障碍フェレットの言葉

増田朋美

障碍フェレットの言葉

障碍フェレットの言葉

僕の名前は影山正輔。前足が一本かけている、障碍者ならぬ障害フェレットです。捨てフェレットだったのを杉ちゃん、本名を影山杉三さんに拾ってもらって、命拾いしました。なので、影山という名字と

、正輔という名前をもらいました。正輔っていう名前、僕はとても気に入っています。僕は、この家に来ることができて本当によかったと思っています。最近は弟の輝彦も一緒に暮らしていますが、彼は、完全に歩けないけれど、食欲だけはあって、いつも食べ物をおいしそうに食べています。

その日、杉ちゃんの家に、華岡さんと言う人が尋ねてきました。なぜかしらないけど、華岡さんは、杉ちゃんのところにボヤきに来るのが好きなんです。いつも通り、40分くらい、お風呂に入って、杉ちゃんの作るカレーをおいしそうに食べて。いつもそうなんですけど、カレーの内容はその日によっ違う。牛肉カレーだったり、チキンカレーだったり、はたまた、細かいひき肉を使ったキーマカレーだったり。杉ちゃんのカレーというのは、本当にバラエティに富んでいます。

「あのなあ杉ちゃん。」

華岡さんは、のんびりと言っていました。

「実は、富士市内で、自殺と思われる事件があった。遺体の何ヵ所かに、ためらい傷があって、最後にやったのが致命傷とみている。包丁で、頸動脈を切っての自殺だった。身元は、金谷敏子というっ女性であった。」

「はあ、そうなんだねえ。其れで、いま自殺の動機を調べているわけか。それで、またその動機が重たすぎて、誰かに話したくて、こっちにきたとか。」

杉ちゃんが言う通りなのでした。華岡さんは、必ずそうなるのです。警察官としてはどうなのかなと

思うけど、なぜか誰かに話さなければ、気が済まないという人なんです。

「そうなんだよ。杉ちゃんよくわかってくれるな。こんなふうにカレーを食べさせてくれる何て、さらにうれしいのに、すぐ分かってくれるなんて。」

と、華岡さんは言っていました。僕も歩けない輝彦も、華岡さんの話に興味が出てきました。

「それで、その人に話さなきゃいけない、重たすぎる動機を言ってみな。」

杉ちゃんはそういいました。

「ああ、そうなんだよ。なんでも、両親と喧嘩して、生きる意味を亡くしてからの自殺だったらしい。もし、障害年金とか、そういうものを受けて、少しでも、生きる伝をつくってくれれば、彼女は自殺しないで済んでいたのかもしれない。なんでも、彼女の両親は、障害年金というものに、無理解だったようだ。彼女は、自分が障害を持っていて、障害年金を受けたいと言っていたこともあるが、彼女の両親は、自分の娘に障害がある事を、認めたくなかったのかなあ。だって、彼女が、親なき後に備えて、障害年金を受けたいと主張したのに間違いはないと思うんだが。」

と、華岡さんは言っています。僕は、一寸あきれてしまいました。人間は、どうして、こういう単純なことを、放置してしまうというか受け入れないのでしょうか。彼女、つまり金谷さんの発言に従って入ればよかったのに。金谷さんという女性はきっと、将来について、備えたいとでも思ったのでしょう。

「はあそうか。じゃあ、彼女は働けなかったわけだね。足でも悪かったんか?それとも、何かほかに不自由なことが在ったのか?」

と、杉ちゃんが聞きました。

「足が悪いとか、そういうことじゃないんだよ。彼女は、20年くらい、精神疾患を患っていた。近くの病院にも通っていた。彼女自身は、大病院の通院を継続させてもらうように懇願していたようだが、彼女の両親はできる限り軽い用件で済ませたかったんだろうね。2年前に、地元のクリニックに無理やり変更させている。」

華岡さんは、そういうことを言っています。

「そうなんだねえ。それでは、親の方が危機意識とかなかったんだな。もっと早く、第三者にでも相談して、何かしてもらえばよかったのにね。まあ、精神疾患とかそういうものは自意識を持ってくることもできなくなることは、よくわかる事だと思うんだが、それを持ち始める事ができるようになっている時には、もう親のほうがばててることが多いんだよな。」

「そうだよ杉ちゃん。だって彼女が地元のクリニックに転院させられたのは、親のほうが遠方まで運転できなくなったからだ。富士市内では、良い治療施設もないし、良い専門家もいない。だからどうしても、ほかの町へ出なければならない。親のほうが、自分たちが老化してくるのを棚に上げて、彼女の事をしっかり考えてやれなかったから、そういうことになるんだよ。」

確かに華岡さんの言う通りなのかもしれません。人間は、自我というものがある事は確かなのですが、それと引き換えに老化というものもあります。僕たちみたいに、数年で終われるという動物ではありません。老化して、引退したとしても、直ぐに死ぬというわけではなく、年をとるという大迷惑をかけながら生きていかなければならないということを、忘れてしまう人もたまにいるのです。

「まあそうだね。彼女のほうが、親より長く生きるということを、忘れてしまったのかもしれないね。そうなる前に、備えておきたいといった彼女の気持ちも、理解できなかったのだろう。何だか知らないけど、人間は、先の事を考えると、不愉快になるらしいな。」

華岡さんの言う通りなのでした。

「そうだよな、こういう問題は、どっちかが死ななきゃ解決しないよ。」

と、杉ちゃんは言った。

「まあ、彼女が一人で世のなか取り残されないでよかったな。そうなったら、又新たな犯罪が出てしまう可能性だってないわけじゃないしね。こんな事いうと失礼だけどね。そうなっちまう可能性もあるよ。」

なぜか、人間は他人と比べるということを、してしまうんですね。そしてそれに対して憎むということもできます。其れのせいで確かに杉ちゃんの言う通り、世の中が嫌になって、誰かを巻き添えにしたいという事件を起こしてしまうこともあるようです。

「でもさ、俺、思ったんだ。彼女は何のためにいきてきたんだろうかってな。俺は、それがかわいそうだと思うわけ。だってさ、一応、精神障害を持ってたとしてもだよ。彼女は彼女なりの人生を歩くことはできたと思うんだよね。社会資源に頼りながらでも、やれる事があれば、何か生きていられたのではないかと思う。其れを、彼女のほうが一方的に死ぬっていうやり方で解決させるということは、俺は、やっぱり警察官として、悲しいと思うんだ。だってだよ。彼女が何か悪いことしたわけじゃない。ただ、彼女の親が、もうちょっと彼女のほうへ目を向けてくれれば、何とかなったんじゃないかと思うんだけどなあ。」

いつの間にか、華岡のしゃべり方がちょっと涙っぽくなった。

「理由もなく、自殺する奴なんかいないんだよな。其れを伝えていくことも、刑事の務めじゃないの?」

と、杉ちゃんが言っている。

確かにそうです。人間には僕たちと違って、後世に伝えるという能力ももっています。彼女が自ら命を

絶たなければならなかった理由というものを伝えていく能力もあるのです。其れは、僕たちフェレットには、出来ないことです。

「まあ、そうだよなあ。でも、悲しい事件だったぜ。彼女も、彼女の両親もそれしかできないということだったんだろうな。まあ、とにかくな、こういう精神障害で一番大事なことは、他人の手を必ず使わないと、解決できないってことに、気が付くことだよな。」

杉ちゃんは、そういっていました。杉ちゃんのいうことも間違いじゃありません。僕たちも、この

体では生きられないのです。僕たちは、幸い、ペットとして人間に飼われているのが使命のようなものだけど、人間はペットのような状態では生きていかれない。其れは、人間が長生きしすぎるからとか、いろいろ考えられるけど、僕たちのように、ただ可愛いだけでは生きていかれないというのは、事実であるようです。

「まあ、俺は、杉ちゃんにカレーを食べさせてもらっているから、幸せと言えるかなと思うんだけどね。其れは、確信してもいいかなあ。」

華岡さんは、そういっています。きっと、そういうつながりがある事を、確認したくなったのでしょう。

「いいんじゃないの、華岡さんには、僕もいるし、蘭もいるさ。二人の人間とつながれているんだから。」

と、杉ちゃんは言いました。きっとそれが、華岡さんの一番確認したいことだと僕は思ったのでした。

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障碍フェレットの言葉 増田朋美 @masubuchi4996

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