第10章 甲子園への道

第93話 3年目の戦い

 いよいよ始まる「3年目」の夏の甲子園大会、埼玉県予選。


 その前に。


 その夏の甲子園大会県予選のシード権を争う、春季大会が開かれた。ここで優秀な成績、少なくともベスト8程度の成績を治めれば、夏の予選ではシード権を獲得できる。


 昨年は、チームがバラバラだった時期に、この春季大会に当たり、強豪の浦山学院に対して、レフトの平野の「エラー」で逆転サヨナラ負けを喫していた。


 だが、その年は、一味違った。


 相手は、中堅どころの桶川商業高校。

 去年まで、いや一昨年までなら勝てなかったかもしれない。


 ベスト8を争うこの試合で、工藤と潮崎のダブルエースがそれぞれ4回を投げる戦略が生き、さらに9回には郭を投入。


 最後は3人できっちり抑え、5-2でベスト4に進出。


 部員に笑顔が満ちていた。

 良くも悪くも、彼女たちは確実に「成長」していた。


 もっとも、準決勝では、まだ守備に不安がある、代打から守備固めで投入した垣内のエラーで敗北。


 それでも、部員は誰も垣内を責めなかった。


 それどころか。

「ベスト4だぜ!」

「これで、夏の予選のシード権はゲットっすね!」

「シードを取れただけでも、上出来ですね」

 清原、工藤、そして石毛。


 彼女たちが中心になって喜び、新主将になった吉竹も、

「まあ、優勝できなかったのは、残念ですが、それは夏の予選に取っておきましょう。その代わり! 夏は絶対優勝ですわよ!」

 張り切って、部員に発破をかけていた。


 実際、彼女の言う通り、「シード権」を取るのと、取らないのとでは、大きな「差」が生まれる。


 つまり、高校野球は全てトーナメントだからだ。


 シード権がない状態では、激戦区の埼玉県では、7回は勝たないと優勝できないが、シード権を得ると、6回になる。


 我が校は、創部以来初の、「シード権」を獲得。


 地元のネットニュースでも取り上げられていた。


 部員たちは、さらに研鑽を積み、渡辺先生の猛練習にも耐えて、夏へと突き進む。


 この間は、俺にとってはあっという間という印象だった。



 7月。

 埼玉県の県予選が始まる。


 初戦は、シード権を得た状態なので、2回戦からだった。相手は北朝霞きたあさか女子高校。この少子化の時代には珍しい「女子校」だったが、正直「弱小」だった。


 試合は、我が校の優勢に進み、4番清原、5番石毛のホームランを含む、先発野手全員安打で、一挙に12点も取り、12-0で5回コールド勝ち。

 投げては、潮崎・工藤が完璧なピッチングで、相手打線を寄せ付けなかった。


 3回戦は、熊谷くまがや実業。この高校には、我が校と同じように「二枚看板」のエースがいたが。

 この試合では、伏兵とも言える、平野や潮崎が活躍。平野のタイムリーヒット、そして潮崎のスクイズで点を重ね、1年生の鈴木の犠牲フライや垣内のホームランで8-2と快勝。

 投げては、潮崎・工藤に加え、新戦力の石井がワンポイントとして活躍。


 4回戦は、上尾あげお宝明ほうめい高校。相手のピッチャーは、そこそこ評価が高く、プロ注目とも言われた左投手サウスポーで、最初こそ苦戦したものの、一巡を回ると、攻めに転じ、終わってみれば4-1と勝利。

 この試合では、主将の吉竹が3盗塁も決め、勝利に貢献。投手では、初の先発を任せた郭が、7回4安打1失点と好投した。



 そして、やってきた準々決勝。

 相手は、あの浦山学院だった。


 かつては、エース阿波野を中心に、大島、西村などを擁し、我が校とは因縁がある、強豪校。

 もっとも、2年が経ち、向こうの戦力も様変わりしていた。


 試合前にミーティングを行う。

 主将の吉竹を中心に、我が部始まって以来の、大がかりなミーティングになった。


 ここで、意外な人物が、才能を披露していた。

 新1年生にして、新マネージャーの奈良原だった。


 彼女は、どこで調べたのか、徹底したデータを持ってきた。

 そのデータを元に、戦力を判断し、戦術を練る。


「中心選手は、間違いなく3年の若田部わかたべさんですね。エースで4番、全ての試合で先発を担い、投打で活躍しています」

 彼女のデータによると、浦山学院の今のエースは、若田部未奈美みなみ

 アイドルなみに、可愛らしい容姿を持つ割には、えげつないほどの投球をするという。


 持ち球は、カットボール、スライダー、カーブ、フォーク、シュート。最速120キロという、高校生離れした超本格派だという。


「5番キャッチャーの3年生、梨田なしださんも要注意です。埼玉県一と言われる強肩が持ち味で、長打力もあります」

 データブックを見せてもらうと、ここぞという得点圏で、非常に高い打率を誇っており、刺殺率が異様に高い。梨田春佳はるかという、大柄なキャッチャーだという。


「そして、同じく3年生の、セカンド、浜名はまなさん。通称『バント職人』。バントの成功率が異常に高く、俊足です。小技が抜群に上手い、2番バッターですね」

 彼女によると、浜名ゆきよは、1年生時は目立たなかったが、次第に俊足と小技で頭角を現し、今や不動のセカンドになっているという。守備も上手いし、油断のならない相手だという。


「すごいわね。よく調べたじゃない、奈良原さん」

 司令塔の伊東が褒めるも、奈良原は、


「いえ。それほどでも」

 相変わらずクールな受け答えで、表情を変えていなかった。


「対策は、ありますか?」

 石毛の質問にも、奈良原は、1年生とは思えない、淀みのない返答を返していた。


「2番の浜名さん、4番の若田部さんの前にランナーを出さないこと、ですね」

「まあ、基本に忠実な野球をやることね」

 伊東が呟き、新リーダーは、


「5番の梨田さんも含めて、クリーンナップは全て要注意ですわね」

 相変わらずのお嬢様口調で、告げ、


「とにかく、ここまで来たからには、何が何でも絶対に勝ちますわ。いいですこと、みなさん?」

 意志の強そうな鋭い目つきで、部員を見回していた。


「今のお前たちなら、心配はしてないが、油断はするな。どんな相手でも全力プレーで行け」

 もはや俺にはそれしか言えないかもしれない、と思った。


 それほどまでに、彼女たちは「成長」していたからだ。

 生徒たちは、一様に頷く。


 そして、翌日に試合は、さいたま市営大宮球場で行われることになった。


 ところが、当日の天気は「雨」だった。

 「野球の神様」は、そう簡単には、彼女たちを甲子園には連れて行ってはくれなかったのだ。


 その「雨」が最大の敵となる。

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