第12話 突然に明かされた出生の秘密

 国王は、食いしばった歯を剥き出しにして呻き声を立てる。 

 その声は、人と言うよりは獣、いや、昔話に語られる異郷の魔物に近いというべきだったろう。

 そのぎらつく眼差しを、シャハロは猛獣使いのように、怯むことなく受け止める。

 父と娘は無言のまま、しばしの間、睨み合った。

 だが、その沈黙を破った者がある。

「もういいんだ、シャハロ……ありがとう、ここまでしてくれただけで充分だよ」

「ナレイは黙ってて」

 低い声でたしなめたシャハロの身体は、その場で床の上に転がった。

 手を縛られたままで暴れる少年の身体は、思っていたよりも強靭だったらしい。

 腰から上を起こしたナレイは、国王をまっすぐに見つめた。

「お望みならどうぞ、お打ちください。この通り、逃げ隠れなどできない身です」

 その言葉には表も裏もない、真心からの言葉の響きがあった。

 しかも、国王の目の前にいるのは、愛娘をかどわかした使用人である。

 自ら罪を償おうとする罪人の頭を父親が、そして国王が自ら打ち割ったところで、不自然なことは何もない。

 だが、その杖がすぐに振り下ろされることはなかった。

 怒りに震える声が、ぽつりぽつりと、ひと言ひと言を噛みしめるように告げる。

「よい覚悟だ……しかし、これだけは教えておかねばなるまい。お前は、あの使用人の夫婦の間に生まれたのではない」

 死の前に聞かされた出生の秘密に、ナレイは呆然とした。

「どういうことでございましょうか、それは……」

 国王の息は、次第に荒くなっていく。 

 そこで語られたのは、あの脈絡のない話だった。

「お前は、本当なら死んでおったのだ。あのサイレアが滅んだときに……戦の炎の中で泣いておったのを、余が自ら拾い上げ、凱旋の後にお前の育ての親に託したのよ」

 あまりのことに何も言えないナレイの代わりに、シャハロが口を挟んだ。

 床に転がった身体をゆっくりと起こして、語りかける。

「だからこそ、私は父上を敬愛しております。滅ぼした国の民にも手を差し伸べ、ジュダイヤに受け入れてきたのが父上ではございませんか」

「お前は黙っておれ!」

 父王に一喝されても、シャハロは怯まなかった。

「黙りません。寛容こそが治世の基との教えを、私は幼き頃より父上から受けてまいりました。あれは偽りでございましたか?」

 国王の返答はなかった。

 ただ、ナレイを見下ろして、同じ言葉を繰り返すばかりである。

「おのれ、このまま生かしては……生かしては……」

 だが、天井に向かってかざされた鉄の杖は、ゆっくりと沈んでいく。

 シャハロは満面の笑みをたたえて、立ち上がった。

「寛大なお裁き、感謝いたします。お許しくださると思っておりましたわ、父上」

 だが、国王は口元を歪めて笑い返した。

「誰が許すと言ったか……。この場でお前と、この者を打ち懲らすつもりはない、それだけのことよ」

 そう言い捨てるなり、ナレイを見下ろした。

「追って沙汰する。処刑の日を、地下牢で待つがよい」

「父上……」 

 シャハロは、顔を強張らせて詰め寄った。

 だが、国王は厳しい口調で宣告する。

「ヨフアハンとの婚儀が整うまで、血を流しとうはないだけだ。それまで、お前も罰として、別に部屋を与える」

「……承知いたしました」

 口元を固く結んだシャハロから、国王は目をそらす。

 その先に歩み出た、端整な姿があった。

「お待ちください、陛下」

 柔らかく微笑んで見せたのは、親衛隊のマントを翻した手を胸に当てたヨファ……シャハロの婚約者として定められたヨフアハンであった。

 国王は、苦虫を噛み潰したような顔でため息をついた。

「差し出がましいぞ」

 だが、ヨファは引き下がらなかった。

 その場に再びひざまずくと、怖じることなく、ゆったりと口上を述べ立てる。

「それを承知で申し上げております。縁を結んでいただいた姫君に、婚儀の日までの謹慎をお命じになったこと、いたたまれない思いがいたします。また、それを待っての幼馴染の処刑にも、痛切の念、耐え難いものがございます」

「……で、どうしてほしいのじゃ」

 国王が顔をしかめたまま不機嫌に尋ねると、ヨファは悠然と言ってのけた。

「隣国がジュダイヤの信頼を裏切って、あのような形で国境を侵しました以上、戦は免れますまい。その最前線に、この者を連れてゆくことをお許しください。この国のために命を懸けて罪を償わせ、必ず功を挙げてまいります」

 そこでようやく、国王の顔つきが緩んだ。

「よかろう。親衛隊の訓練生となってから、おぬしは常に同輩の先頭を走ってきた。先の戦でも、少数精鋭を率いて敵の最前線を突破してみせた。それに免じて、此度も親衛隊の部下を与えたのだが……次の戦でも、姫を与えるにふさわしい働きをしてまいれ」

「ありがたき幸せ」 

 ヨファは深々と頭を下げる。

 だが、その目がちらと眺めた先では、シャハロが不安そうな顔をしていた。

 ナレイは、何が起こったか分からないという様子で、ぽかんと座り込んでいるばかりだったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る