第19話 美しきかな、友情。青春。

 結果を言えば、ロベルトの圧勝であった。

 数発そこそこいいのを食らったものの、鍛えに鍛えた肉体のおかげでダメージは最小限に抑えられていた。

 押し返された王太子殿下も技巧を凝らして健闘したが、力とスタミナで勝るロベルトには敵わず、ついには膝を折った。


 そう。筋肉の勝利だ。

 やはり筋肉は素晴らしい。


 礼を終えて戻ってきた彼の周りに、わっと候補生たちが駆け寄る。

 共に訓練しているうち、だんだんと王子扱いする者も少なくなっていたので、遠慮なくもみくちゃにされていた。


 私の知る彼はもっと気位が高く周りに人を寄せ付けないような男だったのだが。

 仲間に囲まれて笑う今の彼を見るととてもそうは思えない。


「やったな! 兄貴にとうとう一泡吹かせられたじゃねーか!」


 胴上げしかねない勢いでロベルトを囲んでいたうちの1人がポロリと言ったこの一言に、ロベルトはぎょっと目を丸くした。

 彼が押し黙ってしまったのを見て、周囲の候補生たちも水を打ったようにしんと静まり返る。


「おい、バカ」

「あ、わ、悪い、ロベルト。そんなつもりじゃ……」


 周囲からつつかれて、うっかり口走ってしまった候補生は急に慌て出す。


 そう。ロベルトは兄と比べられるのが大嫌いだった。

 皆と仲良くなった今ではそこまでではないが、訓練が始まったばかりのころは兄の名前が出ただけで暴れていたほどだ。

 常に出来の良い兄と比べ続けられてきたのだろう、本人は認めないだろうが、傍目に見ればそれはトラウマと言っていいレベルだった。


 暴れることはなくなったものの、皆気を遣ってその話題を避けていた。だが今日は勝利の喜びで気が緩んだようだった。

 硬くなった空気に、ロベルトの小さな呟きがやけに大きく響く。


「そうか、俺は……兄上に勝ったのか」


 彼は、本当に今気づいたと言わんばかりの間の抜けた表情で、仲間たちの顔を見返した。


「相手が兄上だと、忘れていた」


 今度は私と候補生たちが目を丸くする番だった。


「みんなの……隊のために俺が勝たねばと、そればかり考えていて……」


 ちらりと、ロベルトが私に視線を送る。そうか。てっきり兄との直接対決に緊張しているのだと思ったのだが、違ったのか。

 彼はただ、仲間たちの気持ちを、教官の期待を、勝敗を一身に背負ったことに緊張していたらしい。


 皆の視線を集めた彼は、頭を掻きながら照れくさそうに笑う。


「はは、おかしいな。あんなに勝ちたかったはずなのに……今はそのことより、皆と勝利を勝ち取れたことが嬉しいんだ」

「ロベルト……!」


 うるうると瞳を潤ませた少年たちが、雄叫びをあげながら再びロベルトをもみくちゃにする。

 その様子を、私は腕を組んで頷きながら見守っておいた。

 うむうむ、美しきかな、友情。青春。ワンチームというやつだ。いや知らんけど。


 その後、王様のありがたいお言葉でイベントは幕を閉じた。我が国王、挨拶が非常に簡潔で素晴らしい。

 政治のことは何も分からないが、きっとよい王様なのだろう。


 喜びも冷めやらぬ中、グリード教官が候補生を連れて打ち上げに行くと言い出した。私は普段通り断ろうと思ったのだが……


「隊長……」


 悲しげな瞳でこちらを見てくるロベルト含む候補生たち(あと何故か教官たち)に絆され、今日だけはという約束で付き合う羽目になった。

 こういうとき、何かと口うるさい上司はいない方が盛り上がると思うのだが……彼らは違うらしい。

 今度は私を担ぎ上げんばかりの勢いで大騒ぎしながら、訓練場を後にする。


 ふと、視線を感じて振り向いた。

 撤収を始めた相手チームの中で、1人こちらを向いている者と目があった。

 銀糸の髪に、高貴の象徴たる紫紺の瞳。

 突如吹いた風にさらさらの髪を靡かせた、王太子殿下がこちらをじっと見つめていたのだ。


 しばらく見つめ合ったものの、さっと彼の方から目を逸らされた。そして、彼は振り返ることなく訓練場から出て行く。


「隊長?」

「……ああ、いや、何でもない。行こう」


 候補生に呼びかけられ、私もはっと我に返る。

 一瞬ロベルトに負けて弟憎しと睨んでいるのかと思ったのだが、特にそういった感情はなさそうな瞳だった。

 気にする必要はないだろう。私はそのまま踵を返し、打ち上げに向かう一団に加わった。

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