第8話 騎士、いいのでは? モテるのでは?

 謀らずしてライバル攻略対象の義姉になってしまった。

 しばらくどうしようか考えあぐねていたのだが、お兄様がクリストファーにめろめろになってしまったので、考えるのをやめた。


 確かに愛らしい。庇護欲をそそる見た目をしている。

 それは認めよう。決して負け惜しみではない。


 ゲームのクリストファーは、いたずらっこ系後輩キャラだった。

 主人公にいろいろないたずらを仕掛けてきて、困らせる。けれど可愛くて人懐っこいので、どこか憎めない。


 彼のルートに入ると、彼がいたずらをするようになった理由が明かされる。

 実の親に捨てられ、遠い親戚に引き取られたものの、その家に馴染めずに孤独を感じていた、というものだ。

 その遠い親戚というのが、我が家だったということである。


 お父様とお母様は、あえて彼をそっとしておいているようだった。

 無理もない。まだ幼い身で親に捨てられたのだ。急に新しい親に馴染めるはずがない。


 だがお兄様は、妹の私同様に……下手をすると私以上に、クリストファーを可愛がった。

 部屋に引きこもりがちの彼を連れ出して、庭や書庫を案内した。

 剣術の稽古にも連れてきた。おいしいお菓子を買ってきては、分け与えた。


 クリストファーも戸惑ってはいたが、本気で嫌がっている様子はなかった。

 お兄様はもっと仲良くなりたいとぼやいているが、時間の問題だろう。


 ゲームの彼が話す事情との矛盾に、私は首を捻る。

 今はお互いまだ戸惑いが大きいが、このままいけばいずれ、仲の良い家族になれるだろう。


 何といっても、お父様は人望の公爵、お兄様は次期人望の公爵だ。

 両親は嫌々子どもを引き取ったわけでもないだろうし、彼らが育んだ子どもがまっとうに育たないわけがないのである。


「一本!」

「あ」


 ばしん、と竹刀が額を打った。


「油断ですよ、エリザベス様」


 教官に言われて、私は苦笑いする。おっしゃるとおりである。


「すみません。ちょっと考え事を」

「試合中に他所事ですか? 感心しませんね」

「そうですね。これでは勝てるものも勝てない」

「いえ、それもありますが。騎士道精神に反するということですよ」

「騎士道」


 そう言われても、ピンとこない。私の前世には騎士はいなかったし、今世のエリザベスは騎士に守られる側であっても、騎士を目指すようなご令嬢ではなかったからだ。


「勝負は常に真剣に。それが相手への礼儀です。礼儀を重んじることも、民衆の模範となる騎士の務めです」


 何か琴線に触れてしまったらしく、教官殿が朗々と語りだす。

 しかも礼儀と来た。一番苦手なタイプの説教だ。

 礼儀作法の基礎は身体で覚えているので問題ないが、新しく覚える分については努力が必要だ。

 勉強ももともとの知識だけでは追いつかなくなってきて、最近は覚えることが多い。


「真剣勝負で常に武を競い、剣技を磨く。強くなることも、勝つこともまた、騎士道には違いありません。しかし、得た力を誤ったことに使ってはならない。力を正しく使うために、騎士道は欠かすことが出来ないものです。強きを挫き、弱きを助く。接する相手が誰であれ、敬意を持って接する。それが騎士道というものです」

「ふぅん」

「リジー」


 明らかに興味のなさそうな私の返事に、お兄様から注意が飛んできた。

 慌ててお兄様に話を振って、誤魔化しを図る。


「お兄様は、騎士道をご存知でしたか?」

「それはそうだよ。貴族に必要なことにも繋がるからね」


 持つ者の義務、というやつだろうか。

 それは私にも分かる。エリザベス・バートンの身体が知っているからだ。

 人望の公爵の娘でお兄様の妹なだけあって、エリザベス・バートンという少女は非常に優秀なご令嬢だったらしい。

 優秀なまま育った暁に、婚約者に捨てられるのだから浮かばれないが。


「それに、男の子は誰だって、騎士に憧れるものさ」

「そういうものですか?」

「そういうものなの。それに、女の子だって憧れるんじゃないかな? ほら、リジーがよく読んでいる物語にも出てくるだろう?」


 お兄様の指摘に、確かにと頷く。

 おとぎ話でも、恋愛小説でも、王子様の次くらいの頻度で「騎士様」は登場していた。

 身分の高い騎士が平民の娘と恋に落ちたり、身分の低い騎士と恋仲になったお姫様など、どちらかというと最後には結ばれない話が多かった気もするが。

 

 男の子の憧れというのも、野球選手や警察官を目指すみたいな感覚だと思えば、理解できる。

 近衛騎士は身分の高い貴族の中でも一握りしかなれないエリート集団と聞くし、平民の出でも武功を上げれば騎士爵をもらうことも出来る。

 身分を問わない憧れの職業なのだろう。


 ふむ。

 騎士、いいのでは? モテるのでは?


 幸い、剣術は得意だ。どちらかというと組み手の方が好みだったが、これからはもっと剣の方に力を入れることにしよう。


「教官。もう一戦お願いします」

「え? しかし、エリザベス様」

「騎士道、たいへん興味深いお話でした。次は騎士道精神に則って真剣に挑みます」


 私が笑いかけると、教官の頬がわずかに引き攣った気がした。

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