第41話 明かされた秘密
だが、バルコニーの上の貴族たちは黙っていなかった。
「陛下、それは甘すぎる!」
「それでは臣下に示しがつきませぬ!」
国王は国王で、悠長に構えている。
「王女をやると言われて逃げ出す者があろうか。これもあの、ナレイバウスとやらの見せかけであろう」
貴族たちは、お互いに手を取り合ったナレイとシャハロの様子を眺める。
だが、ジュダイヤの王女と滅んだサイレアの王子は、そのまま駆け出す。
貴族たちは騒ぎ出した。
「あれを見ても、見せかけと申されますか」
「承服いたしかねます」
気の強い者の中には、その場を離れようとする者もいる。
「失礼。戦支度に。王子さまや王女さまたちが、手ぬるい陛下を笑っていらっしゃいます。王家にひと騒動、あるかもしれませんな」
国王は呻いた。
「よかろう……王女シャハローミを誘拐したナレイバウスを捕らえよ。抵抗すれば、殺しても構わん」
その命令を受けて真っ先に動いたのは、ヨファだった。
「親衛隊長! 私に名誉回復の機会を!」
貴族のひとりが、おもむろに手を挙げた。
さっき、その場を離れようとしたのは、親衛隊長だったらしい。
国王の周りに控えていた貴族たちの中から、屈強な若者たちが歩み出た。
階段を下りる間も惜しいのか、バルコニーの手すりに手をかけて、次々と飛び降りる。
剣を抜いて、ヨファと共に、凄まじい速さで疾走する。
そのひとりが、ナレイに追いすがった。
シャハロの手を引くので精一杯の無防備な背中へと、剣を振り下ろす。
ところが、その手は振りほどかれた。
「シャハロ!」
ナレイが振り向いたときには、既に剣は吹き飛ばされていた。
高々と足を上げたシャハロが、騎士に向けて回し蹴りを放っていたのである。
それでも、多勢に無勢であった。
だが、娘ひとりが、屈強な騎士たちに敵うはずもない。
すぐに羽交い絞めにされて、ナレイから引き離された。
ナレイは、剣を拾って後を追う。
だが、同じように武器を取り戻した騎士たちに行く手を阻まれた。
親衛隊たちは再び、ナレイひとりを取り囲む。
ヨファはというと、騎士たちに捕らえられたシャハロを見やって皮肉たっぷりに言った。
「なんとはしたない……そんなお姿を、騎士が正面から見られるはずもありません」
シャハロが冷笑する。
「あなたこそ、往生際が悪いですわね。騎士の誇りが聞いて呆れます」
ヨファが哀しげに答えた。
「どうぞ、恋に破れた男の醜態をお笑いください。国王と、その血を引く者を守ってこその騎士であり、親衛隊です」
だが、そこで、遠巻きに見守る使用人たちの中から歩み出た者があった。
のっそりと。
言わずと知れた、ハマである。
「その言葉、間違いないな。貴族の若様よ」
きっと見上げた先には、国王がいる。
「じゃあ、見逃してやれ。この娘は、お前とは血のつながりがない」
国王は、声を荒らげて言い放った。
「その噂、知らんでもない。だが、それを口にするからには、覚悟はできておろうな」
ハマは、にやりと笑った。
「証拠か? それともこの命か?」
ヨファの目くばせで、親衛隊の半分がハマを取り囲む。
国王が一喝した。
「その両方だ!」
その声と共に、ヨファが手を一振りする。
親衛隊の剣が、一斉にハマへ、そしてナレイへと襲いかかる。
だが、それは残らず空を切った。
それどころか、地面に落ちて高らかな音を立てた。
国王が、深々とため息をついた。
「やはり、生きておったか……サイレアの勇者よ」
どよめきの中、親衛隊たちが後ずさる。
ハマが不敵な笑みを浮かべた。
「忘れられるまい……多勢が無勢に痛い目を見てはな」
だが、国王も負けてはいなかった。
「大軍相手にたったひとりで戦い、深手を負って姿をくらましたのは誰だ? この城へ馬丁としてやってきたのは知っておった。妙に馬の扱いが上手い男がいると聞いたときからな。お前ほどの勇者を殺しとうはなくて、知らぬ顔をしておったが、何しに来た? 余の寝首を?こうとでも思ったか?」
「様々な国を回っていろいろやってきた。戦もやったし、怪物も仕留めた。数多の女と浮名も流した。だが、暗殺だけはやったことがない」
そこで見やったのは、ナレイである。
「全ては、サイレアの忘れ形見を見守るため……そして」
じっと見つめる先には、シャハロがいた。
「俺の娘を守るためだ! お前のような助平ジジイからな!」
宮殿の前に集った者すべての眼差しが、国王に注がれる。
国王は、うろたえた。
「何を言うか……亡き妻に生き写しの我が娘に、余が何をするというのだ!」
ハマは激高して叫ぶ。
「サイレアが滅んだあと、お前はその王子を連れて帰ったが、身の回りの世話をしていた美しい女にも目をつけた。戦の傷が癒えた俺が、それを知ってジュダイヤに来たときは、その女は女の子を産んで死んでいた。俺は馬を扱うサイレアの技を頼りに、馬丁としてこの城に入り込んだのよ。俺の娘が母親そっくりに、そして俺の娘らしくお転婆に育つのを遠くから見るのは辛かったがな。だが、思いもよらなかったぜ。王女として育てた娘を家来に嫁がせ、その後にこっそり誼を通じようとは……」
シャハロは怒りと羞恥とおぞましさで、満面を朱に染めるどころか、青ざめる。
ハマは改めて、その場の全員を見渡した。
「まあ、王様を許してやってくれ。どこの国でも、それなりに身分の高い殿方にはよくあることだ。だが、親衛隊の若いの……俺の娘とその恋人は、放してやってくれ」
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