第13話 その辺りはなんかいい感じになっている
訓練場に通うというのは、私にとってこれ以上ないほど適した提案だった。
訓練場に通うのは、ほとんどが学園に入学する前の令息たちだという。
専属の家庭教師を雇えない者から、家庭教師の指導では満足できなかった者、本気で騎士を目指す者まで通っている。
同じ年頃の子どもと自分の実力を比べる良い機会だ。
訓練が終わった後なら、グリード教官を含め他の教官たちも私への稽古に時間を割いてもよいと言ってくれている。
しかもお給金がもらえる。
グリード教官いわく「公爵家のご令嬢からすりゃ微々たる額」ということだが、お金はいくらあっても困るものではない。自由になるというお金というのはありがたいものだ。
私自身は一も二もなく了承したが、問題もあった。
訓練場に通うには、毎日のように屋敷を出入りする必要がある。
中身は大人だが、私は12歳の子どもである。外出には、お父様の許可をもらわなければならない。
黙って通うことも考えたが、お父様が仕事で頻繁に出入りしている王城と訓練場は目と鼻の先だ。
かつ、訓練場は貴族令息ばかり。そこにお父様と懇意にしている貴族の息子がいないとも限らない。
以上を鑑みると、どこからか絶対にバレることになるだろう。
悩んだ末に、お父様に直談判することにした。
さすがに教官として通うとは言いづらかったので――お母様が失神してしまうかもしれない――教わる側として通うという嘘はつくことになったが。
猛反対されることを想定していたのだが、少々渋られた程度で許可をもらうことが出来た。僥倖である。
いやぁ、お父様を力尽くでわからせるようなことにならなくて、よかった、よかった。
反対したところで隠れて通うだろうと思われた説が濃厚であるが、お兄様たちが一緒に頼んでくれたのもよかったと思う。なんとクリストファーまで一緒に頼んでくれた。
めったにお願いごとを口にしないクリストファーが頼むものだから、お父様も驚いていた。あとちょっと泣いていた。
クリストファーと私たちが仲良くやれていることが嬉しかったらしい。私も少し感動した。我ながらよい兄弟に恵まれたものだ。
まぁクリストファーは、私が訓練場に通えない状態だと、家で一緒に厳しい稽古を受ける羽目になりそうだという危険を察知しただけかもしれないが。
◇ ◇ ◇
迎えた訓練初日。ちょうど候補生の入れ替えの時期だったようで、私は新しく入った候補生たちを担当することになった。
訓練場の片隅にある掘っ立て小屋の一角を借りて――物置だった小部屋を整理してくれたらしい――騎士団の制服に身を包む。
候補生のものとは色が違うため、家で着替えるわけには行かなかったのである。
どのみち訓練で汗をかいたら着替えたいし、訓練場で着替えができるに越したことはない。
みすぼらしい見た目に反して中はなかなか綺麗で、ちゃんとシャワールームもあった。
私が知る限り、この世界には「聖女の祈り」というやつ以外に魔法らしいものは存在しないが、乙女ゲームの世界なので登場人物が不潔なはずがない。
ちなみに、ある程度の貴族が出入りするような場所はトイレも水洗だ。
その辺りはなんかいい感じになっているらしい。まぁ、この小屋ではさすがにお湯は出ないのだが。
濃紺の制服を着て鏡の前に立つ。手前味噌だが、なかなか似合っているのではなかろうか。
というか、やはり制服マジックというのは侮れない。着ただけで2割増しくらいに見える気がする。女子ウケがよいわけである。
さらに、濃い色のセットアップとブーツが縦長効果を生んでいて、実際よりすらりと背が高く見える。
今日は制服と合わせるために、わざわざ特注で作らせたブーツを持ち込んだ。
インソールを仕込んだシークレットブーツで、身につければ成人男性である教官たちともそう目線の高さが変わらなくなる。
実身長はといえば、12歳になってやっと170センチが目前に迫ってきたところである。
靴で盛るにしろ、攻略対象たるものやはり170は欲しい。順調に伸びてくれて嬉しい限りだ。
「準備はいいかい、お嬢様」
ノックとともに、グリード教官の声がした。私はドアを開き、教官たちと控え室で合流する。
他の教官たちは制服を着崩していて、きちんと着込んでいるのは私ぐらいだった。
グリード教官など、上半身はどう見てもインナーだろうというような黒のピチピチTシャツだ。
一目でどんなタイプ分かるようなキャラクター付けとしては成功している。私も着慣れてきたら、自分らしさを出していくのもよいかもしれない。
そこで脳裏に疑問がよぎった。「私らしさ」というのは、いったい何だろうか。
騎士、という要素を取り入れようと思って、気づいたらここまで来ていた。
だがここには騎士団候補生とその教官しかいない。つまり皆が皆、騎士の要素を持っているのだ。騎士キャラだけでは弱い。没個性だ。
もともと、私ももう一味くらい捻りが欲しいと思っていたのだ。騎士としてのあれこれを教える側になったことだし、そろそろそれを本格的に考えるところにきたのかもしれない。
「緊張してんのか? 大丈夫、子犬のしつけみてぇなもんだよ」
ぼんやり考え事を始めてしまった私の背を、グリード教官がばしんと叩いた。
何か説明をされていたような気もするが、聞いていなかった。聞いていなかったものは仕方ない。
習うより慣れろというのはよく聞くし、やってみれば何とでもなるだろう。
「すみません。少々自分探しを」
「自分探し? 若いねぇ」
私の返事に、教官たちはおかしそうに笑った。実際彼らよりは若いので、甘んじて受けておく。
私は肩を竦めて見せてから、笑っている教官たちを置いて外に繋がる扉を開けた。
「人に教えるのは初めてですが、まぁ、やってみます」
頼もしいな、という言葉が、私の背中に飛んできた。
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