第2話 私も攻略対象になればよいのだ

 私が転生したのは、乙女ゲーム「Royal LOVERS」の、悪役令嬢……というのもおこがましい、ほぼモブ同然のキャラクターだった。

 攻略対象の一人と婚約しているいわばお邪魔キャラで、主人公に意地悪をしたり、攻略対象にちょっかいをかけたりと、実質主人公と攻略対象の恋が燃え上がるお手伝いをするような役割だ。


 最後には主人公に意地悪をしたり攻略対象にしつこく付きまとったことを理由に、学園祭のダンスパーティーのエスコートを公衆の面前で断られ、赤っ恥をかく。

 その後は特に描かれていないが、メインストーリーはどれも主人公と攻略対象の結婚式かそれを匂わせる描写で終わるので、主人公が私の婚約者ルートに進んだ場合は婚約は破談になるのだろう。


 そうなれば公爵家の恥さらしとして後ろ指を指されることは必至で、その後はまともな家に嫁げないかもしれない。行かず後家としてお兄様の継いだ家で一生を終えるかもしれない。

 現代日本ならいざ知らず、貴族のご令嬢は10代のうちに嫁に行くのが当たり前の世界観で、貴族のほぼトップに座す公爵家のご令嬢がそれではあまりに肩身が狭い。


 主人公が他のルートに進んでくれれば良いのだが、あいにく私の婚約者はとにかくチョロいことで有名だった。パッケージでも目立つところに描かれたメインの攻略キャラだけあって、意識しなくてもぐんぐん好感度が上がるのだ。

 付いたあだ名が「チョロベルト」。


 ルート分岐前の「星の観測会イベント」でそのとき一番好感度が高いキャラがわかるのだが、他のキャラ攻略中にもかかわらず出現し「お前じゃねぇよ!」とゲーム機を放り投げたことが何度もある。

 主人公が普通にストーリーを進めていけば、まず間違いなく我が婚約者殿のルートに入るだろう。


 現時点の私はといえば、特段婚約者殿に思い入れはない。

 ゲームの中でも、モブ悪役令嬢ことエリザベス・バートンは彼本人が好きだからというより、庶民の娘に婚約者を奪われることや、公爵令嬢の自分を蔑ろにする婚約者の言動に腹を立てて邪魔立てしているという印象だった。


 前世の記憶が甦ったとはいえ、7年間公爵令嬢として育てられた私にもプライドはある。ポッと出の庶民の娘にちょっと優しくされたくらいでコロリと落ちて、婚約者を捨ててしまうようなチョロい男はこちらから願い下げである。

 仮に結婚したとして、そういう男は飽きてきた頃に同じことを繰り返す。絶対にだ。そんな男と結婚しても、私に幸せはやってこないだろう。今すぐに婚約を破棄できればよいのだが、そうもいかない理由がある。


 私の婚約者は、誰あろうこの国の第二王子、なのだ。


 いくら国内随一の貴族といえど、王族との婚約を「娘が嫌がっているので」と拒否できるはずがない。あちら様とて、有力貴族である我が家とのパイプは是非とも欲しいだろう。

 そうでなくとも、先日私が7歳になったときに結んだばかりの婚約である。世間体も考えれば、たいした理由もなく破棄はできない。


 かといってそのまま17歳を迎えれば、こちらが「難アリ」のレッテルを貼られた上での婚約破棄。行かず後家まっしぐらである。頭を抱えるばかりだ。


 そもそも、攻略対象の男性陣だって最初のうちは庶民の主人公に冷たく接していたはずだ。

 好感度が上がってルートに入れば甘い言動も増えるが、シナリオの山あり谷あり部分で主人公を突き放したり、ひどい扱いをする場面だってある。プレイ時には主人公ちゃんに対して「そんな男やめとけ!」と思ったことも一度や二度ではない。


 チョイ役のライバルキャラである私なんかよりよっぽど断罪されるべきだと思うのだが、イケメン攻略対象という免罪符ですべてが許されている。

 どれだけひどいことをしても、彼らは主人公とハッピーエンドを迎えることができるのだ。


 理不尽がすぎる。


 いざ自分が不利益をこうむる側になると、この乙女ゲームという世界のあり方と、明らかに優遇される攻略対象たちに腹が立ってきた。

 私だって見目は良いほうだし、家柄だってトップクラスだ。性別が違うだけでこうも扱いが違うなんて不公平である。私とだってノーブルでファビュラスな恋愛は出来るはず。

 そこではたと気が付いた。


 そうだ。

 私も攻略対象になればよいのだ。


 主人公に攻略されたキャラは大抵幸せになると相場が決まっている。Royal LOVERSはハッピーエンドばかりの「やさしい世界」なので、そこは安心だ。

 見目は良い方だし、身分も高い。何より私にはゲームの知識がある。他の攻略キャラのイベントを先回りして潰すことも、横取りしてしまうこともできるだろう。


 要は発想の転換だ。

 他人を変えることはできないが、自分を変えることはできる。前世でなんかいい感じの人が言っていたいい感じの言葉だ。


 我が婚約者殿が主人公に惚れるのを阻止するのではない。主人公を私に惚れさせて、ロベルトルートに進ませなければよいのである。そうすれば、ロベルトがいくらチョロかろうが問題ない。

 そして主人公が私のルートに進むことで、私のハッピーエンドは確約される。


 どうやって公爵家の名に傷をつけないように、かつ王家を怒らせないように婚約破棄をすればよいのか。その難題に私が立ち向かう必要が無くなるのだ。

 何故なら、私に惚れた主人公が、愛のパワー的なものでハッピーエンドに導いてくれるはずなので。


 他の乙女ゲームでは、お友達ポジションのかっこいいお姉さまキャラが人気を集めて、アニメでとても良い扱いで登場したり、ファンディスクに友情ルートが追加されたりしたこともあった。ハンディキャップはあるが、決して不可能な話ではないはずだ。


 私はぎゅっと拳を握り締める。

 主人公と出会うのは、彼女が聖女の力に目覚めて学園に転入してくる17歳の春。それまでに、ロベルト始め他の攻略対象たちに引けを取らない、ノーブルでファビュラスなイケメン(女)に成長しておく必要がある。やらなければならないことは山積みだ。


 よく磨かれた窓ガラスに映る、自分の表情に目が行った。

 非常に好戦的なその笑顔は、とても7歳児のものには見えない。決意を新たに、小さくつぶやく。


「首を洗って待っていろ、イケメンども」

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