第38話 クアドラ -3-




 レディ・バルムントには二つの移動手段を用意させた。

 

一つは鷲の道を突き進みドンスターへ向かうための軍馬。

 平地を高速で移動できる種類の馬で、鷲の道を往く際にはこれに乗るつもりだった。

 もう一方は山道を往く専用の馬車で、ガッシリとした体格の馬に通常の馬車よりもやや小ぶりの荷台がついていた。

 ねじまき村でもそうだったが、山道を往く場合、大体皆この山地を歩く馬車に乗るものだった。


 そして、僕はというと、まだ決断できずに、宿屋の中でクアドラの資料と睨めっこをしていた。



 穴が開くほど見た資料を性懲りもせず熟読していたのだ。

 まだどこかに行動パターンのようなものが隠れ潜んでいないか、を読み解くために。


 不思議な話なのだが、クアドラの資料を読めば読むほど彼女のことが分からなくなった。まるで迷路の中に迷い込んだようにその実態が見えてこないのだ。


 まず第一に、あれだけ強いのにも関わらず、どうして修行所なんかをまわっているのか、なぜこんなに頻繁にミッドランド各地を動き回っているのか、どうして修行所のあるミッドランドの北ではなく南に来たのか、本当に訳が分からないことだらけだった。



 僕は、曲がりくねった前髪をねじりながら日が射しこむ窓をみた。

 すでに日が高くなりつつあった。

 もう決断の時刻は迫ってきていた。

 もう当てずっぽうでも決めるしかないのだ。

 でも、それはコインをなげて、表から裏か当てるようなものだった。

 当たる確率はきっかり二分の一。

 外れる確率もきっかり二分の一。


「二分の一かぁ……」と思わず苦い声が出た。



 階段をカンカン上る音がして、次に部屋のドアが開かれた。

 見上げると、そこにいたのはジーンだった。

 顔つきを見ただけでジーンが何を言いたいのか分かった。

 早く決めろ。そういいたいのだろう。

 分かっている。

 僕はずぅーっとこの調子だったから……


「ユーリ」

「わかってる」と僕は言った。でも全然考えがまとまらなかった。どうしていいか分からなかった。


「なぁ聞いてくれユーリ」とジーンは言った。「そのクアドラという女を直接見たことがあるのはお前だけだ。だから、お前にしか分からないようなことがあるんじゃないか? お前にしか気づけないようなことが。人が通り過ぎてしまうような違和感にも……、お前だからこそ気づけることがあるんじゃないか?」



 僕だからこそ気づけること?

 なんだろう?

 いや、でも確かにとても不思議な感覚に襲われていた。

 確かに僕はあることがとても気になっていた。

 ……僕が気になっていたのは……、ここがねじまき村に近すぎたことだった。

 それが偶然かどうかは分からないが、僕の頭の隅には確実にそれがあった。


 あの焼けこげた故郷がすぐ傍にある。


 その事実が、僕をこの宿屋に留まらせていた。

 僕以外の他の異端審問官なら十中八九、鷲の道を往きドンスターへと向かっているに違いない。

 なのに、不思議な違和感のようなものが僕に囁くのだ。

 何か変だぞ、ユーリ、と。



 じゃあクアドラはねじまき村に向かったのだろうか?

 いや……、と僕は頭を横に振った。

 今更あそこにいってどうする。

 あそこの村にはもう何もない。

 黒の館さえも、もう燃えてしまったじゃないか……


 すると、ジーンが不可思議な言葉をつぶやいた。


「どうしてクアドラは魔法学校跡地に現れたんだろうな?」

「そりゃあ……、どうしてだろうな」と僕は答えた。

 彼女の行動の中でこの行動だけが分からなかったからである。

 魔法学校跡地はあくまでも跡地で、そこで魔法の勉強ができるわけではない。

 なのに、どうしてクアドラは危険を冒してまでローレンに現れたのだろう?



「お前の予想じゃ、クアドラは北で発見されるはずだった。そうだよな?」

「ああ」と僕は返事をした。ジーンは何を言いたいのだろう?

「でも、実際はここミッドランドの南。ローレンとアーシャの間で発見された。……それって変だよな」

「まぁな」と僕は言った。「なぁ、何を言いたいんだ? ジーン。言いたいことがあるならハッキリ言ってくれ」

「別に、お前の思考をなぞっているだけさ。なにかの手伝いになるんじゃないかと思ってな。さぁ考えるんだユーリ。お前の考えだと北に現れるはずだったクアドラは何故か南に現れた。そして魔法学校跡地も南だ」


 たしかにそのとおりだ。

 でもだからどうだというのだろう。


「でも、もっと大きな視点に立ったら彼女は修行所に確かに訪れているかもしれない」とジーンは言った。「だって、その魔法学校もかつては修行所だったんだろ?」

どうもふざけた分類のような気がしたが、今修行所として機能していない“かつて修行所だった場所”も含めたら、確かに彼女の行き先のすべては修行所にまつわる場所だった。



 ん? かつて修行所だった場所を含めたら? だと?


 雷が走ったように脳細胞がきらめく。


 何か根本的な勘違いをしていたのかもしれない僕は。

 修行所というのは、修行するためだけにあると思っていた。

 でも“かつて修行所であった”というところまで含めると、彼女の行き先はたった一つしかないことに気づいた。


 このアーシャにかつてあった修行所はたった一つだけ。

 そこの村の人々は伝統的に修行者を受け入れる文化を育んできた。

 つまり、クアドラの行き先は――


 ねじまき村の記憶が蘇る。

 村の外れの、ほんの少しばかり林が乱立した狭い道を通り抜けた先にある建物で、週に二度、僕が当番をして彼女と触れ合ったあの日の記憶が。



「黒の館だ」



「山道だよ」と僕は声をあげた。「クアドラは山道を登っていったんだ。間違いない! ドンスターに魔法の修行所はない。アーシャ地方に存在する魔導士共の修行所は、たった一か所。ねじまき村の黒の館だけだ」


 僕はクアドラの資料を抱え、宿屋から飛び出し馬車に乗り込む。

 今ほど何かを確信できたことなどなかった。


 クアドラは絶対に廃墟と化したねじまき村にいる、と思った。

 あの僕らが触れ合った黒の館に。

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