第8章 謎の少年~中編~人と妖の狭間

 妖と人間の間には必ずしも『狭間』というものがある。

 いくら仲良くなったって、

 それが友達という存在になったとしても

 その〝狭間〟には勝てない。

 ーーこれは、少し前に僕が知ったこと。.

【-*-】


「天邪鬼ってさ、人と話したことあるの?」


 木の下。体育座りしながらそんなことを訊いてみると、隣にいた天邪鬼は不思議そうな顔をしてからおバカな答えを出した。


「お前と話してる」


「天邪鬼……一応言っておくけど、私“以外”とね」


 きつめな訂正をすると、天邪鬼は、ああ、と気にした様子もなく言い直す。


「そういえば一人だけいたな。オマエみたいな人間」


「どんなひとだった?」


 私は、その人がどんな人か、容姿だけなら少し知っている。

 天邪鬼から流れてきた記憶からすると、黒髪の少年だった。


「オレなんかに構っていつも笑顔で、体が小さい割にいろんなこと考えてそうだったな」


 天邪鬼に小さいなんて言われたらお終……


「そこ、頭の中から小さいという単語消せ。失礼だぞ」


 オレに対して、と付け加える天邪鬼は相当気にしているご様子で。

 ごめんねと謝り、続きを諭す。


「まとめて言っちまえば、不思議なヤツだった」


 私の耳が間違っていなければ、いつもより天邪鬼の口調が優しい。

 表情も少し穏やか。


「その子のこと、好きだった?」


「はあ!? “その子”じゃねーし、オトコだし。それにオレが人間なんかのこと好きになるワケねーだろ」


 私の質問に驚き、全否定する天邪鬼。まるで私が変な質問をしてしまったかのような動揺のしよう。

 赤い顔を更に赤くして怒るところを見ると、たぶん図星だ。

 わかるよ、その男の子のこと好きだったんだね。丸わかりだよ。

 もしかして天邪鬼はーー自分が妖怪で、相手が人間だからこう全否定しているんだろうか。

 そんなの気にする必要ないのに。


「……素直じゃないね」


「オレは正直モンだ!」


「へえ」


 断定しきった天邪鬼に疑いの眼差しを浴びせる。


「なんだその‘私は信用してませんよ’っていう目は!」


 天邪鬼の的確なツッコミに口元がほころぶ。


「だって信用してないもん」


「信用しろ!」


「無理」


「ダァー! しろ!」


「不可能」


 天邪鬼との会話が楽しくて、つい、いつもより調子に乗ってしまう。

 こんなふうに私がお調子者になっている時、一つの稲妻が落とされる。

  それは細く鋭く、心臓に衝撃を与えた。


「立花さん、だよね?」


「え? うわっ」


「一人で、誰と話してるの?」


 振り返ると、そこにいたのは転校してきたばかりの如月透くんだった。


「あ、いや、これはえっと……」


 体に電流が流れるが如く、痺れ固まり、ちゃんとした言葉が出ず。

(深い事情がありまして。決して、頭がおかしいとかそういうわけではないんです)

 心の中でしか言い訳ができない。

 考えてなかった。こうなることを。


「元気、だね」


 なんとかごまかせそうな空気に乗り、肯定の笑みを相手に向けてみる。

 たぶん表情は硬い。

 不注意だった。

 あまり人の通らない場所と言っても学校へ繋がる道。生徒の一人や二人くらい通る。木の影だとしても声が大きすぎた。

 何事もなかったかのように如月くんは静かに私の隣に座る。

 何も見なかったことにしてくれるのか。

 何も発さない彼の様子を伺う。


「見えないものが見えるのって、大変だね」


 遠くを見据える横顔からは、何かが消滅する儚さを感じられ。

 真っ直ぐとした瞳からは、それに似つかわしくない何かの迷いを感じた。


「ーーえ」


 目を見張る。

 予想だにしない発言に耳さえ疑う。

 もしかしてーー如月くん、見えてるの? 天邪鬼のことが、見える?

 そんな馬鹿な発想をしてしまった。


「如月く……」


「早く登校しないと遅れるよ」


 如月くんはそう言うなり、早々にこの場から立ち去った。

 そのせいで訊けなかった。……違う。もしあのまま如月くんが私の話を聞いてくれていたとしても、私は訊けなかった。

 だってーーこわいから。

【-*-】

 いつもの教室。

 今更ながら、日本人形ーーキクリに会ったのは昨日が初めてではなかったな、と頬杖をついて‘あの時のこと’を思い出す。

 まだ私が妖怪に慣れていない頃、教室で。

『ーー若葉、なにそれ?』

 なにが?というような表情をする若葉の肩にキクリーー人形が乗っていたんだ。

 それが妖怪だと分かっていなかった私は、なにかファッションとして奇妙な人形を肩に乗せているのかなと思ったりしていて。

 私の質問に理解していない様子の若葉に『その肩に乗ってるの』と光景をそのまま言うと、若葉は自分の肩を一度見てから『なんのこと?』と、素知らぬ顔をした。

 その肩には、髪の長い人形が乗っているというのに。

『だからその人形』

『里桜……なに言ってるの?』

『何ってーー』

 訝しげな顔をされて。

 まさか……と、ようやく変な確信が頭をよぎったところ、その人形は動き。

(わっ、動いた)

 顔が見えないほど伸び切った前髪で、私を真っ直ぐ見るようにしてから若葉の肩から下り、教室から出て行った。

 その小さい後ろ姿を覚えている。

(ーー妖怪が見えるの? ……なんて、訊けるわけないか)

 ふっと一息つき、如月くんにこんなことを訊くのはやめようと、諦めをつけた。

【-*-】


「ーーあ!!」


 何の前触れもなく、いきなり叫んだ彼にびっくりさせられるのはこれで何度目か。

 木に寄りかかり、頭を捻って何かを考えていた天邪鬼は、今はもうふっきれたご様子。


「わかった!」


 手のひらにポンっと拳を当てたところをみると、何か閃いたようだ。

 なにを?と首を傾げると、珍しく清々しい表情を向けてきた。


「アイツ、アイツだよ!」


(あいつ? ……が、なに?)

 興奮しきった天邪鬼は説明不足。私に‘何か’を伝えようと必死だが私は何のことかさっぱりで、“アイツ”が誰のことを示してるのかさえ分からない。


「ほら、まえオマエといた時ここに来たオトコ」


(オトコ……?)


「黒髪でひ弱そうなオトコ!」


 ああ、もしかして天邪鬼は如月くんのこと言ってるのかな。

 私がここにいる時、来たといったら如月くんだけだし。それに……如月くん、天邪鬼の言っている通り、黒髪でひ弱そうだから。


「その人がどうかしたの?」


「アイツ、たぶんだけど前に唯一オレと喋れてたやつだよ」


(えーー)

 一瞬目が合った気がしてどうもおかしいと思ってたんだよ、と話しを続けている天邪鬼だが、耳に入ってこない。

 うそ……。


「確認するけど、天邪鬼の言っている人ってもしかして天邪鬼に金平糖をあげた人?」


「そうだ」


 ビンゴ!というかのようにはつらつとした声。

 ーーって、オマエにそこまで話したっけ?と言っているのが聞こえるが、答えるとしたらこうだろう。

 君にはこの話されてないけど、君の記憶からね……って。

 そういえば天邪鬼に話していなかったんだっけ。

 私は天邪鬼の記憶を見てしまったんだと。だから金平糖のことも、黒髪少年のことも知っていた。

 ……いや、詳しいことを知った以上、‘如月透くんのことを’と言うべきだろうか。

【-*-】

 教室に入ると一直線に彼の元へ向かった。


「如月くん、ちょっといいかな」


 席に座っている如月くんを呼び出し、廊下へ連れ出す。


「どうしたの?」


「あのさ、これ持ってきたこと内緒にしといてほしいんだけど……」


 鞄の中に手を突っ込みながら、周りを伺う。それに加え如月くんに小さな釘を打つと、思った通り如月くんは

「うん」

と頷いてくれた。


「如月くん。これ、なんていうお菓子だったけ?」


 中学生の私が学校にお菓子を持ってくるなんてちょっとした規則違反で、びくびくしながら辺りを見回す。

 如月くんはじっとお菓子を見つめ。


「コンペイトウ……?」


 正解を言い放った。

 私の予想していた答えと違う。

 その上……


「名前ならちゃんとそこに書いてあるよね。なんでそんなこと、わざわざ僕に訊くの?」


 痛いところを付かれてしまった。

 私の焦りも知らないで、平然とした様子で私の顔を覗く。


「あ……ほんとだ」


 如月くんへ向けている袋を確認してみると、そこには『金平糖』と大きな字で書かれていた。

(うわ……失敗した)

 これなら誰もがコンペイトウと答えるだろう。それがでかでかと書かれているものなら、なおさら。


「変なこと訊いてごめん」


 金平糖の袋を鞄の中にしまい、自分の教室へと戻った。

 あー、もう。何変なこと聞いているんだろう、私。

 天邪鬼の記憶の中にいた黒髪の少年が如月くんなら、金平糖のことを‘あられ’と間違えて答えると思ったんだ。

 でも間違えなかった。

 ……やっぱり私の思い違いか。

【-*-】


「天邪鬼、如月くんは天邪鬼の知っている男の子じゃないよ」


「キサラギ?」


 今日、如月くんがあの男の子がどうか試したことを話した。

 金平糖で試したとかは言えない。


「……そうか」


 ちょっと落胆した空気。


「男の子の名前、知らないの?」


 いつもの木の下で、そう訊いてみれば天邪鬼は首を横に振った。


「アイツの名前は知らない。

気にしたこともなかったし、あいつもオレの名前訊いてこなかったから」


 そういえば天邪鬼の記憶にいた男の子は、天邪鬼のことを『赤鬼』って呼んでいたな。


「やっぱりあいつじゃないよな」


「“やっぱり”?」


 手を枕にするよう頭の後ろにやり、木に寄りかかる。

 今日の天邪鬼はなんだか静か。


「オレ、あいつに悪いことしたんだよ」


「え?」


 突然の告白。


「あいつのこと、妖怪たちに言いふらしたんだ。妖怪の見える人間の子供がいるって」


 天邪鬼の言う言葉に耳を傾ける。

 天邪鬼はどこか遠くを見つめて、その時の光景を思い出しているようで。


「別に変な意味でやったわけじゃねえよ。

いつも一人でいて、つまらないかと思って親切心でやったんだ」


 私が口を挟むところじゃないと分かった。


「そうしたらあいつ、いつの日からかいきなり暗くなりやがってーー」


 そこで天邪鬼は俯く。


「オレの前から消えた」


「……」


 私には君の言っている意味が分からない。

 どうして。妖怪たちに少年の存在を教えただけの天邪鬼は、少年は自分のせいで自分の前から消えてしまったと思っているの?

 その理由を、天邪鬼は話し始めた。


「あとで他の妖怪どもに聞いたらその原因が分かった」


 原因……。


「オレからあいつの存在を知った妖怪どもの中には、あいつを襲っていたやつもいたんだ」

「襲って……いた?」


 信じられないというような声。

 少年に比べれば妖怪のことを何も知らない彼女。

 答えを求めるように天邪鬼を見つめる。

 肝心の天邪鬼は思い出していた。妖怪との会話を。

 初めて知ったことで、自分が驚く様を。

『あの人間の子、逃げ足が速くて食えなかった』

『食おうとしてたのか!?』

 草木の邪魔する中にいる妖怪と、天邪鬼の些細な会話。

 衝撃の話を聞いた天邪鬼はぎょっとして、拳法の構えをとった。


「あいつはオレの知らないところで妖怪に食われそうになったり……」


 話の途中で、続けてまた別の妖怪との会話を思い出す。

『人間を驚かすのは楽しいなあ』

『それはオレの特権だ!』

 思い出せば思い出すほど、自分のしたことの重大さを天邪鬼は思い知っていく。


「驚かされていたりしていた」





「だから、たぶんあいつは、オレのせいでこの町からいなくなったんだと思う」


 オレとだけじゃなくて違う妖怪とも話して、同じ人間と遊べないなら妖怪と遊べばいいと思ってただけなのにーー……

 そう、天邪鬼は自分のしたことを後悔するように呟いていた。

 ただ、天邪鬼は、少年が一人で寂しいかと思って親切心でやったことなのに。少年にとってそれはーー‘最悪’となってしまった。

 どうしてもすれ違ってしまう心。

 妖怪と人間。

 本当の姿や力が違うということはわかるけど、それ意外に何が違うというんだろうか。

 よくわからないけど。

 なんかーー……複雑。


「ねえ、いつもあの子なにしてるのかな?」


「さあ?」


 気持ち悪いねー。

 と、二人して笑う女子たちの視線の先には、一人の女の人。

 通りすがった二人の女子たちと同じ制服を着ているから、同じ学生の人だと分かる。

 木々の生え揃う道路。

 一カ所だけ、木がくり抜かれたようになくて。その先には小さくて古そうな祠。

 彼女はその祠の側に座っていて、ぼーっと木の葉か何かを眺めている。

 なんとなく、家とは逆の道(と言っても、二つに道がただ単に別れていて、住宅の向かいあっている一つの道)へ来てしまったが。

 こんな所に祠があるなんて知らなかった。

 ーー“気持ち悪い”

 彼女らは、あの女の人を見てそう言った。

 何が気持ち悪いと言うんだろうか。

 (……あ)

 思い出さなくてもいいもの、思い出した。

 立ち止まったまま、思考が別のところにいく。

 ーー若葉の肩に乗っていた日本人形。

 キクリが教室を出て行く時。

 その小さな背を見ていると、複雑な表情をした若葉に問いかけられたんだ。

『あなた、この頃おかしいけど何かあった?』

 心配した様子、いや、今思えば変なものを見るかのような疑わしい目をしていた。

(……おかしい?)

 この時はまだ妖怪というものを深く知ろうとしていなくて。

 だからか、『おかしい』という言葉に疑問を持った。

 何がおかしいというのか、私は若葉の前でおかしな行動をとっただろうか、と。

 ……でも、今なら分かる。

 若葉の言った“おかしい”は、私が自然にとった行動、発言、全てだったんだって。

 そしてもう一つ、若葉に投げかけられた言葉。

『こう言うのもなんだけど……

冗談のつもりならまだいいけど、本気ならそれーー気持ち悪いわよ』

 何が気持ち悪いんだろうって、疑問に思った。

 どうしてこんな発言されたのかとか意味がよく分からなかったけど、虚しくて寂しい気持ちになった。

 もちろん、若葉に酷いことを言われたという悲しみも。

『ーーボクって、気持ち悪いんだって』

 頭の中に、ふと、あの時の黒髪の少年の映像が流れる。

 表情は柔らかいはずなのに、眼差しだけは哀しげに映っていた。

(ーーわかった)

 はっと息を飲む。

 ああそっか。そいうことか。

 普通の人に見えないものが見えるのって、気持ち悪いことなんだ。

 若葉には何も見えていない。

 だから、妖怪の見える私の行動と発言は若葉にとっておかしなことで。

 この人は何言ってるんだと、相手の気持ちを悪くしてしまう。

 あの天邪鬼の記憶の中にいる少年の気持ちが分かった。

 どんな気持ちで自分を蔑む言葉を口にしたのか。

 どんな気持ちで日々を過ごしていたのか。

『……ごめん。ただの冗談だから』

 ーー冗談だから。

 私はそう言った。何も分かっていなかったけど、自分なりにその場で無意識に自分を守ったのかもしれない。

 “もうこれ以上こんなことしないから、言わないから。

 そんな顔しないで。

 そんな目でボク(私)を見ないで”

 君は……寂しかったんだね。

 見えないものが自分だけに見えていて、分かってくれる人がいなくて信じてくれる人がいなくて、一人ぼっちだった。

 妖怪にも自分を分かってくれる者がいない。

 それどころか、妖怪には毎日のように驚かされて、襲われて。挙げ句の果てには食べられそうになって……。

 ーー妖怪は人間と全然違う生き物なんだ。

 そう、一人で苦しんでいたんだ。

 天邪鬼の記憶の中にいる少年は、いま天邪鬼のことをどう思っているだろうか。

 悩み続けている天邪鬼のことをーー……。

【-*-】


「君、見えてるんでしょ」


「……」


「僕のこと」


 いつもの道。


「見えてるって言ったら、なに?」


 少年ーー如月透の前にいるのは人の姿に化けている妖怪のレオ。


「なに企んでいるのかは知らないけど、リオちゃんに何かしたら許さないから」


 満面の笑みで、それだけ言って立ち去ったレオの後ろ姿を見る如月透の目は、一瞬にして鋭くなった。

(りお……? ああ、立花さんのことか)



「里桜?」


(え。あ……)

 聞き覚えのある声に後ろを振り返れば、そこには私の幼馴染である斗真がいた。


「斗真、今帰り?」


「うん、生徒会でやることがあって」


 ああ、そっか。斗真、生徒会だったんだ。

 最近話す機会もなくて、自分のことだけで精一杯で気にさえかけていなかった。


「里桜は、こっちの道に何か用?」


「用ってことのほどはないんだけど、ちょっと散歩」


 二つに別れる道があって、自分の家の方じゃなくて斗真の家に続く道へと来てしまった理由は、そんな理由じゃない。

 ただぼけーっとしていたから。


「あそこにいる人って、いつもああやってあの場所にいるの?」


 祠の所に座って上の方を見ている女の人の話をふる。

 すると斗真は女の人のことを見て。


「ああ、あの人。いつもああやっているんだよ。まるで見えない何かを見ているようにね」


 見えない何か……?

〔-*-〕

 次の日。


「如月くんーー昨日、“見えないものが見えるのって大変だね”って言ってたよね。あれってどういう意味?」


 偶然会った如月くんに勇気を持って訊いてみた。いつもの木の下で。


「見えていたんだよ、前まではね」


「前まではーー?」


 予想外の台詞に目を見張る。

 如月くんは相変わらず遠くを見つめていて。私は、如月くんの言葉に耳を傾けた。

 見えていたとは何が見えていたのか、もしかして妖怪?

 前まではという意味も一体……。


「普通の人には見えないモノが、僕には見えていた」


「……それって、妖怪のこと?」


「たぶんね」


 自分でも驚くほど普通に訊いていた。

 如月くんがさらけ出そうとしてくれているからかもしれない。

 如月くんはすべて話そうとしてくれている。転校してきたばかりの如月くんとは初対面同様かもしれない。

 けど、今はその距離が感じられない。


「実は小さい頃、ここに住んでいたんだ。だからこの辺にいる妖怪は大体知っている」


「じゃあ、天邪鬼のことは覚えてる?」


「……?」


「ああ、質問違った」


 如月くんはあのとき、あの天邪鬼の記憶の中にいた小さな如月くんは天邪鬼のことを赤鬼と呼んでいた。だから知るはずがない。


「如月くん、妖怪に金平糖あげたことない?」


 こう聞けば分かるかな。

【-*-】


「金平糖……」


 里桜の問いに如月は考え込む。

(確か昨日、学校に金平糖の袋持ってきて変な質問してきたっけ)

 里桜は昨日、金平糖をわざわざ学校まで持ってきて、如月が天邪鬼の記憶の中の少年か確かめたのだ。

 このお菓子の名前なんだっけ?と。

 誰が聞いても変な質問だ。如月だってこいつは馬鹿かと思ったほどなのだから。

(ああ、それより金平糖を妖怪にあげたかって話か。どうだったけ、あげたやつなんていたっけ。

それより言葉を交わした妖怪なんて……)


「たぶん小さい頃、金平糖のことを“あられ”と間違えてあげてたと思うんだけど」


 追い打ちをかけるように里桜は、覚えてる?と首を傾げる。

(金平糖のことを“あられ”と間違える馬鹿なんてどこにーー)

 そこで何かがフラッシュバックする。

『これ赤鬼にあげる』

 それは幼い頃の如月が、小さな赤鬼にカラフルな飴をやっているところ。断面はでこぼこで、子供にあげると喜ぶ金平糖。

『なんだソレ?』

『これはね“あられ”って言うんだよ』

『ふーん……あられ、ね』

 そこで映像は途切れる。

(……ここにいた)

 映像が途切れた瞬間、如月はげんなりとした。馬鹿はここにいる自分だったのだと。


「覚えてる。たぶんあげたかな」


(ーーあの妖怪、天邪鬼っていうのか)

 今まで天邪鬼のことを赤鬼と呼んでいた如月は、今日初めて彼の名を知ってぽーっと思い出していた。天邪鬼のことを。


「その妖怪のことも覚えてる!?」


 里桜の話の食いつき方に一瞬びびるも、如月は、はは、と笑う。


「覚えてるよ。なんで?」


「あのね、その妖怪が如月くんにもう一度会いたいって言うんだ。だから……会ってあげても、いい?」


 気を使ってか、距離を置いてお願いしてくる里桜の言葉に、如月は一瞬顔を暗くした。


「今この僕が天邪鬼に会っても、意味ないんじゃないかな」


「そうだけど……あの時の少年は如月くんだって、天邪鬼に伝えたいんだ」


 今この僕には妖怪が見えない。

 だから天邪鬼に会ったって、見えなければ声だって聞こえない。声が聞こえなければ言葉なんて交わせない。

 そう、如月は遠回しに言うが、里桜はそんなことでは引かないらしい。

 如月は諦めてくれることを諦めて、心の中で溜め息をつく。


「そういうことならいいよ。その天邪鬼に会ってあげても」


 仕方なく了承した如月に気付くことなく、ほんと!と輝かせる里桜は、如月には眩しかった。

 ーー自分のことのように喜んでいる。

 けれどそれを利用できるか、如月はすぐに思考を変えた。


「じゃあ明日ね」


「うん」


 明日は休みでいい機会だから。

(君には悪いけど。

計画、実行させてもらうよ).

〔-*-〕

 如月くんと明日合う約束をし。

 これで天邪鬼は……と気分よく軽い足取りで歩いていたが、立ち止まる。

(あれ? じゃあ前に天邪鬼の言っていた、如月くんと目が合ったっていうのは天邪鬼の気のせい?)

 天邪鬼は如月くんと目が合って、不審に思ったからよく考えて名前の知らない黒髪の少年のことを思い出した。

 それで如月くんはその黒髪の少年だったと。でもその如月くんは前までは妖怪が見えていたと言った。

 だから今は見えないということになる。

 ただの天邪鬼の気のせいかと、止まった歩みを進めた。

 翌日。


「会わせたいヤツって誰だよ?」


「んー、秘密」


 “会わせてあげたい人がいるの”

 そう言って暇を持て余していた天邪鬼を連れてきた。

 如月くんと会う場所は決めていなかったけど、昨日と同じ場所でいいのかな。

 少し歩いた所で。

 前方に、というより道の端に生え揃っている木の下に、人影を見つけた気がした。

 なんとなく足を止めてしまう。

 その人影は木の下から出てくる。

 木漏れ日が、その人影を照らす。

 ルカ?

 ……じゃない。

 漆黒な髪色で、ルカに似ているけど、ルカではない。

 ーー金色の瞳。

 ルカは闇のように黒い瞳をしている。

 彼は、あのときの狼……?

 なぜか、あの時に見た狼と照らし合わせてしまった。

 こんな所に狼なんて存在しないと分かってはいるけど。レオが認めた存在だ。

 たぶんあれは妖怪だった。


「天邪鬼。これって、逃げたほうがいいのかな?」


 天邪鬼と共に立ち止まった足。


「オマエ、あいつの知り合いか?」


「いや、そういうわけじゃないけど……」


 なんかこっちに向かってきてるよ。

 彼は普通の人じゃないと分かる。だって剣を持っているんだ。

 一、二……。

 二つも持ってる。腰に鞘が二つもある。


「おい、オマエ。オレたちに何か用か?」


 ああ……天邪鬼!

 何声かけてるのと動揺を隠せないまま、小さな天邪鬼を見下ろす。


「……」


 彼は何も答えず、真っ直ぐこちらに向かってきている。

 そして目の前まで来た。

 私を見下ろす金色の瞳。言葉に表すほどの威圧的な何かはないが、感情があるのかないのか微妙に分からない瞳がこわい。

 ルカは漆黒色の目をしていたせいか本当に感情のない瞳をしていた。けど、今は瞳の奥にある感情を感じとれる時がある。

 今、私の姿を映しているこの瞳は複雑だ。

 複雑すぎて分からない。


「氷力石」


「え……?」


「氷力石を貰いに来た」


 氷力石。

 久しぶりに聞いた単語。

 いや、単語ではないか。

 妖怪の中でしかない用語だ。

 もうこんな事はないと思ってた。

 狙われることなんてないと思っていた。

 天邪鬼は何のことだろうと何てことない顔をしているだろう。

 天邪鬼は知らないから。

 私には危機的状況なんだけどな。

 ーーそして私は知らないうちに意識を失っていた。

 天邪鬼の、私を呼ぶ声は聞こえていたけど、答えられなかった。

 必死に私の名を叫んでいたのに。

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