第23話 特殊魔法「ホール」 ー4ー




 私はそのゴードンの日記を静かに閉じた。

 いろいろなことが分かった。

 いや、それだけじゃない。

 人の一生がそこにはあった。

 その暗くじめじめとした思念のようなものが、日記にまとわりついているような気がした。


 目をつぶり、重い息を吐き出した。

 今は彼に同情している場合じゃない。

 やっと質問すべきことが分かったのだ。

 ならば、即座に行動すべきでしょう?

 私は自分に言い聞かせるように心の中でそのセリフを唱えた。

 そして、次に姉にコンタクトの魔法を使った。



≪アシュリー。交代よ。私が質問する≫



 アシュリーは私に背を向けたまま、通信を無視した。



≪彼にすべき質問がわかったの≫と続けても無視したままだった。

≪ねぇ聞いてアシュリー。聞きたいことのほとんどすべてが書いてあったの。ゴードンの日記に≫



 ここでようやくアシュリーはベッドに座る私の方を向いた。

 私は彼女に分かるように、その大きな茶色い日記手帳を自分の顔の横にもってきて、注意をひくように揺らした。



≪見せてよリリア≫

≪もちろんいいわよアシュリー。ただし、ここからは私がゴードンに質問するわね≫



 顔を少し上げ、鼻から息を吸い込んだアシュリーは、仕方ない、と言いたげな表情をして、軽く一度うなずいた。

 私はゴードンの日記をベッドに置くと、立ち上がり、彼の前でしゃがみこむ。

 入れ違いでベッドに座り込んだアシュリーは、日記を手に取り、それを開いた。


 不安げな顔つきで丸くなっているゴードンに私は優しく言葉をかけた。



「まずは……、座ってくれるかしらゴードン。そこの椅子に」暖炉の近くの小さな丸椅子を指さすと、ゴードンは言われるがまま、そこに座った。目

 線が同じ高さとなる。



「あの……異端審問官様……」

「私は異端審問官ではないわゴードン。聞いて、質問をしたいの。とっても簡単な質問よ。私は特殊魔法『ホール』のことを聞きたいの」



「召喚術でございますか?」と突然ゴードンが言った。

 頭の理解が追い付かない。

「召喚術は古代アッカルク人が生み出した技と言われております。

 召喚術が成功すると、召喚陣から赤い光が発せられるのです。

 パァーっと、まるで夕方のように真っ赤に。

 その光を見て、召喚士は召喚術が成功したことが分かるのです。

 あと昔の召喚術は、まれに別の呼び出し方が存在したりします。

 たとえば召喚陣自身が魔の波動を吸い取るような……」


「聞いてゴードン。召喚術のことではないわ。特殊魔法『ホール』のことを聞いているの。ホールよ。ホール。

 レドとミドと一緒にあなたは修行していたわよね?

 そうよねゴードン。

 あなたは天才のレドとミドと共に『ホール』の修行に励んでいた。そうよね?」


 急にゴードンの目つきがハッキリして、私の顔を不思議そうな表情で覗き込んできた。



「私は異端審問官ではないわ。予言の子よ。予言の子リリア。

 あっちにいるのは予言の子アシュリー。

 ゾビグラネに教わったでしょう?

 銀色の髪の少女。予言の子。

 あなたは私たちにホールの魔法をかけるためにこの地に留まり続けた。

 そうよね?

 フェンリルを倒すために、私たちのためにここに居た。

 そうよね? ゴードン」


「ワシは……、ここに留まり続けていた? そうなのかラズロ」

「ラズロはもういないの」と私は言った。「ラズロは待ち合わせの場所に現れなかったの。そうよね?

 異端審問官に襲われたラズロはあなたを逃がし……、そして待ち合わせの場所に現れなかった。だから、ラズロはもうここにはいないの」

「でもラズロは……」

「ラズロはいないの。もう、いないのよゴードン。そして、あなたには役目があったでしょう? 思い出すのよゴードン。

 ゾビグラネからあなたに遺言が届けられたわよね?

 フェンリルという悪夢がやってくることをゾビグラネは予言した。そうよね?」


 すると、ゴードンは顔をうつむかせ、しわだらけの顔を両手で覆った。


「ゾビグラネ様?」

「そう、ゾビグラネ様よ。覚えているでしょう?」

「ゾビグラネ様」ゴードンは、顔を覆っていた手を外し、今度は背筋をピンとのばし、顔をあげて言った。「そうだ。ゾビグラネ様はおっしゃってくれたのだ……。お前の本の出来はよかったぞ、と。ワシの『魔法学校』はどこに行っても好評で――」



「そう、そうよね。でも、一番思い出してほしいところはそこじゃないの。特殊魔法『ホール』よ。ホールのことを思い出してほしいの。

 ゾビグラネは、レドとミドとあなたにホールを覚えさせた。

 ゾビグラネは予知していたのよね?

 フェンリルが現れることを。

 だから、あなた達にホールを覚えさせた。

 そうよね? ホールはフェンリルを倒すための魔法なのよね?」


 彼は眉をひそめ、目線を天井へ向けた。


「私はホールのことを知りたいの。

 他にも色々知りたいことがあるのだけど、我慢するわ。

 とにかく、ホールのことを知りたいの。

 あなたのホールという魔法はフェンリルを倒すために作られたもの。

 そうなんでしょう? あの日記を読むと、もうそうとしか思えないの。

 だからこそゾビグラネは遺言に、フェンリルのために『ホールが必要だ』と言ったのでしょう?

 それこそが私たちの求めていた魔法なのよ。

 私とアシュリーの求めていた魔法。

 だからホールのことについて教えてほしいの」



「ホールのことを教える……?」と呟くように言ったゴードンは顎から垂れた白いひげをさすりながら「じゃが……あの5人にホールをかけても何も変わらなかった」

「ええ、そうだと日記には書いてあるわね。ホールというのはフェンリルを直接攻撃するための攻撃魔法ではないかもしれない、とは思ったわ。

 だから聞きたいの。

 ホールとは、私たちを強くするような魔法なの?

 それとも私たちの姿を消してフェンリルの目から見えなくするような魔法なの? どうなの? 答えてちょうだいゴードン。私たちにはその答えが必要なの!」と少し強めの口調で私は言った。


 日記を読み終わったアシュリーはベッドの上にそれを置き、食い入るような目つきでこちらを眺めていた。


 窓からまたそよ風が入り込み、ほほの産毛を撫でた。

 アシュリーは何も言わなかったが彼女の言いたいことはよくわかっていた。

 最初に彼女が疑問に思った三つの疑問はどれも完全には解決されていないのだ。


 そして、何故ゴードンが未だに生きているか、ということについては、恐らくゴードン自身も知らない、ということしか日記からは読み取れなかった。

 

 ただし、その三つの疑問を補って余りある疑問が日記から浮かび上がってきたのだ。



 ホールだ。


 日記を読み解くと、恐らく「ホール」と呼ばれている魔法は魔法学校の英知を集結させた魔法なのだろう。

 だからこそ、ゾビグラネも死の間際までホールのことを気にかけていたに違いない。


 とにかく、あの日記からわかることは、ゾビグラネという人物はフェンリルの出現を預言し、そのためには「ホール」と「銀髪の少女」が必要なのだ、と言っていたことだった。だからこそアシュリーも固唾をのんで見守っているのだ。


 長い沈黙の果てにゴードンはようやくしゃべり始めた。


「ラズロ……。ワシは時々分からなくなる。この時の流れがじゃ。

 ワシらは予言の子に出会った。

 ワシは恐らくホールを使うのだろう。

 でも、じゃからこそ余計に分からなくなった。

 未来のワシの使うホールは……、正常に行われたのじゃろうか?

 ワシは無事に送ることができたんじゃろうか?」


 私はたまりかねて、ゴードン! と叫ぼうと彼の前で思い切り立ち上がったのだが、その時、しわがれた声のゴードンはこういった。



「時空に穴をあける魔法じゃよ、ホールというのは。

 時空に穴をあけ、そして、今の時間ではない別の時間にその体を移動させるんじゃ。


 それが次元修正魔法ホールじゃ」


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