第21話 王太子殿下と脆い扉
「よく来たね。エリザベス・バートン嬢」
通された執務室で私を迎えたのは、聞かされたとおり王太子殿下だった。
我が婚約者であるロベルトの腹違いの兄にして、この国の第一王位継承者である。
彼は部屋に入って、騎士の礼を取る私の名前を呼んだ。
そう、正しく私の名前を呼んだのである。
こちらはお前のことを知っているぞ、という牽制である。
まぁ私はこんななりだが特に素性を隠したくてやっているわけではない。彼の牽制は無意味と言えるだろう。
「急に呼び出してしまって、驚かせてしまったかな」
ふふ、と小さく笑う声がする。
本当にそう思っているのならば、急に呼び出さなければよい話だと思うのだが。
頭を上げてよいと手で示されたので、立ち上がる。王太子殿下も顔を上げて私を見上げた。
彼は座っているのだから、立っている私の方が頭が高いのはやむをえない。
彼が頭を動かすと、さらりと銀糸の髪が一筋垂れた。長い睫毛の間から紫紺の瞳が揺れるのが見えて、思わず息を飲む。
何と言ったらいいか。美少女と見まごうような美少年だ。
私の一つ上だが顔つきはまだ幼く、ゲームで登場するときにはゆるく結わえていたロングヘアも、今はセミロングくらいの長さですとんとおろしている。
ただ椅子に座っているだけなのに、何となく優美なオーラが出ている。気がする。
私が慣れない美辞麗句を並べ立てたくなるほどには、人間離れした美貌の少年だった。
しかし見た目は確かに儚げな美少年だが、私を見上げる目つきを鑑みると、神経の方は相当図太そうである。
まだ13、4のはずだが、大人の貴族と同様、人を探る目つきをしている。
「愚弟がずいぶん褒めるものだから、気になってね」
「それは光栄です」
わざとらしく恭しい貴族の礼を取ってから、微笑みと共に彼を仰ぎ見る。
「ご興味がおありでしたら、ぜひ弟君とご一緒に訓練にお越しください」
「いや、遠慮しておくよ。汗臭いのがあまり得意ではないのでね」
「何をおっしゃいます。殿下の腕前も素晴らしかったですよ。私のところで訓練すればすぐにでも弟君に追いつきます」
「いや、私は王族として必要最低限のことが身につけば十分なんだ。弟のように剣術にのめり込んでいるわけでもないし、勝ちたくてやっているわけでもない。……弟のほうはどうにも私と自分のことを比べてしまうみたいだけれど」
王太子殿下は、ふぅとこれ見よがしにため息をつく。「負けたことなど気にしていませんよ」というポーズだ。
やたらと様になっているが、何故だか少々癪に障る。
「私は大抵のことは覚えが良くて、労せずして人並み以上に出来てしまうのだけど……それもそれでつまらないものさ。愚弟のように、何かに夢中になれるのは、羨ましいくらいさ」
「はぁ」
憂いを帯びた顔をしながらも、なんとなく自慢げに聞こえるのは私の心が歪んでいるからだろうか?
付き合っているのも面倒になり、私は本題を急かすことにした。
「では、どのような御用向きでしょう。剣術指導のご用命かと思って馳せ参じたのですが」
「いや、一度話してみたかっただけだ。もういいよ」
すっかり興味を失ったようで、適当なお愛想笑いとともに出入り口を示された。
もういいよだと!? 人を呼びつけておいて!?
王族でなければ叩きのめしているところだ。
私も子どもではないので、そして残念ながら相手は王族なので、表面上は笑顔で挨拶をして退出した。
ドアを閉めた時ついうっかり取手を引っこ抜いてしまったが、まぁ仕方あるまい。
王城の王太子殿下の執務室だというのにずいぶんと脆い扉だなぁ。
扉の横に控えていた近衛騎士に、修理したほうがいいよと取手を渡しておいた。
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