第18話 ワンフォアオール、オールフォアワン!

 コーチと呼ばれないまま迎えた、御前試合当日。

 集団で型を披露している候補生たちを眺めて、私は一人頷いた。


 東の訓練場の候補生たちの動きも、非常によい。きちんと鍛錬を積んでいる者の動きだ。

 今までこちらが負け越していたというのも、頷ける。


 動きだけではない。我々西の訓練場の候補生より、全体的に背が高かった。

 体格差というのは、子ども同士であれば特に、それだけで有利不利を決める材料になるものだ。

 リーチが長い。身体が重い。単純だが、侮れない。


 そして、顔が美しい者が多い気がする。

 うちの候補生たちもなかなかだと思っていたが、向こうの候補生たちは何というか、髪のキューティクルがつやつやしている令息が多い。


 あと、信じがたいことに、制服が白だった。

 うちの候補生用のグレーの制服だって、何故こんなに汚れや汗が目立つ淡色にしてしまったのだろうと不思議に思っていたのに。白て。

 

 誰が洗うと思っているのだ。いや、お貴族様のお屋敷では使用人が洗うのだろうが。

 それにしたって、白はないだろう。泥汚れとかどうするのだ。……もしかして、東の訓練場では汚れるような訓練をしないのだろうか。


 ぼんやりしているうちに、前座はすべて終わったようだ。候補生たちが、私たち教官の控えている競技場の隅へと戻ってきた。

 少し競技場に向けて出っ張っているが、屋根もあるし椅子もある、野球場のベンチのような場所だ。

 見慣れた候補生たちの顔を見回す。皆、緊張している様子だが、目は爛々と輝いていた。


 相手の動きも、非常に良かった、体格差では、こちらが不利だ。

 だが、決して勝てない試合ではない。一連の動きを見て、私はそう考えていた。

 教官たちも、黙って私の言葉を待っている。私は息を吸って、声を張り上げる。


「ワンフォアオール、オールフォアワン!」

「ワンフォアオール、オールフォアワン!!」


 私の言葉を、候補生と教官たちが繰り返した。

 たぶん誰一人、意味をよく分かっていない。私を含めて。


「無様な真似は許さんぞ! 蛆虫ども!」

「サー! イエス! サー!」



 ◇ ◇ ◇



 試合は両者譲らず、引き分けのまま大将戦へともつれ込んだ。

 我が西の訓練場の候補生たちは、みな良い試合をしていた。相手の方がテクニックがあったが、スタミナはこちらが上だったので、長期戦に持ち込めば多少の不利は押し返せたのだ。


 最終戦、泣いても笑っても、これで勝敗が決まる。

 こちらの大将は、いつの間にか訓練場で一番強くなっていた、ロベルト。

 そして、相手の大将は。

 ロベルトの兄である、エドワード王太子殿下だった。


 ベンチの片隅で試合の準備をしているロベルトに、声をかけてやろうと歩み寄る。

 彼は俯いて、剣の鞘を抱き締めて何やらぶつぶつとつぶやいていた。


「俺が勝てば、俺が……」


 ふむ。どうやら緊張しているらしい。道理で、他の候補生たちがやけに遠巻きに見ていると思ったのだ。これでは声をかけづらい。

 まぁ、ゲームの中でも常に兄と自分を比較していた彼のことだ、変に気負っていたとしても仕方ないだろう。


 だがこの様子では、勝てるものも勝てそうにない。

 教官との約束もあるし、私としては勝ってもらえた方がありがたい。

 あと単純に、勝つのと負けるのとでは、やはり勝った方が気分が良いだろう。私の。


 ブーツの踵を鳴らして彼のもとへ歩み寄り、バシッと大きな音を立てて背中を叩いてやった。

 俯いていた顔が上がり、しゃんと背筋が伸びる。


「ぶちかましてこい、ロベルト! 相手は温室育ちのお坊ちゃんだ、せいぜい遊んでやれ!」

「は、はいっ!」


 喝を入れてやると、どこか深刻そうに思い詰めていたロベルトの瞳にぱっと生気が宿る。


 私としては、普段通りのロベルトなら余裕で勝てるだろうと思っていた。

 それを伝えようと、わざと余裕ぶった笑みを作って頷いて見せる。

 そんな私の表情に、ロベルトは頬を紅潮させ、いつものキラキラを発生させ始める。よしよし、やる気を漲らせているようだ。


「隊長、見ていてください! 俺、勝ちます!!」


 そう言って駆け出していく彼の背中を、私は腕を組んで見送る。気分はすっかり、スポ根もののコーチだった。

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