第14話 地獄耳の処刑人が教える、勇者へのなりすまし
「笑いごとじゃありません」
ナレイは、意気消沈してつぶやいた。
だが、ハマは衛兵たちに殴られて崩れた顔のまま、にやにや笑い続けている。
「これで分かったろうが。あの若様、なかなかの曲者だぜ」
「じゃあ、ヨファを僕をかばったわけじゃない?」
かすかな怒りを含んだ声が、ナレイの口元からこぼれた。
この少年にもようやく、これまでの事件が、ひとつながりの線となって見えてきたらしい。
ハマも、やっと気付いたかというように、軽い口調で答えた。
「そんな義理はねえだろうよ。むしろ、目障りだろうな」
「だから、僕に馬を?」
いかにも親切めかしたヨファの言葉を思い出したらしい。
馬など乗って逃げればいいと言ったときの人を見下した態度は、それだったのだ。
今度は、ハマがヨファを嘲笑した。
「お前が逃げ出すと思ったんだろうな、命惜しさに」
そのうえで推し量ってみせたのは、後始末がどうなるかということだった。
ナレイが城の馬に乗って逃げれば、婚約者にまとわりつく小者がひとり消えるというわけだ。
いかに幼馴染の間柄とはいえ、それを告げればシャハロも幻滅するだろう。
ヨファのすることといえば、逃げた使用人を許してやるよう、姫君をなだめることくらいしかない。
そこまで聞いたところで、物思いに沈んでいたナレイがぽつりと尋ねた。
「それなら、僕を預かる理由がありません」
声はくぐもっていたが、さっきまでの暗さはなかった。
むしろ、どこか強い決意に似たものさえ潜んでいたといえる。
ハマもナレイの心の動きを感じ取ったのか、大真面目に答えた。
「あの若様、お前を殺すつもりだぜ」
「だから最前線に?」
ナレイは、ハマの顔をまっすぐ見つめた。
自らの運命を確かめようとしているかのようなまなざしである。
酸いも甘いも噛み分けた男の低い声が、それに応じた。
「何もしなければ、お前が死ぬだけよ」
だが、武器を手にしたこともない少年に、打つ手などあるはずもない。
悔しげな呻きが返ってくる。
「生きて帰れるわけが」
国境での殺戮を目の当たりにしているナレイの声は、重く、また、かすれてもいた。
だが、ハマはその先を言わせなかった。
「相手が殺すとも言ってないのにすくみ上がるんじゃねえ」
確かに、ヨファはそんなことを口にしてはいない。
しかし、生かして連れ帰るとも言わなかった。
むしろ、国王の前で、こう誓った。
命を懸けて罪を償わせる、と。
ナレイは、その言葉の意味がよく分かっているようだった。
「でも、戦争じゃ」
負ければ、死ぬ。
そういうことである。
だが、ハマは別の考え方があるようだった。
「勝たなくていい。逃げるんだよ、ハッタリかまして」
それには、よほどの俊敏さと、賢さが必要である。
ナレイは、すぐさま答えた。
「僕には無理だ」
自分をよくわきまえた返事だった。
それを、ハマは強い言葉で打ち消す。
「俺は生き延びたんだよ、ハッタリで」
ハマはそこで、口をつぐんだ。
それは、祖国がジュダイヤの侵攻で滅んだときのことである。
代わりにナレイが、その国の名前を口にした。
「僕は……サイレアで生まれたらしいんです」
攻め込んできた国の王に温情をかけられて、命を救われたのが3歳のときだったことになる。
シャハロと初めて会った年のことであった。
しかし、ハマはやはり、そこで自信たっぷりに告げた。
「それだけで、お前には素質がある。これは、諸国を放浪したサイレアの勇者になりすます方法だ」
サイレアには、伝説の勇者がいた。
弱きを助け、強気を挫いて国中の尊敬を集めただけでない。
周辺の国々では秘境を旅して、そこに救う魔獣を倒してきた。
そして、数々の女性と恋に落ちては、浮名を流してきのだった。
そんなおとぎ話がほんの20年ほど前までは、身近な噂話として聞こえてきたものらしい。
それが、ヘイリオルデの即位と共に勢いづいたジュダイヤの台頭で、あっというまに過去のものとなったのだった。
もちろん、勇者はサイレア滅亡を食い止めんと戦ったらしい。
だが、そこは多勢に無勢というものだった。
王都の城はあっさりと陥落し、勇者は生死も分からないまま、人前から姿を消したという。
サイレアの生まれでありながらサイレアを知らないナレイに、ハマはその勇者になりすませというのだった。
「そんな、見たこともない人に」
「なれる」
ハマはきっぱりと言い切った。
「見たこともねえからこそ、お前は自由に、その勇者を思い描けるはずだ。下手に知ったらただのモノマネになっちまう」
「でも、僕は馬を牽くしか能がないし、気も小さいし、城の外のことなんか何も知らないし……」
尻込みするナレイの言い訳を、ハマは一蹴した。
「そう思い込んでるだけだ、お前が自分で」
見るも無残に殴られた顔が、それこそ魔獣もかくやという不気味な笑いかたをする。
「そんなお前が、よく国境まで逃げられたな」
「教えてくれた通りに……」
ナレイが何をくどくど言おうと、ハマはもう、まともに聞きはしない。
言いたいことだけを、一方的にまくしたてる。
「やってるだけだったら、お前、今ごろ姫様にも愛想つかされて、磔にでもなってたろうよ。お前があの若様に預けられたってのは、姫様が助けてくれたってことだろ?」
ナレイは、恥ずかしげにうなずく。
だが、ハマは満足そうに言った。
「それは、お前が幼馴染だからだってだけじゃねえ。身を投げ出して守るだけのモンがあるからだ」
「……何ですか? それは」
身を乗り出すナレイに、ハマはもっともらしく言った。
「わからん」
ナレイはがっくりとうなだれる。
そこでまた、ハマの説教が始まった。
「当のお前にわからんものが、何で俺に分かる? 自分で探すんだよ。できることは、何でもかんでもやってみることだ」
「だから……勇者にもなりすましてみろってことですか? それを見つけるために」
ため息混じりでナレイが答えると、ハマはいかにも楽しそうに、声を上げて笑った。
「そうだ……そいつはたぶん、にっちもさっちもいかなくなって死に物狂いになると、お前にとんでもねえ働きをさせる何かだ。姫様とふたりでやってみせた、あの猿芝居みたいにな」
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