第23話 とりあえず鬼軍曹は違う

 お父様は案の定、クリストファーの騎士団候補生入りを渋った。渋りに渋った。

 何だったら私の時より渋っていた。お母様も心配していたからかもしれない。


 怪我をしたりするのではないか、危ない目に遭うのではないか、としきりに言っていたが、私が頼んだ時にはそういったジャンルの心配をされた記憶がない。

 何故だ。解せない。


 もともと争いごとの嫌いな人だ。クリストファーもどちらかというとそういった性格であることを分かって、適した言葉をかけているのだろう。

 では何故、私の時は予想よりもあっけなく、許可を出したのか。お兄様とクリストファーが一緒に頼んでくれたからか?


 そこで思い当たる。

 父はきっと、私が通いたいと言った訓練場に、ロベルトがいることを知っていたのだ。


 明確に知っていたのかは分からない。

 だが、父は将来王太子殿下の補佐役になる予定のお兄様を、よく殿下に会わせるために王城に出入りしている。王太子殿下が東の訓練場にいることくらい、知っていてもおかしくないだろう。

 だとすれば、兄と折り合いの良くないロベルトが、そこではないほうの訓練場に通っているのではないか、と推測することは容易い。


 人望の公爵たる父のことだ、もちろん私の希望を汲んでくれたのが第一であろうが、そこにちらりと、「婚約者と親しくなってくれたら」という気持ちが混在していたとすれば、すべて納得がいく。


 実際、親しくはなった。少なくとも、交流のすべてをお母様と侍女長に丸投げしていたときと比べれば、格段に親しくなった。毎日のように顔を合わせ、会話もしている。

 まぁ、鬼軍曹とその門下生と言う関係性を父が望んでいたかと聞かれると、私は首を捻るほかないのだが。


 最終的にはクリストファーのお願い攻撃に負け、彼の騎士団候補生入りは認められた。

 ついでに私はお父様から「クリストファーに危険な真似をさせないように」と耳にタコが出来るほど言い含められる羽目になった。

 そろそろ新入生の入ってくる時期だ、クリストファーにとってもちょうど良いだろう。


 私はと言えば、あれから何度か警邏に同行させてもらっていた。

 夜回りの際、酔っ払い同士の小競り合いを止めた――というか絞め技で昏倒させた――際の手腕を買われ、警邏の人数が足りない際はピンチヒッターとして今後も参加してよい、という約束を取り付けることが出来た。

 コネでもらったチャンスであろうと、次に繋げるために必要なのは実力だ。これぞデキる営業マンというやつである。知らんけど。


 そういうわけで、私は訓練場での教官業務と警邏とで、多忙かつ充実した日々を送っている。

 だが、そんな順風満帆に見える私にも、順調に進んでいないことがあった。


 私のキャラクターとしての個性についてである。騎士プラス、もう一味。そのもう一味が、なかなか決まらないままなのだ。

 とりあえず鬼軍曹は違うということは分かる。主人公の好みがわからない以上、最初からニッチなところを攻めすぎるのは得策ではない。

 まずは好きな女の子が多そうなところから攻めていくべきだ。


 今だって十分モテるということは分かった。だが、他の攻略対象たちを見てみると、みんな私より顔が良い上に、一味二味も足されている。


 ロベルトは俺様でひねくれものでありながら、根は素直でチョロくて可愛いところが人気だった。

 アイザックは堅物で馬鹿がつくほど真面目な眼鏡キャラだが、女の子が苦手なところに親しみが持てた。

 クリストファーはいたずらっこなかわいい系後輩キャラでありつつ、重い過去を抱えている。

 王太子殿下は、一見優しそうな完璧王子様に見えて、厭世的でニヒリストというギャップがある。


 皆他にもまだまだ、意外性だったり隠れた一面だったりを持っている。そういうものが、私も欲しいのである。


 考え事をするときは、単純作業をしながらの方がアイデアが出やすい。訓練場の片隅で、唸りながら素振りをしていると、わずかに人の気配を感じた。

 振り向くと、臙脂色の制服の男が立っている。本来、訓練場にはいないはずの制服だ。


 男の顔に、ほのかに見覚えがある。私のすっぴんと同じ系統の、モブに毛が生えた程度の塩顔だ。

 人の顔を覚えることに自信はないが、私が近衛師団でまともに顔を見たことがある男は、1人しかいない。


「エドワード殿下がお呼びです」


 男は、いつだったかと同じ台詞を繰り返した。


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