第12章 甲子園の魔物

第111話 スピード対決(前編)

 3回戦を突破したことで、我が校はついにベスト8にまで到達。しかも、2試合連続でのサヨナラ勝利。我が校は勢いに乗っていた。


 夏の甲子園のルールでは、ここでもう一度抽選を引くことになる。


 その対戦校は。

 沖縄城学と決まった。

 残るはわずか8校のみ。全国の頂点を目指す、女子高生野球部員たちの戦いは、佳境を迎える。


 大会13日目、第2試合。その時はあっという間にやって来た。


「沖縄城学か。プリンセストーナメントで負けたところだな」

「そうですね。今度は勝ちたいです」

 清原と石毛が声を上げる中、我らがリーダーは。


「前回は負けましたが、今回は勝ちに行きますわよ」

 あくまで強気だった。彼女の辞書に「負ける」という言葉はないのだろう。1番であること、相手に勝つこと。


 その思いが強い彼女だからこそ、俺は彼女を主将に推薦した。


 沖縄城学の主力メンバーは、プリンセストーナメントの時とさほど変わってはいなかった。

 やや2年生が入っているが、中心は伊良部、石嶺を軸とした3年生。


 先攻は武州中川高校で、三塁側。後攻は沖縄城学で一塁側。

 甲子園の夏は、相変わらず「暑かった」。

 朝から気温がぐんぐん上がり、昼頃に開始される試合前には、すでに気温35度を越えていた。


 なお、第1試合では、南北海道代表の苫小牧新明学園が5-2で勝利。つまり、この試合で勝った方が、彼女たちと当たる。


 スタメンは以下のように決めた。


1番(一) 吉竹

2番(二) 田辺

3番(中) 笘篠

4番(三) 清原

5番(遊) 石毛

6番(捕) 伊東

7番(投) 工藤

8番(左) 平野

9番(右) 佐々木


 途中から替えることを想定し、工藤を7番に下げた以外はほぼ前の試合と変わらない。


 いつものように、リーダーの吉竹の号令の元、円陣を組んで、試合開始になると思いきや。


 その吉竹が、珍しく工藤に近づいていた。

 しかも、何やら耳打ちをしている。


 普段、それほど交流がない2人にしては、珍しいと思った俺は、吉竹に聞いてみることにした。


 すると、

「あら、監督さん。女同士の話に聞き耳を立てるなんて、いやらしいですわね」

 と言ってはいたが、目が笑っていた。


 彼女は、あっさりと教えてくれた。

「土壇場を乗り切るのに必要なのは勇猛さではなく、冷静な計算の上に立った捨て身の精神」


 そう工藤に告げたそうだが、その言葉に聞き覚えがあった。確か昭和を代表する、プロ野球界の名捕手にして、名監督の言葉として知られている。

 頭のいい彼女のことだ。どこかから見つけてきたのだろう。


 そして、「猪突猛進」なところがある工藤には、ある意味、いい「薬」にはなるかもしれない、と思うのだった。


 結果的に、この言葉が工藤を救うことに繋がる。

 あえて2試合連続で、工藤を先発にしたのは、相手の伊良部が速球投手だからだ。


 速球勝負なら、2年になって、ぐんぐん球速が伸びてきた工藤も負けていないはず。


 そして、この対決は文字通りの「スピード対決」になる。


 初回から、伊良部は飛ばしていた。速球中心の、エグいくらいの内角球をどんどん投げ込んできて、あっという間に三者凡退。


 1回裏。沖縄城学の攻撃。


 一塁側アルプススタンドから、沖縄特有の南国の音楽が流れる。甲子園でよく聞く、沖縄特有の応援歌だ。


 だが、工藤は負けていなかった。2年生になり、さらに最高速度が伸び、最速125キロを上回っていた。


 こちらもわずか六球だけで、抑えてきた。


 そこからの展開は早かった。


 どちらも決定的な好機を掴めず、スコアボードに0が並ぶ展開。


 3回表。8番の平野、9番の佐々木が倒れた後、1番の吉竹が四球で出塁。2番、田辺の2球目にあっさりと二塁を陥れるも、後続が続かず。


 3回裏。この回の工藤は、躍動した。

 その日、最速の128キロを計測。伊良部の130キロにも劣らない速球で、9番、1番、2番を連続三振。


「すごいな、工藤」

 清々しい顔で帰ってきた工藤に声をかけると、


「うっす。あたしは、やっぱ速球の方が楽しいっす」

 彼女の調子は良かった。


 前の対戦では、最速の伊良部に対し、最遅の潮崎を先発にしたが、実は工藤の方が相性がいいのかもしれない。


 4回裏。

 ウルフカットにアッシュグレイの、不良みたいな髪型の4番、石嶺を迎える。


 バットの先端を相手投手に向けるように、まるで威嚇でもしているかのような構え。しかもバット自体を顔面付近まで高々と掲げている、例の特徴的なバッティングフォームは健在で、工藤の初球の内角高めの速球をあっさりと弾き返していた。


 打球は、ぐんぐんライトスタンド目がけて飛び、短い滞空時間のホームランとなっていた。


 一塁側アルプススタンドから、沖縄特有の、南国ソングが派手に響く。やはり、速球が強みだが、狙われると本塁打を打たれやすいのが、工藤の特徴でもあった。


 0-1。これがソロホームランだったことが幸いした。


 試合は予断を許さないまま、中盤を迎える。

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