第11章 憧れの甲子園

第103話 いざ甲子園へ

 選手たちがマウンド上に集まり、みんなが抱き合い、歓喜の声を上げていた。

 マネージャーの鹿取は感極まって、涙を流しており、もう一人のマネージャーの奈良原が慰めるように寄り添っていた。


 ついに、目標としていた「甲子園出場」の夢を彼女たちは叶えていた。


 監督の俺としても、例えようのない「感動」がそこにはあった。


 何しろ、最初はメンバーすらいない、たったの4人からスタートした我が校だ。最初はとても勝てるとは思っていなかった。


 幾多の困難を乗り越えて、ついに「甲子園」への切符を手にした彼女たち。


「ありがとうございました!」

 礼が終わった後、真っ先に彼女たちは、ベンチに駆けてきた。


 そして、

「監督、ついにやりました!」

「先生、甲子園だよ!」

「最終目標は、まだ先ですが、まずは無事に突破しましたわ!」

 部員全員の顔が、笑顔と涙に溢れていた。


「ああ。よくやった……」

 それだけを口にするのが精一杯で、俺もまた感極まっていた。


 そんな俺を見て、

「ありがとうございました!」

 彼女たちが一様に頭を下げてきた。


 ここまで苦労してきた甲斐があった。


 だが、もちろん、主将の吉竹が言うように、ここは「通過点」に過ぎない。本当の苦労はこの先にある。


 試合が終わり、彼女たちは報道陣からインタビューを受け、監督の俺にもまた様々な報道機関からインタビューが入った。


 それらをすべてこなした後、中村が俺の元に来た。

 何かと思ったら、俺を待っていた彼女が口にしたのは、


「おめでとうございます」

 だった。


 3年間、潮崎のライバルとして、常に立ちはだかった彼女。

 だが、彼女という存在がいたからこそ潮崎は成長できたのかもしれない。人は、近くに「切磋琢磨」できる相手がいると、刺激になって成長に繋がる。


 俺の方こそ彼女には感謝すべきだった。

「こちらこそ。中村、お前の存在は大きかったよ」


「いえ。ウチはただ、野球が好きやさかい、頑張っただけで」

 とは言っていたが、その先を潮崎が制した。


「そんなことないよ、中村さん」

「潮崎さん」


「あなたと一緒に野球やれて良かった。いっぱいホームラン打たれたけど、いっぱい勉強になったよ」

「ああ、こっちこそな。がんばりや。応援しとるで」

 2人のライバルが固い握手を交わしていた。


 青春の一ページ。

 甲子園への道は開かれた。



 そして、学校に戻ると、更なる祝福が待っていた。

「おめでとう、森先生」

 校長室に呼び出され、秋山校長直々に、祝辞の言葉をもらう。


「ありがとうございます」

「正直、君たちの戦力で甲子園に行くとは思ってなかった」

 本音を暴露していたが、それも無理からぬことだろう。


 冷静に考えて、この戦力で甲子園は普通はない。


「だが、これで当分、廃校の話はなくなるだろう」

「だといいんですが」

 未だにその辺りを危惧している俺とは対照的に、校長は楽観的だった。

 曰く。


「甲子園出場まで決めた高校を廃校にすることはないはずだ」

 とは言っていたが。


 この少子高齢化の荒波が襲いかかる世の中だ。

 一寸先は「闇」と言っていいし、来年以降はどうなるかわからない。


 だが、今はとにかく「喜ぶ」ことにした。


 部室では、顧問の渡辺先生が待っていた。

「おめでとうございます。甲子園なんて、本当にすごいです」

 目を輝かせて、喜びを表現する彼女には、あの元ヤンキーのような「怖さ」は感じられなかった。


「ありがとうございます」

 だが、礼を述べた俺に対しては、笑顔だったものの、


「ま、私がいるんだから、余裕っしょ」

 と、笘篠が調子に乗っていたのが、癪に障ったのか、彼女の表情が一変した。


「笘篠~」

「なんですか?」


「お前は全然活躍しなかっただろーが。反省しろ。あと、甲子園まで特訓だ!」

「マジで? いやいや、別にいいよ。先生、疲れてるでしょ」


「黙れ」

 制した後、俺に対しては180度表情を変えて、


「森先生。この女は生意気なので、3番じゃなくていいですよー」

 と無理矢理笑顔を作って、「笘篠降ろし」を提案してくる。


「ちょ、何言ってるんですか? 覚醒した私が3番打たなくて誰が打つんです? ねえ、カントクちゃん。私とカントクちゃんの仲だもん。3番にするよね?」

 俺は苦笑いを浮かべて、肯定も否定もしなかった。


「なんか言ってよー、カントクちゃん!」

 それすらも、部員の間では、笑いの種になり、みんなの間に笑顔が溢れていた。


 だが、「憧れの甲子園」への道は達成したものの。

「みなさん。油断しないことですわ」

 そんな弛緩しきったムードを突き破ったのは、リーダーの吉竹の鋭い声だった。


「わたくしたちの目標は、甲子園優勝。こんなの通過点に過ぎませんわ」

「ウチのリーダーは、手厳しいというか、理想が高いな」

 俺がからかうように、告げると、今度はその吉竹に睨まれてしまった。


「監督さん」

「何だ?」


「甲子園には、全国から強豪が集うんです。とにかく万全の体制を整えて臨みましょう」

「ああ、わかってる」


「それと」

「何だ?」

 その問いに、吉竹は、俺ではなく、部員を見回して答えた。


「甲子園には『魔物』がむと聞きます。みなさん、決して油断しないこと。いいですわね?」

「はい」

 主将の鶴の一声に、みんなは頷いていた。


 最後に、潮崎が泣きそうな顔で、俺のところに来た。

 そして、

「先生」

「何だ?」


「私、本当に甲子園に行けるんですね?」

「ああ」


「そっか。お兄ちゃんも、それに森先生も立った、あの憧れのマウンドに立てるんだ」

 さすがに彼女もまた、エースという重責を担う以上に、「楽しみ」という感情が湧き上がってきているようだった。


 そんな彼女にかける言葉は一つだけ。

「潮崎」

「はい」


「お前はよくがんばったよ。だからこそ油断するな。最後まで気を抜くな。それと、野球を楽しむ本来のお前のピッチングを期待している」

 そう告げると、彼女は、屈託なく、真夏の空のように明るい笑顔を見せて、力強く頷いた。


「はい!」


 夏の甲子園大会、女子の部は男子の大会の終盤、8月中旬に開催となる。

 それまで残り2週間と少し。


 彼女たちの「熱い」、そして最後の「夏」が始まろうとしていた。


 そして、その甲子園では、意外な敵が待っているのだった。

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