第20話 お前はよくやったよ

「たいちょぉ~~」


 突然肩を組まれたので何かと思ったら、ロベルトだった。

 打ち上げの席で無礼講とはいえ、鬼軍曹に対する態度とは思えない。


 引き剥がして睨み付けるが、妙に顔が赤いし目がとろんとして、焦点がどことなく合っていない気がする。

 じろりと教官仲間に目をやれば、苦笑いが返ってきた。


「すんません、どうしてもって聞かなくて。舐めるだけっつったんですが」


 念のため補足をすると、この国には未成年の飲酒を禁ずる法律はない。モデルが昔の欧米諸国だからだろうか。

 それでも良識のある大人が一緒であれば、学園卒業前の子どもには飲ませないのが一般的だ。

 つまりここには、良識のある大人がいないのだった。


 よい子とよい大人は真似をしてはいけない。未成年飲酒、ダメ、絶対。


「こいつの護衛はどうした」


 ロベルトは腐っても第2王子。訓練場内であっても、いつも3人程度は護衛をつけていたはずだ。城下街の食堂となれば尚更である。


「そこで潰れてます」

「叩き起こせ」


 ロベルトの護衛たちは一足お先に潰されていたようで、「でんかぁ」「よがっだでずぁ」とかなんとか呻いていた。

 まぁ、無理もない。ずっとロベルトを身近で見守ってきたのだ。


 彼が兄に勝利したこの日を……兄と自分を比べることよりも大切なことを見つけられたこの日を、祝う気持ちは私たちより強いだろう。

 だがこれでは何のための護衛だかわからない。

 いくら平和な国とは言え、王族付きの騎士がこれでは将来が思いやられるというものだ。


 何度押し除けてもまとわりついつくるロベルトに、仲間たちも教官たちも生暖かい目を向けるばかりで、助けは期待できそうになかった。


「たいちょぉ! 俺、やりましたよぉ! 隊長のおかげです!」

「ああ、そうだな。お前はよくやったよ」


 私も今日ばかりはあまり邪険にする気になれずに、ぽんぽんと彼の頭を叩いてやった。

 きょとんと目を丸くした彼と、視線が交差する。


「お前なら、もっと強くなれるさ」

「たいちょぉおおお!」


 ぶわっとロベルトの瞳から涙がこぼれた。

 また飛びついて来ようとしたので、顔面を鷲掴みにしてストップをかける。

 やめろ。お店でスポ根ごっこをするのは周りの方のご迷惑だ。


「隊長、俺、おれ、ぜったい、絶対もっと強くなります!」

「そうか、それは楽しみだな」

「もっと、もっと! 隊長と同じぐらい、いえ! 隊長よりも、強くなります!」


 ロベルトは私の手を顔面から引き剥がし、ぎゅっと強く握り締める。

 その掌は豆が潰れた後の皮が硬くなっていて、立派な騎士の手だった。そして驚くほど、熱を帯びていた。


「だから、だから……俺がもし、隊長よりも強くなったら……その、とき……は……」


 ふっと、ロベルトの身体から力が抜けた。

 机に突っ伏してしまった彼の後頭部を眺めていると、まもなく寝息……というかいびきが聞こえて来る。

 やれやれ。どうやら完全に潰れたらしい。握られた手の熱さから、彼の酔い具合が伝わってくるようだった。


 その時は、の続きは何なのだろう。

 「手合わせしてくれ」だったらいくらでも相手になってやるのだが、平和に生きていきたいので「一緒に革命を起こそう」とかはお断りだ。



 ◇ ◇ ◇



 潰れた奴らを全員置いて帰ろうとしたところ、ロベルトの護衛たちから「後生だから殿下を城まで送ってやってくれ」と泣きつかれた。


 令息たちは続々と迎えが来て帰っていったので、残っているのは十人程度。迎えがないものはグリード教官が送っていくらしい。

 教官たちの中で一番酒が強いらしく、ロベルトの護衛も他の教官も潰れてしまったのに、彼はぴんぴんしていた。


「何故、私が」

「おねがいしますぅ」


 理由を問うたのに、まったく答えになっていなかった。

 ダメだ、この酔っ払いどもは。


「そもそも逆だろう。誰か、私を送っていこうという気概のある奴はいないのか?」

「隊長で敵わない相手じゃ、俺たちがいても足手まといですよぉ」


 それもそうだった。

 結局護衛の一人が「ここの会計をすべて持つ」と言ったので、それで手を打つことにした。

 酔っ払いと候補生ばかりのこの場で、護衛の任を勤められそうなのは私かグリード教官くらいだし、彼は他の令息を送らなければならない。

 店を出るとき、店主に「他のお客さん全員に一番高い酒を。迷惑料だ」と伝えておく。勘定の金額にせいぜい驚くといい。


 ロベルトを米俵のように担いで、王城を目指す。

 ところで、王城に着いたらどうすればよいのだろう。衛兵に声をかけて、入れてもらえるものだろうか。


 護衛のいない、ぐったりした第二王子を小脇に抱えた状態で? 衛兵に声を?

 ……怪しすぎないだろうか。下手をすれば即刻取り押さえられるのでは。


 仕方がないので、城から少し離れたところで、肩を貸すような形に切り替えた。念のため、身分証をすぐに出せるところに準備しておく。

 いや、逆に身分が分からないほうがいいのか? 万一取り押さえられた時、身分が割れたら家族に影響が及びかねない。

 だが、私も一応公爵令嬢、しかも担いでいる第二王子の婚約者だ。さすがに面が割れているだろう。

 考えつつ歩いていたら、門のところで控えていた衛兵の1人が血相を変えて走ってきた。


「エリザベス様!」


 よく見れば、いつもロベルトの護衛についている男のうちの一人だ。

 今日は非番だったのか留守番だったのか、打ち上げにはいなかったはずだ。


「他の護衛から先触れがありました。エリザベス様がロベルト殿下を連れて城に向かわれると。まさかお1人とは思いませんでしたが」

「そうでしょう。薄情なやつらだ」


 仮にも王子に1人しか付き添わないなんて、我が父などが聞いたら卒倒しそうな事態である。

 だが、最低限の――護衛として付き添っていない時点で最低限も何もないが――仕事をしてくれたおかげで、捕まることなく平和に王城の門をくぐることが出来た。


 ぐっすり寝こけているロベルトを護衛に預け、さっさと退散することにする。

 護衛の男から、公爵家に向かうには東側の勝手口から出るのが近いという情報を得たので、そちらに向かって歩を進めようとしたとき。


「バートン様」


 聞き慣れない声が、私を呼び止めた。

 振り返ると、先ほどまで気配のなかった男が立っている。足音もしなかった。自然に、手のひらが剣の柄に伸びる。

 男の着ている服は、私の着ている騎士団の制服とよく似ていた。

 しかし、色が違う。

 男が着ている制服は、臙脂色。

 国王と王妃、そして王太子の護衛をする、特別部隊。近衛師団の制服だった。


「エドワード殿下がお呼びです」


 男が口にしたのは、王太子殿下の名前だった。

 ロベルトの兄にして、乙女ゲーム「Royal LOVERS」の攻略対象。

 銀糸の髪に、紫紺の瞳の、王位継承権堂々第一位の王子様。ある意味この国で一番ロイヤルな存在である。


「ご同行願えますね?」


 疑問形の体をとっていたものの、私に拒否権などあるわけがなかった。

 実質、門で衛兵に取り押さえられたのと大して変わらない。

 私は両手を上げて降参のポーズを取ると、男の案内に従うことにした。


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