第119話 栄光の決勝戦(中編)

 回は4回表に入る。


 3番、新井夏織。

 二塁手の3年生。右投両打のアベレージヒッターだが、特徴的なのは、その「振り子打法」だった。

 左打席に入り、足をふらふらと振りながら、タイミングを取る。その様子が実に様になっていた。


 このチームの特徴として比較的、早いタイミングから打ってくる選手が多かった。

 3球目のカーブをすくい上げるようにして、打ち、あっという間に鋭いライナー性の当たりが三遊間に飛ぶ。


 速い打球だった。ショートの石毛とサードの清原が手を伸ばす。石毛はダイビングをしていたが、追いつけずに、レフト前ヒットを打たれる。


 ここで迎えるは、4番、門田。

 当然のように、ここは敬遠だ。


 ノーアウト一・二塁で5番の村田を迎える。


 ここは打たれるわけにはいかない。だが、俺たちはこの「村田」を見誤っていた。投手として非凡な才能を発揮する選手だが、それでも5番を打っている。


 入りから、潮崎―伊東の親友バッテリーは、慎重だった。

 初球から内角に低速シンカー。見送ってわずかにボール。

 2球目。逆の外から入る高速シンカー。

 それをすくい上げるが、ファール。


 3球目。緩急をつけた内のストレート。だが、わずかに甘く入っていた。


―キン!―


 完璧に捕らえられた当たりだった。

 あっという間に右中間に飛び、センターの笘篠と、ライトの佐々木が追うが。


 あまりにも無常な一撃が、早い滞空時間のまま、スタンドに吸い込まれていた。


 まさかの3ランホームランだった。伏兵というわけではないが、4番の門田ばかりを警戒していたら、この村田に打たれていた。

 自らの投球を助ける形になる、エース村田の3ランは痛かった。


 三塁側アルプススタンドが大歓声に包まれていた。


 0-4。まだ回は浅いが、強豪相手にこの得点差はかなり痛い。


 そもそも高校野球では、エースで4番が多いが、裏を返せば、身体能力が抜群に高い選手が、そういう役割を果たすのだ。


 このチームには、門田がいるから、5番の村田はそこまで警戒していなかったし、得点圏打率がそんなに高い選手ではなかったのが油断に繋がったのかもしれないし、そもそもこの村田の技術が優れていたのもある。


 ベンチが、一気に沈痛な雰囲気になり、俺はタイムを取って、マウンドの潮崎の元へ、ムードメーカーの垣内を向かわせる。


 だが。

 戻ってきた垣内は、

「潮崎先輩は、まだまだ大丈夫と言っていますが、どうしますか、監督?」

 と聞いてきた。


 俺は、悩んだ。


 エースの潮崎がここまで打たれるとは思っていなかった。

 だが、エースがこれでは、エースに劣る残りの3人を出しても、とも思う。


 替えて、思いきって工藤を投入するか、とも考えたが、ひとまず潮崎に託す。彼女の優勝へ賭ける思いの強さを信じることにした。

 何より、彼女は、全然気落ちしている様子がなかったからだ。


 この回は、何とか3失点で抑えたが、問題は我が校の打線だ。


 相手エースの村田の前に、ほとんど「手も足も出ず」の完璧な投球で抑えられ、ここまでノーヒットだった。


(この雰囲気はマズい)

 誰でもいいから、とにかくヒットを1本打って、流れを変えて欲しい、と願ったが。


 2番、田辺からの好打順だったはずの4回裏も田辺、さらには3番、笘篠まで凡打で抑えられていた。


 4番、清原。

 もうこうなったら、こいつの「一発」に賭けるしかない。

 そう思ったが。


 その清原もまた、あっという間に2ストライクまで追い込まれていた。思っていた以上に、村田の球は手元で伸びて来るらしく、ボールを捕らえるのが難しい上に、決め球のフォークが、ほとんどストレートと同じ軌道を描くのが厄介だった。


 だが、清原は「山を張って」いたらしい。

 3球目の村田の決め球、フォークを狙って、強振。


 小気味いい金属音が響いた。大きい。

 これは行ったか、と思い、レフト方向を見上げる。

 フェンスというかスタンド目がけて、一直線に飛んでいく白球。


 だが、残念ながら、フェンス直撃で止まった。かろうじて2ベースヒット。

「ナイス、清原さん!」

 ベンチからリーダーの吉竹が叫んでいた。


 だが、2アウトということで、続く石毛は、相手の投球術に翻弄されて三振していた。いくら成長したとは言っても、野球経験が3年に満たない石毛では、この村田攻略は難しかった。


 絶好のチャンスを潰したまま、回は淡々と進んでいく。


 5回表は、潮崎が立ち直り、四球を与えた以外は抑えていたが、逆に5回裏はこちらは下位打線になり、同じく四球で出塁した伊東以外は凡退。


 運命は、6回表に進んで行く。


 6回表。相手は3番、新井から。だが、立ち直った潮崎は、必死の形相で投球を披露し、かろうじてショートゴロで抑えていた。


 4番、門田を迎える。

 後から思えば、ここで潮崎を「替える」べきだったかもしれない。


 だが、俺は彼女を「信じて」しまった。

 野球というのは、選手と監督の信頼から生まれることもあるし、まだ疲れが見えない潮崎を替えても、という気持ちもあった。


 初球から低速シンカーを相手の内側、内角低めに投げ込み、ストライクを取る。

 2球目は、外の真っ直ぐ。見送ってボール。

 3球目はカーブをすくい上げられて、ファール。

 4球目は緩いチェンジアップだったが、これもファール。


 追い込んではいたが、門田は眉一つ動かさない。

 5球目。高速シンカーが門田の足元付近に入る。


 普通はこんな難しい球を打つことなどできないはずだ。


 しかし。


―ガキーン!―


 恐ろしいほどの豪快なバッティングだった。不利な体勢からでもこの打撃が出来る時点で、こいつだけは「格が違った」。

 その才能は、あの中村を上回っている。


 完璧な当たりが、センターバックスクリーンに当たっていた。

 大歓声に迎えられ、ダイヤモンドを一周する門田。呆然と見送るナインと、センターを見上げたままの潮崎。


 0-5。

 衝撃的な決勝戦は続く。

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