第98話 恐怖の6番と内角攻め(前編)
無事に準決勝に進んだ我が校。
だが、次の対戦相手は名門にして、因縁のある花崎実業。
そして、その主力メンバーが曲者だった。
3番ピッチャーの牛島恵美。
ベンチから見ると、牛島はウルフカットが特徴的な選手で、目つきが異様に鋭い。筋肉質で、どこか怪しげな雰囲気が、清原に似ている。
一方で、6番の高橋楓は、大柄な体格で、高身長だが、見た目は平凡なショートカットの子だった。
試合が始まる。
先攻は花崎実業、後攻は我が校。
スタメンは、
1番(一) 吉竹
2番(二) 田辺
3番(中) 笘篠
4番(三) 清原
5番(遊) 石毛
6番(投) 工藤
7番(捕) 伊東
8番(左) 平野
9番(右) 佐々木
ほとんど固定メンバーで、先発の工藤の打順だけを上げた。
その日の先発は、工藤を指名した。前の試合で、潮崎が捕まって、大量失点をしていたからだ。
ところが。
1回表。
1、2番を無難にストレートの球威で抑えていた工藤だったが。
3番は牛島だ。
右打席に入る。特徴的な足幅を広げるスタンスのフォームだった。
そこから1、2、3球と見極めて、カウント2-1。
危険な香りがする見た目とは裏腹に、妙にボールを見て来る慎重な選手だと思った。
そして、
―キン!―
4球目の外のスライダーを狙い打ちされていた。
工藤の球速は、1年時に比べるとアップしており、最速120キロを越える。
スライダーでも常時110キロ台の球速を持っていたが。
あっさりと飛ばされた打球は、ぐんぐんと左中間に延びていき、そしてスタンドインしていた。
0-1。波乱の幕開けだった。
しかも、その裏にマウンドに立った牛島。
彼女がえげつない投球を見せてきた。
徹底したインコース攻めだった。
ほとんどデッドボールに近いくらいの球を投げ込んでくるが、度胸だけでなく、コントロールも良かったため、ボールかストライクか判定が難しい球を空振りしたり、見送ったりで、結局、三者凡退。
2回表。
ついに花崎実業の「秘密兵器」が目を醒ます。
俺は、薄っすらと気づいていたが、相手のクリーンナップは、とにかく「見て」くる。クサい球でも、ギリギリのコースでも見極めるので、工藤は球数が増えていた。
6番、高橋楓。
大柄な体格に似合うような、豪快なスイングを誇る選手で、今まで散々ボールを「見られて」、ボール先行になっていた工藤が初球から、インコース高めにストレートを投げ込んだ。
が、
―カン!―
あっさりとフルスイングした打球が、完璧に捕らえられていた。打球は引っ張られて、レフト方向へ。
レフトの平野が懸命に走るも、打球の勢いは衰えず、そのままレフトスタンドへ。
ソロホームランだった。
牛島、高橋という、このチームの主力に早くも捕まっていたが、幸いだったのは、どちらもソロホームランだったことだった。
相手ベンチが盛り上がる。
後続を抑えて、戻ってきた工藤に話を聞く。
「すいません」
とは言っていたが、彼女らしくなく、どこか沈んだような顔立ちだった。
「どうした?」
聞くと、神妙な面持ちで、彼女は答えた。
「ボールをやたらと見てきますね。悔しいっすけど、こういう相手には、潮崎先輩の方がいいかもっす」
自らの特徴を工藤は理解している。
つまり、球威で押すタイプの工藤は、コントロールが甘いところがある。決してノーコンではないが、精密機械のような潮崎に比べると、コントロールの精度が落ちる。
そこを狙われた、と。
「気にするな。もう少しがんばれ」
俺としては、そんな工藤に発破をかけて、これを乗り越えて欲しかったための一言だったが。
「了解っす。監督サンに言われたら、がんばるしかないっす」
俺に言われたことで、少しだけ元気を取り戻していた工藤だったが。
逆に今度は、こちらの打線が振るわなかった。
続く2回裏、3回裏も、好調の石毛が単打で出塁しただけで、後は凡退。牛島の徹底したインコース攻めに翻弄されていた。
4回表。
工藤にはまだ投げさせていたが。
3番、牛島との2度目の対戦。
初球から決め球のフォークボール。空振り。
2球目はムービングファスト。外れてボール。
3球目。
渾身のストレート。
牛島は鋭く振り抜いて、打球は二遊間を抜けて、ヒット。
続く4番と5番。本来なら、クリーンナップを担っているはずだが。
彼女たちは、とにかくボールを「よく見る」。ギリギリのコースを攻めることには向いていない工藤の球は、ボール先行が多くなり、連続で4球を与え、気がつけばノーアウト満塁になっていた。
6番高橋。
俺は敬遠を考えて、立ち上がったが、それに「待った」をかけたのは、意外な人物だった。
「待って下さい」
俺を制したのは、工藤のライバルのはずの、潮崎だった。
「なんだ?」
「敬遠はしない方がいいです」
「何故だ? ここでホームランを打たれたら、終わりだぞ」
「大丈夫です。きっと打たれません」
「何でそんなことが言える?」
俺には、そんなことを口走る潮崎の根拠がわからなかった。
少し考えた後、彼女は、
「うーん。私の勘ですけどね。さっき先生が、工藤さんに声をかけたので、多少は『気合い』が入ったかと」
などと言っていたものの、
「そんなんで、変わるか?」
俺には疑問だったのだが、
「変わりますよ。悔しいですけど、工藤さんは先生のことを、誰よりも信頼してますからね。とりあえず、勝負させてみて下さい」
いつになく強気な瞳を向ける潮崎だった。
「まあ、いい。だが、もしホームラン打たれたら、お前が責任取って、後続を全部抑えろよ」
一見、無茶にも思えるこの提案に、潮崎は笑顔で、
「わかりました」
とだけ返して、再びマウンドを見つめた。
そして、結果的には。
高橋には2ストライクと追い込んでから、三遊間を破られるヒットを打たれていたが、潮崎の言う通り、ホームランにはならなかった。
さらにそこから圧巻のピッチングが繰り出されていた。
ノーアウト満塁の絶対絶命のピンチとはいえ、相手打線は下位打線の7番から。
「ストライク、バッターアウト!」
ここに来て、一段ギアが上がったかのように、球速が伸び、いつも以上にストレートが「走っていた」。
7番を三球三振。
さらに8番もムービングファストでキャッチャーフライ。
内野に転がされるだけで、下手したら点が入る場面にも関わらず、工藤の「勝負根性」はさすがだった。
そして9番。
渾身のストレート、スライダーで追い込み、最後は決め球のフォークボールで見逃し三振。
ノーアウト満塁のピンチを、たった1点だけで切り抜けて、ベンチに戻ってきた工藤。
「おつかれ。いいピッチングだった」
率直に褒めると、彼女は、照れ笑いを浮かべ、
「ありがとうございます」
珍しく素直に大きな声を上げていた。
こうして、4回表まで進んだものの、得点は0-3。
我が校は、「曲者」の牛島を攻略できずにいた。
試合は、後半戦に進んで行く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます