第108話 アイドル女子高生野球(前編)

 初戦の2回戦を突破したことで、最初からシード権を得たようなものだった我が校は、一気にベスト16に進出。


 次なる相手は、西東京代表、仁志大三高。

 ただ、大会の関係で、次の試合はかなり先になった。


 2回戦から6日後。


 待ちに待った試合がやって来た。

 大会11日目、第1試合。


 先攻、仁志大三高。後攻、武州中川高校。


 アルプススタンドは、相変わらず三塁側の相手校の方が圧倒的に観客が多い。

 だが、一塁側スタンドには、例の集団がいた。


「天ちゃん!」

「アイドル女子高生野球、頼むで!」

「がんばれ!」

 驚くべきことに、また人が増えていた。


 しかも、男子ばかりだと思っていたら、少数ながら女子も混じっていた。


 笘篠が、その集団に手を振って応えている。


 試合前。

 その笘篠が、ニコニコというより、ニヤニヤしながら俺に近づいてきた。

「何だ、お前。気持ち悪いな」

 その俺の物言いが気に入らなかったのか。


「気持ち悪いって何よ。見てよ、私のファンの数! すごいでしょ!」

 吠えるように、誇らしげに語っていた。


「何があった?」

「ふふーん。ロビー活動って奴よ」


「ロビー活動だぁ?」

「そう。ネットで動画公開、ファングッズの作成。私のファンが全国から集まったわ」


(はあ)

 溜め息が漏れていた。そのやる気を、むしろもっと野球に向けて欲しいと思っていたが。


 笘篠がニヤけていた理由は、実は彼らの人数の多さではなかった。

「見てよ、カントクちゃん。これ、可愛いでしょ」

「ああ、可愛い可愛い」


 てっきり、どうせ自意識過剰な笘篠が、自分のブロマイド写真でも見せつけてきたと思って、彼女が示す携帯画面をロクに見ずに、適当に答えていたら、怒られていた。


「ちょっと! 何、その適当な返事。ちゃんと見てないでしょ!」

 仕方がないから、彼女が示す携帯の画像をよく見てみると。


 明らかに小さな子が書いたと思われる、稚拙な平仮名で「そらちゃん、だいすき」と書いてあった。


「何だ、これは?」

「私のファンの、陽葵ひまりちゃん、5歳だって。可愛い~」

 明らかにデレデレしている笘篠。


 だが、俺の考えは、もちろん別にある。

「そんなことより、お前。3番にしてるんだから、きっちり打てよ」

 3番という、チームの中心にいるはずの彼女が、あまり打っていないのが一番の問題で、懸念事項だった。


 しかし、その時の笘篠の反応が、後に俺を驚愕へと導くことになる。

「そんなことって何よ。でも、大丈夫、大丈夫。今日は、絶好調だからね、私。打つよ」

 自信満々な瞳を向けてきた。


 何分、「気分屋」なところがある笘篠。ある意味、辻に似ていたが、辻以上に彼女は、「覚醒」すると恐ろしいところがあった。

 そこに期待することにした。


 スタメンは、少しだけ変えた。


1番(一) 吉竹

2番(二) 田辺

3番(中) 笘篠

4番(三) 清原

5番(遊) 石毛

6番(投) 工藤

7番(捕) 伊東

8番(左) 平野

9番(右) 佐々木


 前の試合で、大活躍した田辺を再び2番に。先発の工藤は、打撃が期待できるため、6番に上げた。


「いい打順っすね。テンション上がるっす」

 工藤は嬉しそうに見えた。


 そして、この試合。

 意外な形で試合が動く。


 初回、立ち上がりの工藤は冴えていた。

 球速が上がり、120キロを越える速いストレートを中心に、ムービング・ファスト気味の癖球を使い、対角線上に投げ込む、得意の「クロスファイヤー」が生きた。


 あっさり三者凡退に抑えて戻ってきた。


 1回裏。

 相手の先発は、ダブルエースのうちの、佐藤もも。3年生。右投右打。身長172センチ。長身だが、ごく普通の少女に見えたが。


 決め球が「恐ろしい変化」をする。

 縦のカーブだが、それが恐ろしく変化をする、ほとんどフォークボールに近い変化球だった。

 これを相手校は「サトウボール」と名づけているらしい。


 そのサトウボールに翻弄されていたが、3番の笘篠だけは四球で出塁していた。


 これはいい傾向だった。調子がいい時の笘篠は、四球を選ぶことが多くなる。


 2回裏。

 相手はクリーンナップの4番から。


 4番、3年生の山本和佳奈わかな。身長170センチほどの長身。ショートカットの少女だが、筋肉質だった。


 伊東や鹿取、奈良原情報でも「要注意」と言われていた、主砲。


 いきなり初球のストレートを捕らえられて、レフトにホームランを打たれていた。

(やはり工藤では、潮崎に劣るか)


 本人には言わないが、俺の中では、総合力で考えると「潮崎」がエースと思っている。工藤の球は悪くはないが、制球が潮崎より甘く、ストレートに球速がある分、捕らえられると簡単にホームランになりやすい。


 被本塁打率が高いのだ。

 いきなりの先制点を献上して、0-1。


 しかも、さらに4回表。

 3番、佐藤に四球を与え、再び4番の山本。


 後から思えば、敬遠すべき相手だったが、あえて勝負をさせたら。


 鋭い金属音と共に、3球目のフォークを捕らえられて、レフト後方へ飛ばされた。明らかな「張り打ち」だった。


 しかも、レフトの平野がクッション処理に戸惑っているうちに、山本は三塁へ。佐藤が還って、あっさり追加点を取られる。


(マズいか)

 工藤の投球に、嫌な予感を感じている間にも試合は動く。

 続く5番、6番を連続四球で歩かせて、ノーアウト満塁。


 さすがにタイムを取り、マウンドに彼女を向かわせる。

 伝令は佐々木だ。


 マウンドには、佐々木以外に内野陣も集まる。

 戻ってきた彼女の言葉は。


「すいませんっす。でも、もう少しだけ投げさせて下さいっす。ここで流れを断ち切るっすから」

 だった。


(困った)

 正直、ここで潮崎に替えてもいいのだが、そうすると残りイニングと疲労具合を考えると、スタミナ面の不安があるし、かと言って、経験値の浅い郭や石井では、この難局は乗り切れないかもしれない。むしろ傷口を広げそうだ。


 幸い、残りは下位打線。


 祈るような気持ちで、工藤に託す。


 その工藤。続く、7番バッターに一・二塁間を破られ、ついに0-3とされる。


 タイムを告げて、投手交代を告げようと思っていたら。

「先生。大丈夫ですよ。工藤さんなら抑えます」

 意外なことに、工藤のライバルのはずの潮崎だった。


「何でそう思う?」

「相手は下位打線。これがクリーンナップなら打たれるかもしれませんが、工藤さんは下位打線には滅多に打たれていません」


 潮崎が示したのは、鹿取が取ったデータであり、確かに彼女は「下位打線」には強かった。


 実際、追い込まれているはずの工藤は、残りの8番、9番を気迫のピッチングで連続三振。1番をショートゴロに抑え、最低限の傷口だけで戻ってきた。


「危なかったな。でも、よくやってくれた、工藤」

 監督の立場としては、実に冷や冷やする場面だったが、そこはやはり「ピンチに強い」、気迫のピッチングをする彼女の性格が勝った。


「ありがとうございます。でも、ちょい疲れたので、次のイニングまでっすね」

 強気な彼女には、珍しく、疲労感の漂ったような表情だった。


 4回裏。

 2番の田辺からの攻撃。いきなりセンター前ヒットを放っていた。前回の試合に続き、安打を放つ田辺。ソフトボール経験者の彼女が覚醒してくれると、非常にありがたい。


 次の3番、笘篠があっさりと初球を捉え、一・二塁間を破るヒットを放つ。

(いい時の笘篠の、反応打ちだ)

 野球には「ヤマを張る」、いわゆる「張り打ち」と、来た球に即座に反応する「反応打ち」があるが、動体視力が高い笘篠は、反応打ちに抜群のセンスを持っていた。


 調子がいい時の笘篠はそれが生きる。

 これで2打席連続出塁で、1四球、1安打。


 続く4番の清原は、サトウボールに詰まって、ショートゴロのゲッツーコース。6-4-3と渡って、一塁もアウトだろう、と思ったら。


 気迫のヘッドスライディングを見せた清原が、頭から一塁に突っ込み、しかもセーフになっていた。


 転んでもタダでは起きない、力強く、したたかに成長した、と感心した。


 1アウト一・三塁で石毛。

 その石毛は、何故かまた「なでなで」を要求して来なかった。実際にその提案をしてきたのは石毛本人で、それなりに「効果」はあったはずだが、一度失敗して以降、彼女はその「縁起担ぎ」をしなくなった。


 どうもよくわからない、と石毛の心中を慮っていたら。

 その石毛が、4球目のストレートをレフトへ運び、三塁ランナーの田辺が還って、ようやく1点を還し、1-3。


 それでも試合は、どちらに流れがあるのか、まだわからなかった。

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