第9話 悪い子は、お尻ぺんぺんだ

 その日から、剣術だけでなく騎士道精神というものについても学び始めた。

 いわゆる紳士的な振る舞いであったり、正義感であったり、道徳とか倫理であったり。

 そういったものの集合体が「騎士道精神」であるらしい。


 未だに騎士道精神そのものについてはピンと来ていないが、小分けにすれば1つ1つの事柄は理解ができた。

 まぁ正義感や道徳、倫理観はそれなりに持っているので目新しいことはなかったが、紳士的な振る舞い、というのは役に立った。


 単純な話、姿勢がよくなった。立ち居振る舞い、仕草に気を配る。剣を抜くにも正しい姿勢で行った方が美しく、無駄がない。

 立ち居振る舞いが美しいほうが、女性ウケが良いことは間違いなかった。


 礼儀作法のレッスンでも、ダンスのレッスンでも、姿勢や振る舞いの美しさを褒められることが増えた。

 腐っても公爵令嬢、実は結構忙しい。剣術の稽古だけしているわけにはいかないのである。

 他のお稽古事にも生かせるというのは、全体的な効率アップにつながり、自由時間――主に筋トレの時間。最近はお兄様を担いでスクワットをするのがブームだ――の増加が見込める。嬉しい効果だ。


 剣術自体も、動作の無駄や隙を減らした効果か、真面目に取り組めば教官にも勝ち越せるようになってきた。

 すばらしい。騎士様々である。欲を言えば、もう一味くらい、何か属性が欲しいところだが……


「リジー!」


 ぼんやり考え始めたところで、ばん、とドアが開いた。

 目視せずとも、声でお兄様だと分かる。ノックもしないなんて珍しい。

 腕立て伏せをやめ、立ち上がった。


「お兄様?」

「クリス、来ていない、よね?」


 その言葉を聞いて、私はジャケットを手に取った。

 まくっていた袖を戻す。ゲームに関する知識しかないが、この後のお兄様の台詞は想像がついたからだ。


 そんなことはおくびにも出さず、私は怪訝そうな顔を作ってお兄様に問いかけた。


「クリストファーがどうしたんですか?」

「姿が見えないんだ。もうすぐ夕飯なのに……」

「どこかで遊んでいるのでは?」

「でも、リジーも気づいていただろう? ここ数日、クリスの元気がなかったこと」


 私は神妙な顔をして頷く。

 無論、気づいていなかった。こちらは常に自分のことで精一杯で、人様のことまで面倒を見る余裕がないのである。


「遊びに行っているだけなら、いいんだけど。不安なんだ。クリスの身に何かあったら、と思うと」


 お兄様は今にも泣きそうな表情で、俯いている。

 その姿に、「勘弁してくれ」という気持ちになる。私はお兄様に泣かれると弱いのだ。どうしてよいか分からなくなる。


 お兄様にとって、彼は本当に実の弟と変わらない、可愛い弟なのだろう。

 クリストファーめ。そもそもこんなに優しくしてもらっておいて、馴染めないだと?

 だんだん腹が立ってきた。無論、それを言ったのはゲームの中のクリストファーであって、今の彼ではないのだが。


 悪い子は、さっさと連れ戻して、お尻ぺんぺんだ。


「今日は、お父様もお母様も領地に行っていて帰って来ない。僕が……僕が、守らないと」

「分かりました、では行きましょう」


 ジャケットを羽織りながら、お兄様が開けたままにしていたドアをくぐって、廊下に出る。


「リジー? ええと、どこに?」

「クリストファーを探しに、です」


 心配そうにこちらを見つめるお兄様を安心させるため、私は胸を張って微笑んだ。


「私に心当たりがあります」

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