第114話 小さな大打者(前編)

 ついに、ベスト4進出、そして準決勝を迎える。

 大会14日目。

 8月も終わりかけのこの日、天気は快晴で、真夏らしい蒸し暑い1日だった。


 第1試合。

 先攻、武州中川。後攻、苫小牧新明学園。


 スタメンは、以下のように決めた。


1番(一) 吉竹

2番(二) 田辺

3番(中) 笘篠

4番(三) 清原

5番(遊) 石毛

6番(捕) 伊東

7番(右) 佐々木

8番(左) 平野

9番(投) 潮崎


 ほぼ前試合と変わっていないが、先発は潮崎に任せる。


 試合前。ベンチ前で吉竹を中心に、いつものように円陣を組む。その後、すぐに笘篠が相手ベンチに注視していた。


「なんだ、あいつ。ちっちぇーな。小学生かよ」

 その彼女の目線の先にいたのは、苫小牧新明学園の3年生にして3番を打つ、大石おおいし英美里えみりという二塁手だった。身長が145センチもないと思われる。データでは身長は143センチとある。


 一見すると、中学生か、はたまた小学生にも見えるくらい小柄な選手で、女子とはいえ、珍しいタイプに見えた。


 だが、

「姿に騙されちゃダメよ、笘篠さん。あの子は、大石さん。とんでもないアベレージヒッターらしいわ」

 伊東が鋭い視線を向けて、警戒を促していた。


「マジで。全然そんな風に見えないけど」

「そうっすよねえ。あんなちんちくりんに打たれてたまるかっての」

 笘篠に続き、工藤までもが、明らかに相手を「侮って」いるように見えて、俺はさすがに心配になる。


「伊東の言う通りだ。油断するな」


「ついでに言うと、先発で4番の小宮山こみやまさんも要注意ね。唯と同じような軟投派で、決め球も唯と同じシンカー。スライダー、カーブ、チェンジアップ、カットボール、シンカーと球種が多いし、コントロール抜群らしいし、打撃力もあるらしいから」

 司令塔というか、縁の下の力持ちの伊東が、きっちりと調べてきており、大石と同じように名前を挙げた選手は、マウンドに向かう小宮山いのりという3年生だった。こちらも身長154センチと、そう高くはない。


 そして、この2人に、翻弄され、「甲子園の魔物」が現れることになる。


「プレイボール!」

 ついに始まった準決勝の大一番。

 スタンドは大盛り上がりの満員状態。一塁側の相手側だけでなく、三塁側の我が校側にも多くの観客が詰めかけており、この試合の注目度が窺われた。


 試合は、相手エース、小宮山の「快投」から始まった。


 1番吉竹、2番田辺、3番笘篠の、我が校の「不動」の上位打線を、多彩な変化球で文字通り「手玉に取った」。


 ストレート、スライダー、カーブ、チェンジアップ、カットボール、そしてシンカー。5種類もある変化球を巧みに操り、しかも四隅にきっちり決めてくる。


 吉竹は見逃し三振。田辺はカットボールに引っ掛かり、空振り三振。笘篠は決め球のシンカーをかろうじて当てたがピッチャーゴロ。


 あっという間に1回表が終わっていた。


 1回裏。潮崎がマウンドに上がる。

 彼女の立ち上がりは、悪くない投球だった。


 丁寧に四隅を突き、相手の1、2番を抑える。


 だが、3番、大石。

 身長143センチの、小柄な選手が打席に立つと、その小柄さからか、バットがとても大きく見える。バットを持っているというより「持たされて」いるようにすら見える。


 明らかに、不釣り合いにすら見えるのだが。

 潮崎は、この「小さな選手」に思わぬ苦戦をする。


 そう。ストライクゾーンが小さいのだ。

 かつて、俺が我が校の小柄な平野に言ったように、小柄な選手は、こういうところで有利になる。


 要は審判がなかなかストライクを取ってくれないのだ。

 そのため、いつもなら取ってくれるコースに投げてもボール判定され、気がつけば3ボール1ストライク。


 さらにその次の低速シンカー。潮崎の得意な球のはずのその球を、大石は、コンパクトにスイング。


 あっさりと一・二塁間を破っていた。


 そして、これがきっかけになった。


 2回表。我が校は、クリーンナップからだったが、小宮山の軟投に苦戦し、あっさりと三者凡退。


 2回裏。

 5番の打席。


 シンカーを狙われた。潮崎の最も得意な球がすでに「狙われて」いた。


 しかも、悪いことに「甲子園の魔物」が顔を出す。

 ショート、石毛の元へ飛んだ球は、運悪く彼女の手前で不規則にバウンドし、グローブを弾く。結果的には不運な「エラー」となった。


 ノーアウト一塁で、6番バッター。

 この6番は、よく球を見て来る打者で、粘られた後、サードゴロに終わるも。サードの清原の球が二塁に送られ、わずかにセーフ、一塁もセーフになる。


 ノーアウト一・二塁で、7番バッター。

 何とかピッチャーゴロに抑えていたが。


 1アウト二・三塁で、下位打線の8番を迎える。

 8番は、3球目をレフトに打ち上げる。

 レフトは平野だ。


 落下点に入るも、強烈な陽射しが彼女を邪魔した。キャッチしたと思ったら、そのまま弾いて、ボールはレフト後方のスタンド側にてんてんと転がっていた。


 それを見た三塁ランナーの5番が一気に走る。


 平野が慌てて、ボールを拾い、サードの清原に送るも。5番はすでにホーム間近に接近していた。


「クソっ!」

 叫びながら、清原が懸命にホームに送球する。キャッチャーの伊東が受けるも。


「セーフ!」

 エラーによる失点になっていた。


 思えば、潮崎はやたらと、エラーによる失点が多い。そういう星の元に生まれたのか、どうも運がなかった。


 この回はこの得点だけだったが、我が校はすでに2つのエラーを記録。


「やはり甲子園には『魔物』がいますね」

 ベンチでは、いつも冷静なマネージャーの奈良原が、意味深なセリフを吐いていた。


 3回表も小宮山に翻弄され、三者凡退。

 結局、一人もランナーを出せないまま、我が校の一巡目が終わっていた。


 魔物は、まだ「甲子園にんで」いた。

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