第4話 イケメンは作れる

 かくして男装も剣術の稽古も許された私は、前にも増して熱心に自分磨きに打ち込むようになった。


 貴族のご令嬢は幼いうちから公の場所では化粧をするものらしいので、メイクの練習は特に咎められなかった。

 メイクの参考にしようと、舞台演劇を見に行きたいとお母さまにねだったときには、「女の子らしいものに興味を持った!」と盛り上がってしまって大変だった。何度か舞台を見に行ったあと、私が男装メイクを始めたところですべてを悟り、がっかりしていて少々良心が咎めた。


 初めからうまく出来たわけではない。参考にしたのが舞台メイクなので、やりすぎて世にも恐ろしい劇画調の顔になったり、何となく面白い出来栄えになったりもした。

 一カ月も経つ頃にはコツを掴むことが出来た、と思う。


 イケメンは作れる。


 ちなみにお兄様はどんなときでも「世界一かわいい僕の妹」と言って憚らなかったので、参考にはならなかった。


 カルシウムの効果か、身長もぐんぐん伸びた。1年で20センチは伸びただろう。同じ年頃の子どもと比べると、頭一つ抜けている。

 相変わらずピーマンは苦手だが、それ以外の食材とは概ね良好な関係を築いていた。


 剣術に関しては、もっと顕著な変化があった。前世で特に運動が得意だったというわけでもない(と思う)のだが、どうやら私……というか、エリザベス・バートンの身体には剣の才能があったらしかった。

 おそらく普通の公爵令嬢として暮らしていたら、一生気づかなかった才能だ。

 稽古を始めて1年が経つ頃には、指南役として来ている家庭教師を相手に、模擬戦で勝利を収めるまでになっていた。もちろん、お兄様よりも強かった。


 そして何より、トレーニングにハマってしまったのである。

 まだ身体は子どもなので負荷をかけた筋トレは出来ないが、素振りをしたり、反復横飛びをしたり、走ったり受け身を取ったり。昨日まで出来なかったことが出来るようになるのが面白く、また驚くほど身体がよく動くのが楽しかった。


 好きこそものの上手なれとはよく言ったもので、稽古の時間以外の自由になる時間まで、すべてトレーニングに充てていたほどだ。才能もあって、努力もした。実力がつくのは当たり前だった。


 すっかりトレーニング三昧の日々を送っていたので自分が公爵令嬢であることを忘れかけていたのだが、腐っても高位貴族のご令嬢、どうしても参加しなくてはならない社交の予定が入ってしまった。

 その日は我が婚約者殿の8歳の誕生日を祝うパーティーが催されるということで、私も当然のように参加することになったのだ。


 参加といっても、まだ社交界デビュー前である。ダンスの必要はない。婚約者殿の隣でにこにこ笑って、初めましてとかよろしくお願いしますとか挨拶をしていればよいということだった。それ、いなくてもよいのではないだろうか。


 まったくもって気が進まないが、普段これだけ自由にさせてもらっているのだ。たまの付き合いくらい果たしておかないとバチがあたる。

 そういうわけで、ドレッサーの前に座らされ、私は侍女たちによるメイクを施されていた。


「女装は久しぶりだなぁ」

「女装とおっしゃらないでください」


 うっかり零したところ、後ろで控えていた侍女長に突っ込まれてしまった。メイク自体はもっと若い侍女が行っているが、たぶん私が逃げ出さないよう監視しているのだろう。


 化粧をした顔を鏡で見る。いつもは自分で男装風メイクをしているので、新鮮である。塩顔なだけあって化粧映えするし、決して悪くはないのだが、私はいつもの自分の顔の方が魅力的だと思う。


 やはり外見には中身が滲み出る。私は男装に合った言動を心掛けているし、目指すはノーブルでファビュラスな攻略対象だ。中身や立ち居振る舞いとマッチした格好をしている方がよく見えて当然だ。


「問題はこの髪ね」


 後ろで見ていたお母様が、コツコツとヒールを鳴らして歩み寄ってきた。

 お母様、華奢でかわいらしい方なのだが、そうして眉間に皺を寄せて見下ろされるとなかなか威圧感がある。


「いいんじゃないかな? 適当にちょちょいと流しておけば」

「いけません」

「それこそ女装ですわ」


 私の提案はぴしゃりと跳ねのけられる。おかしい。私のメイクのはずが、さっきから発言権を認めてもらえていない気がする。

 鏡越しに侍女長と目を合わせて、やれやれと肩をすくめた。


「何でもいいよ、主役は王子様なんだし、誰も私のことなど気にしないさ」

「その王子様の婚約者なのだから皆気にするに決まっているでしょう!」


 今度はお母様に怒られてしまった。

 結局侍女長とお母様がうんうん頭を悩ませた挙句、髪をすべて後ろに撫で付けて、後頭部にピンで付け毛を固定(途中何度か頭皮に刺された)、付け毛をくるくるとお団子状にまとめてまたピンでこれでもかと固定、最後にレースのシニョンネットを被せて完成となった。

 バレリーナのようだが、まぁ確かにそのままよりマシかもしれない。


 重くて動きにくいドレスを着るのは憂鬱だ、と思っていたのだが、いざ久しぶりに着てみるとまったく重さを感じなかった。

 体力と筋力がついたのだと思う。日頃のトレーニングの成果である。


 子供用のドレスでは形が合わなかったので――たしかに、小柄な成人女性とそう変わらない身長で、あんなにふわふわほわほわした形のものを着たらほとんど毛玉だ――、コルセットも絞められたが、思ったほど苦しくない。

 憂鬱で行きたくないと思っていたが、思わぬ形で努力の成果に気づくことができ、少々気分が上向いた。


 嫌だ嫌だと言っても仕方ない、これはある意味仕事のようなものだ。

 さっさとお勤めを終わらせて、またトレーニングに励むとしよう。


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