第97話 褒められて伸びる子

 試合は、ようやく終わった。

 恐らく、ここまで激しい打撃戦は初めてだったかもしれない。


 何とか、勝って、昨年と同じく準決勝まで進出できたものの。


 俺も彼女たちも、完全に満身創痍の状態だった。

(次の先発、どうしようか)

 先の試合の先発、潮崎が5失点、代わった工藤が2失点、郭が4失点。


 雨があったとはいえ、思った以上に点を取られたことで、俺は次の先発について考えさせられることになる。


 そんなことを思っていると、珍しく、試合終了後、挨拶が終わってベンチに戻ってきた彼女たちのうち、意外な人物が俺に声をかけてきた。


「監督……。あの、お願いがあるのですが」

 控えめに声をかけてきたのは、美しい黒髪ストレートを、ポニーテールにしていた、石毛だった。


 真面目で、素直だが、自己主張が少ない、控えめな彼女にしては珍しい。

 と思って、


「なんだ?」

 と声をかけると、彼女は、恥ずかしそうに目を逸らしながら、


「私の頭を撫でて欲しいんです」

「はっ? 何言ってんだ?」

 あまりにも唐突すぎて、思考が回ってなかった。


 一瞬、彼女は「何を言ってるのか?」と思ったら。

「あの、私。昔から、『褒められる』と伸びるんです。ですので、お願いします」

 丁寧に頭を下げてきた。


 他の部員たちは、その様子を面白い物でも眺めるように、遠巻きで見つめていた。

「いや。そもそも、教師が生徒にそんなことやって、訴えられでもしたら……」

「私、そんなことしません!」

 逡巡している俺に、彼女は、珍しく大きな声で、否定してきた。


(そこまで言うなら、仕方がない)

 本人が「訴えない」と言ってるし、素直なこの子が嘘をつくとは思えない。あまり気乗りはしなかったが、俺は彼女の頭にゆっくりと右手を伸ばす。

 そもそもこの試合で、勝ち越し3ランホームランを含めた4打点を叩き出し、チームで一番活躍していたのが、彼女だった。


 ようやく「覚醒」した石毛。

 我がチームは、どちらかというと、スパルタの渡辺先生の指導のように、「けなされて」育ってきたような気がする。


 たまには、褒めてもいいだろう、と思ってしまった。

「よくやった、石毛」

 頭に手を置いて、軽く撫でると、彼女は、まるで猫のように、嬉しそうに目を細めていた。


 それを見ていた部員たちからは、

「カントクちゃん。私も2打点上げたんだけど」

 と笘篠が不満そうに声を上げ、


「あたしも3打点上げたけど、恥ずいからいい」

 と清原が、


「私もいいです」

 と同じく2打点の鈴木も、


「2安打しましたけど、わたくしもそんな子供みたいな真似、遠慮しますわ」

 吉竹まで口走っていた。


 笘篠だけがやや不服そうだったが、そもそもこんなことで喜ぶのは、石毛だけかもしれない。


 だが、逆に言うと、「頭を撫でる」だけで、次の試合も活躍してくれるなら、安いものだ。


 石毛は、控えめだが、性格的には、我がチームで一番「素直」で、「礼儀正しい」。つまり、性格美人なのだ。


 容姿こそ、笘篠や吉竹には劣るものの、どこにでもいる「普通」の女子高生で、別段、ブスではない。


 むしろ、

(こういう子が、嫁にふさわしいのかもな)

 性格の良さだけなら、彼女はピカ一だろう。


 何しろ、練習をしていても、怒ったところも、不満を表情に現したところも、俺は見たことがなかった。いつでも真面目で、平常心を保っている。もっとも、常に「平常心」なのは、剣道で培われたものかもしれないが。


「ありがとうございます。これで、次の試合も頑張れます」

 礼儀正しく、頭を45度下げて、律儀にお礼を述べる彼女が、「可愛らしく」思えたが、「撫でて」喜ぶ辺りが、むしろ「子供っぽくて」可愛らしい、彼女の魅力なのかもしれない、と思った。



 だが、次の試合もまた「問題」となる。

 相手は、名門の花崎実業だった。浦山学院同様に、我が校とは因縁がある。


 試合は、翌日だったが、もちろんその日のうちに、対策ミーティングを始める。

 一度、学校に戻り、部室ではなく、空いている視聴覚室を借りた。

「要注意は、エースの牛島うしじまさんです」

 我が校一の頭脳派、伊東が真っ先に告げる。


 ホワイトボードに、牛島の特徴を記載していく。

 スリークォーターの速球派で、持ち球はフォークとカーブ。決め球は鋭く落ちるフォークだという。


「普通の投手に見えますが?」

 伊東がホワイトボードに書いた、牛島の投球データを見つめて、主将の吉竹が顎を抑えながら首を傾げていた。


「いや」

 珍しく、清原が怪訝な表情を浮かべ、


「伊東。こいつの映像があるだろ? 見せてくれねえか?」

 そう告げたので、伊東は頷いて、近くにいた奈良原に、指示を出した。


 個人的に、野球のデータ用にPCを持ってきている奈良原が、PCを操作し、映像を映してくれた。


 そこに映っていた、牛島の投球フォームや、表情を見て、清原は、

「こいつは、牛島恵美えみだな?」

 と、合点がいったように、頷いていた。


「知ってるの?」

「ああ。中学時代に、空手で対戦したことがある」

 潮崎の問いに、清原は答えたが、どこか含みのある笑みを浮かべていた。


「ってことは、元空手選手?」

「ああ。しかも、あたしよりガチでヤンキーだった奴だ。中学時代は相当悪さをしてたらしいが、何で野球やってるんだ?」

 笘篠と清原の会話を聞いていた伊東は、


「それはわからないけど、1年生の時は全然目立たなかったらしいわ。2年生の秋から急に伸び出してね。まあ、何がきっかけで才能が開花するかなんてわからないものよ」


 しかも、この牛島は、異様なくらい、「内角攻め」を多用していた。

 映像で見ると、打者の内角、ほとんどデッドボールに近いくらいの位置に、速球を投げ込んでいた。


 投手の中には、内角攻めで打者に当てて、イップスになる選手もいるが、彼女は並の度胸ではなかった。


 次いで、マネージャーの鹿取が、ホワイトボードに記載した名前は。

「高橋かえで

 という名前だった。


 しかも、身体が大柄なだけで、名前も割と平凡だし、一見どこにでもいそうな、女子高生に見える。

 身長こそ167センチと大きかったが、別段、打ちそうには見えない。


 内心、俺がそう思って見守っていると、

「今の花崎実業の『主砲』よ」

 伊東が声を上げたものの、


「4番か?」

 当然のように尋ねる、清原に対する鹿取の回答が意外すぎるものだった。


「いいえ。6番です」

「6番? 何でそんなところを打ってる?」


「さあ。それが謎なんです。彼女はホームランも打点も上げて、得点圏打率も高いのに、常に6番を打ってるんです」

 鹿取が見せてくれたデータを見ると、一目瞭然で、本塁打、打点、OPS、得点圏打率。いずれも高い。


 にも関わらず、3番から5番という、クリーンナップを打っていない。


 もちろん何か理由があるのだろうが、この高橋楓という選手が、実に「不気味に」思えた。


 試合は、翌日に迫っていた。

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