第40話 死闘の行方

 決闘場に、どよめきが広がる。

 ヨファの大剣が、決闘場の地面に深々とめり込んだのだ。

 だが、そこにナレイの姿はない。

「あれ……僕は……」

 呆然とつぶやく声は、ヨファの背後から聞こえた。

 その手には、半分に斬られた杖の片割れが握られている。

 これが、頭上から降り下ろされる大剣を受け流したのだ。

「いつの間に!」

 ヨファの目が血走り、眦が裂けた。

 怒声と共に、振り返りざまの大剣が放たれる。 

 横薙ぎに閃く刃は、ナレイの身体を上下に両断するかに見えた。

 だが、その一撃は空を切る。

 わずかに後ずさったナレイに、紙一重の差でかわされていたのだ。

 ヨファは唖然とする。

 だが、いちばん驚いていたのはナレイ本人であった。

「こんなことが、僕に?」

 その喉元に、大剣の切っ先が迫る。

 だが、ナレイは大股に一歩下がっただけで、それが届く距離から外れていた。

 ヨファは更に、一歩、また一歩と踏み込んでくる。

 その度に、剣さばきはより複雑になり、そして速さを増していった。

 それでもナレイは、そのひとつひとつをかわし続ける。

 やがて、大剣を操るヨファのほうに疲労の色が見えてきた。

 ナレイは、それを見逃さない。

「……遅い!」

 一瞬の隙をついて、ナレイはヨファの懐に飛び込む。

 攻守は逆転した。

 鳩尾を突きにかかる短い棒きれを、ヨファはようやくのことでかわした。

「この私が、こんなことを!」

 大剣を振り上げるが、その腕は、ナレイの突き出した棒きれ一本で封じられた。

 ヨファは大剣を振り下ろすのをやめて、斜め下から斬り上げようとする。

 だが、その動きを読んでいたかのように、ナレイも動く。

 短い棒の先を腕と腕の間に差し込まれたヨファは、それ以上、動けなくなっていた。

 

 国王が立ち上がって、バルコニーの端まで歩み寄った。

「勝負の終わりを姫が決めておる以上、口を挟む気はない。だが、もうよいのではないか、ヨフアハンよ」

 ヨファは、呻くように答えた。

「まだです。まだ、終わってはおりません」

 片手を放して大剣を構え直そうとするが、棒きれが先回りする。

 国王は、静かにヨファをなだめた。

「シャハローミの前で、お前は充分な武勇を示した。余も深く、これを嘉しておる。自ら汚すことはあるまい」

 だが、ヨファは納得しない。

「陛下からそのような言葉を頂戴するとは思っておりませんでした。私とのお約束をお忘れでございますか」

 国王は、怪訝そうに聞き返す。

「どのようなことだ? 約束とは」

 ヨファはなおも、足を引き、姿勢を変えては大剣を振るう機会をうかがう。

 だが、何をしようと、ナレイはヨファの身体の要所要所を押さえて、それを許さない。

 それだけに、姫の婚約者だった騎士の言葉は苛立ちを増した。

「親衛隊の訓練生になったばかりの頃です。ある舞踏会の護衛に立つ事ができた私は、シャハローミ様の美しい姿を初めて拝することができました。代々、隊長を出してきたとはいえ、貴族の中での家柄は高くはありません。財があるかといえば、街の商人のほうが裕福だったといえるでしょう。それでも私は、心に固く誓いました。命を懸けても、シャハローミ様に求婚できる立場になろうと」

 国王は、悲しげに微笑んだ。

「だから、先の戦であのようなことを申したのだな? 最前線を崩したら、シャハローミ様と結婚させてほしいと」

 ナレイの隙を探すヨファは、その側面を、そして背後を取ろうとする。

 棒きれ一本で巧みに先を取るナレイと、互いに牽制しあってぐるぐる回る。

 それは、蛇が互いに相手の尾をくわえて呑み込もうとするのにも似ていた。

 ヨファの恨み言は終わらない。

「若造の戯言とお思いであったでしょう。しかし、私はひとりで敵陣に斬り込んで、先鋒を蹴散らしてご覧に入れました。功を挙げて帰った私をご覧になったときの陛下の愕然としたお顔、まだ覚えております。しかし、国王に二言なしと、陛下はシャハローミ様との婚約をお許しになり、この戦では騎士団まで預けてくださった。ならば……」

 突然、ヨファは身体を丸めてナレイに突進した。

 不意を突かれてふらついたところを、足蹴にする。

 地面に転がったところで、大剣を逆さに突きつけた。

 とどめの一撃と共に、絶叫する。

「騎士の誇りも意地も捨てた戦い、お見届けください!」


「ナレイ!」

 シャハロの悲鳴が上がる。

 だが、渾身の力をこめた大剣は、柄まで地面へとめり込んだばかりである。

 ヨファは、それを引き抜こうとうろたえる。

 その頭上から、ナレイの声が響き渡った。

「最初から、その気持ちで勝負すればよかったんです! 下手な小細工は抜きで!」

 高々と跳躍したナレイが、棒きれを振りかぶって降ってくる。

 大剣を失ったヨファは、ただ、それを見上げるより他はない。

 その額を、ナレイはしたたかに……打ち据えなかった。

 ふわりと地面に降り立つと、愕然と見開かれたヨファの目を見つめ返す。

 穏やかな声で、囁くように告げた。

「負けを認めて下さい……シャハロに、人が死ぬのを見せたくありません」

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