第27話 天啓

「これはさすがにおかしいのではないかな?」

「これと言いますのは?」

「私がきみの前に座っていることだ!」


 背後に座っている私を見上げて、殿下が抗議の声を上げる。

 私と殿下は、愛馬お嬢さんの背に乗っていた。殿下を前に座らせて、後ろにぴったりくっつくくらいの距離で私が座り、手を殿下の前に回して手綱を握るというスタイルである。

 もちろん馬を走らせるのは私で、殿下はただ座っているだけだ。至れり尽くせりだと思うのだが、文句の多い王子様である。


「私のほうが馬に慣れていますので、こちらのほうが合理的ですよ」

「私が後ろでもいいだろう!?」

「ご冗談を。目の届かないところで何かあったら、私の首が飛びます」


 私の方が背が高いので、殿下が前に座っていてもまったく視界に影響がない。それどころか、立っているときの身長差以上に殿下の頭が下の方にある気がする。

 ……もしかしてだが、胴の長さと足の長さの比率的に、私の胴が……


 いや、考えるのはやめよう。

 相手は攻略対象だ、スペックがチート級なのは今に始まったことではない。

 こんなことでいちいちショックを受けていてはこの先やっていけない。軽く頭を振って、意識を切り替える。


「細かいことは良いではありませんか。私にエスコートさせてください」


 私がわざとらしくウインクをすると、殿下はわずかに視線を泳がせ、ふんと小さく鼻を鳴らした。


「ずいぶんと気障なことをするな」

「坊ちゃんには言われたくないですねぇ」


 ゲームの中の王太子殿下を思い出し、私は苦笑いをしてしまう。

 王子様キャラだけあって、歯の浮くようなセリフを湯水のごとく主人公に浴びせかけていた。

 甘い声も相俟って、「脳が溶ける」とか言われていたというのに。

 あと数年で、彼もそうなるのだろうか。


「坊ちゃん!?」


 また殿下が目を剥いて私を振り返る。

 滅多に声を荒げるタイプのキャラクターではなかったはずだが、やはりそこはまだ15歳、ゲームの彼より若いのだろう。


「街の人の前で『殿下』と呼ぶわけには行きませんので」


 気持ち程度の変装として、ぽんと殿下の頭に私の制帽を被せてやった。

 やっと前を向いた殿下を連れて、私はお嬢さんに進むよう指示を出した。殿下は大人しく馬の背に揺られながら、周りをきょろきょろ見回している。


 街が近づくにつれ、人が増えて来る。警邏の時によく見かける顔もちらほらといた。


「騎士様~! 今日も素敵~」

「子猫ちゃんたち、今日も美しいね」

「きゃあ~! こっち向いて~!」

「ふふ、ありがとう」

「…………」


 道端からかかる声に手を振り返していると、すぐ前から視線を感じた。

 殿下が眉と目の間を近づけて、私を上目遣いで睨んでいる。


「……きみ、騎士ではないのか?」


 しばらく無言ののち、彼は妙に低い声で問いかけてきた。脳を溶かす甘い声はどこへ行ったのだ。

 私は実際のところ騎士ではないので、とりあえず曖昧に返事をしておく。


「まぁ、騎士団候補生の教官の末席にはおりますね」

「それにしては、ずいぶんと軟派な真似をするんだな」


 ナンパ。軟派。

 その言葉に、私は脳天に雷が落ちたような衝撃を受けた。

 軟派な騎士、それ、良いのでは?


 軟派で、軽薄で、チャラついていて、女の子にやさしい。

 そんなキャラクターに、心当たりのある女性は手を挙げてほしい。

 私は、ある。すっごいある。


 たいてい普段は軽口を叩いているくせにやるときはやるタイプで、実はものすごく強かったり、ついでに暗い過去があったりする。

 本当に好きな女の子にはぐいぐい行けなかったりする。

 ふいに見せるさみしげな表情や、好きな子のピンチに必死になる様にギャップを感じてきゅんと来たりする。


 乙女ゲームや少女漫画に、1人はいるタイプだ。

 そして幸いなことに、この「Royal LOVERS」にはいないタイプだ。


 当たりがやさしいので、初見で嫌われるという危険性も少ない。少なくとも鬼軍曹よりはニッチではないはずだ。

 女子ウケすることは、今の私が身を持って体感している。


 人には向き不向きがある。

 私には、アイザックのような委員長系や、クリストファーのようなかわいい系は向いていない。本物の王子様が2人もいる中で、王子キャラをやる勇気も私にはない。


 しかし、軟派キャラならいけそうな気がする。

 すでに街の女の子相手に「子猫ちゃん」とか言っちゃっているあたり、素養は十分だと思う。


 ちなみに言う側になって気づいたのだが、あのセリフは別に相手をかわいいとか、本当に子猫に似ているなとか思って言っているわけではなかった。

 では何故そう呼ぶのかと言えば、不特定多数の女子の名前をいちいち覚えていられないからだ。

 

 知りたくなかった真実である。

 もし今後人生で「子猫ちゃん」と呼ばれる側になったとしても、「ああ、名前を忘れたんだなぁ」と思ってしまって素直に受け取れないと思う。


 殿下の言葉がまるで天啓のように思えた。道が開けたように感じた。

 これが王の器と言うやつだろうか。いやぁ、殿下のおかげで我が国はこの先も安泰だな。


 今にして思えばヒントはたくさんあったのだ。

 自然と侍女にウインクをしたり、荷物を持ってやったり。街の女の子に手を振ったり、年配の女性に「お嬢さん」と呼びかけてみたり。

 私がそういった行動を取ることで、女性が喜んでくれるのだということを認識していた。


 だが、前世で現実にそんな男がいただろうか。答えは否である。

 私は無意識のうちに、自分が持っている二次元のキャラクターの引き出しから、自分に適した設定を選択して利用していたのである。

 答えはその延長線上にあったのだ。

 騎士なのに軟派、でもいいし、軟派なのに実は騎士、でもよい。可能性は無限大だ。


「何をにやついているんだ?」


 怪訝そうな表情の殿下に、私は思わず自分の頬を触る。

 そうか。にやついていたか。しかしそれも、宜なるかな。

 エリザベス・バートン、14歳。この日は、私の方向性が固まった記念すべき日になった。


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