第37話 決闘への道

 ヨファの挑戦を聞いた貴族たちが、一斉にどよめく。

 ヨファは、さらに勢いづいた。

 貴族に対するのと同じ慇懃無礼な言葉で、滔々と述べ立てる。

「ナレイバウス殿、御身は貴族の身分をお持ちではないが、この戦では何度となく、かの滅んだサイレアにて名を馳せた勇者であると称せられたとか。国王は他国を征服はしても、絵画歌曲、そして武勇を重んじられる方、かような者がジュダイヤにあれば重く用いられるであろう。然るに、御身の武功を直に見たことという者はとんとござらぬ。そのような相手に婚約者を奪われたとあっては、このヨフアハン、騎士としての一分が立ち申さん。ここは正々堂々の果し合いで雌雄を決したいと存ずるが、いかがか」

「え……?」

 ナレイがきょとんとしていると、ヨファはため息と共に、長い話を要約した。

「シャハローミ様を賭けて、正々堂々の勝負を申し込みます。姫様があなたの勝ちを信じていらっしゃるなら、きっとここにも……」

 ヨファがみなまで言わないうちに、凛とした声が賑やかな宴の席を静まり返らせた。

「もう来ていますわ」

 薄絹のヴェールをまとって正装したシャハロが姫君の姿で、公の場に姿を現したのだった。


「父上のお許しがあったのです……私を賭けた決闘の話をお聞きになって」

 シャハロのそばには、あの小柄な使いが控えている。

 おそらく、ヨファが姫君を賭けた決闘を口にしたところで、この使いの男は凄まじい速さで国王のもとへご注進に及んだのであろう。

 ナレイは呆然として尋ねた。

「つまり、僕が戦うことが条件?」

 シャハロはゆっくりとうなずいた。

「父上と約束しました。手出しすることなく決闘の成り行きを見届け、勝者を伴侶に選ぶと」

 ナレイは辺りを見渡した。

 祝宴の客は残らず、その返事を待っている。

 答えはひとつしかなかった。

 毅然として言い放つ。

「いいでしょう」 


 ナレイは、その場で日時の指定を求められた。

「明後日」

 間髪入れずに言い切ったナレイには、腹積もりがあった。

 次の日の朝早く、再び登った棗の樹の実を、城の廊下の窓から放り込む。

 その晩、男装したシャハロはナレイの小屋に、壁に懸けられた絨毯を押しのけて入ってきた。

「私を呼び出したってことは……何かたいへんなことが起こったのね」

 ランプのほのかな灯に照らされて、ナレイはシャハロと向き合って座る。

 その目を見つめて、告げた。

「正直に言う。僕は、ヨファに勝てない」

 シャハロは、別段、怒りも悲しみもしなかった。

「どうして、そう言い切れるの?」

 静かに問われると、ナレイも落ち着いた声で答える。

 むしろ、ほっとしたかのような口調だった。

「ヨファは、貴族の生まれで斬り込み隊長まで務められる騎士だ。どのくらい強いかは、僕もこの目で見た。勝負にならない」

 シャハロは、なあんだという顔をする。

「ケイファドキャに包囲された要塞で、私たちを救ったのはヨファじゃない。ナレイよ」

「そういう話をしているんじゃないんだ」

 励ましの言葉を打ち消しながらも、ナレイの顔はほころんでいた。

 そこにつけ込むように、シャハロは一気にまくし立てる。

「二言目には、サイレアの勇者、サイレアの勇者ってうるさかったけど、それが本当かどうかなんて、どうだっていい。みんながそれを信じて、信じたふりをして、生き抜こうと思ったことが大事なんじゃない?」

 神妙な顔で聞いていたナレイは、表情を引き締めた。

「ありがとう……それで充分だ。これで、明日は逃げずに戦える」 

 途端に、シャハロの美しい眉が吊り上がった。

「……バカ?」

 ナレイは、いつになく長々と、自分の思いを語った。

「何て言ってくれてもいいよ。たぶん、昨日までの僕だったら逃げていた。生き抜くために。サイレアの勇者っていうのも、危ないところから逃げるのに、都合のいいハッタリだったんだ」

 胸につかえていたものを吐き出したかのように、ナレイは深く息をついた。

 シャハロは、その告白に動じた様子もない。

 むしろ、ナレイの様子を心配そうに見守っている。

 だが、見つめ返すまなざしは、それまでのものとは違っていた。

「でも、本当は、初めて城の外に出たとき、何かが変わってたんだ。僕の心の中で……このままじゃいけないって」

 シャハロは、悲しげに目を伏せる。

「だから、死ぬと分かった勝負をするっていうの? 逃げないために。違う自分になるために」

「ごめん」

 シャハロに図星を突かれて、ナレイはうつむく。

 その顎に、しなやかな指が伸びる。

 その先をくいっと跳ね上げるなり、シャハロは意地悪く笑った。

「ナレイって、本当にバカが治ってないのね、棗の樹から下りられなかった子供の頃から」

「じゃあ、どうしろっていうのさ」

 さっきとはうってかわった情けない声で、ぼそぼそと口答えをする。

 シャハロは、さらっと返事をした。

「戦わなきゃいいじゃない。私、父上に言うわ。決闘なんか知らないって」

「そんなことしたら……」

 慌てるナレイに、シャハロは言い切った。

「一生閉じ込めらるけど、それでもいい。私は」

「ダメだ、そんなの!」

 ナレイは厳しくたしなめたが、シャハロも真剣だった。

「逃げてもいいのよ。どこか遠くへ。でも」

 そこで浮かんだ微笑に、ナレイは戸惑った。

 シャハロは、冗談めかして言葉を続ける。 

「いつか助けにきてね……塔の中のお姫様を」

 突然、ナレイが弾けるような勢いで動いた。

 シャハロを抱きしめようとする。

 だが、その姿は、壁につるされた毛布を揺らす風の中へ、溶けるように消えていた。

 入れ替わりに、背後の扉を開けて小屋に入ってきた者がある。

 ハマだった。

 手に持った手紙を、ナレイに突きつける。

「戸口に落ちていた。読んでみろ」

 ランプの灯を頼りに読み上げたのは、次の一文であった。

「国を去れば、シャハロが結婚を拒んでも自由は保証する」 

 ヨファからの、降伏勧告だった。

 ハマはハマで、その察しはついていたらしい。

「どうする? お前次第だ」

「戦います、もちろん」

 迷うことなく答えるナレイを、ハマは低い声で一喝した。

「バカヤロウ、死んでどうする」

「イヤです、逃げるなんて」

 間髪入れずに言い返されて、ハマは笑いだした。

「変わったな、お前……ついてこい、逃げることも死ぬこともねえ」

 そう言うなり、小屋の外へ歩きだす。

 ナレイは足音も立てずに、しかし大股に、その後を追った。

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