先のベンチで休憩することにした。
お嬢さんは近くの植木に繋いで、待ってもらっている。
お茶を飲んでぼんやり雲を眺めていると、通りかかった馬車から御者のおじさんがこちらに手を振っていた。
「騎士様! この前はありがとな!」
「この前? 何だったかな」
「脱輪したの、助けてくれただろ!」
「ああ、そういえば。よく覚えているね」
「一人で荷馬車持ち上げるのはあんたぐらいだからな」
おじさんの馬車が通り過ぎた後も、顔なじみたちが通るたび、「どうした、そんなところで」だの、「調子はどうだい」だの、「儲かってるか?」だの、私に声をかけていった。
いつも馬に乗ってうろうろしている私が、珍しくベンチでお茶などしばいているから気になるのだろう。最後の奴は私を何だと思っているんだ?
街行く人と私とのやり取りを黙って見ていた殿下は、紅茶を一口啜り、ぽつりと呟く。
「そうか。きみは私に、これを伝えたかったのだな」
合点がいったとでもいうように、殿下は頷く。
殿下の言う「これ」が何か分からないが、私も「ようやく気づきましたか」というような顔を作って頷き返しておいた。
「きみは街の者に愛されている。だから街の者はきみに優しいし、親切にする。身体を気遣ったりもする」
「ええ、そうですね」
「そしてきみと一緒にいる私にも、同じようにしてくれる」
そう言って、彼は齧りかけのスコーンと、カップに視線を落とす。
ちなみに私は全部食べてしまったので、いささか手持ち無沙汰になりつつ、彼の言葉を待つ。
「きっと、城の者もそうなのだ。父を……国王陛下を慕っていて、だからこそ私にも、親切にしてくれている」
国王陛下を慕っている者が多い、という考えには、私も異論はない。
お父様もお兄様も、今の国王陛下のおかげでこの国は平和なのだと言っていた。
政治のことは分からないが、話が簡潔で感じが良かったし、治世が平和なのはよいことである。
「もちろん打算ゆえのものもあるだろうね。だからすべてを正直に受け止めるわけにはいかない。だが、それを頭から疑って……疑心暗鬼になって、すべての優しさを受け入れないことも、また同じくらい愚かな行為だ」
殿下は、自嘲気味に笑う。先日までの「構ってちゃん」オーラはすっかり抜け落ちていた。
「どうやら私は少し、過敏になりすぎていたようだね」
彼の言葉に、私は大きく頷いた。
私の思っていた道筋よりもだいぶポジティブなところを通ったが、私が彼を連れ出した目的の2つ目も、無事に果たされたようだ。
ずっと城にいて、周りは自分のことを気にしている者ばかり。
顔色を窺われたり、すり寄られたりが繰り返される日々。
そんな中に身を置き続けていたら、自意識過剰になることもあるかもしれない。被害妄想だってするかもしれない。
だからこそ、彼を知らない者ばかりがいるところに来てみれば、気づくと思ったのだ。
誰も彼のことなど気にしていないのだと。
たまたま彼の周りに、彼のことを気にする人間が何人か集まっているだけで、世の中の大多数は彼に興味すらないのだと。
それに気づけば、行き過ぎた被害妄想はなくなるだろうと思ったのだ。
逆に、これまで自分が常に注目されて、話題にされて当然だと考えていたことが、恥ずかしくなったりすればよいと思ったのだ。
現にこうして、たいして変装していなくても、街の人は誰も殿下の正体に気づかなかった。
それでも、パン屋の店主は彼にスコーンをくれたし、果物屋のおかみさんは彼を心配してくれた。
この経験は、きっと彼にとってプラスになっただろう。
私にとっては予想外の道筋を辿ったが、着地点は悪くない。
今後、妙な被害妄想をした殿下に呼びつけられて、物憂げなため息を聞かされることはなくなるはずだ。
「これからはもっと、人を信じられるように……強くなれたら良いのだけど」
「いやぁ。坊ちゃんは十分強かでしょう」
私の乾いた笑いに、殿下はじろりとこちらを睨みつける。ほら、十分強かじゃないか。
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