第92話 吉竹流

 新学期に入り、まず最初に取り組むべきこと。

 それは、実は監督の俺にとっても、懸念事項の一つでもあった「リーダー」についてだった。


 1年生の時以来、ずっと潮崎が「主将」を務めてきた。

 彼女自身に何か大きな問題があるわけではない。ないのだが、悪く言うと「可もなく不可もなく」状態だった。


 言い換えれば、「マンネリ化」してきていた。


 そこで、俺は潮崎も含めて、部員全員とマネージャーにアンケートを取った。

「リーダーに真に相応しいのは誰か」

 もちろん、アンケートなので、個々人の名前記載はしなくてもよく、「匿名」での投票にした。


 その結果。

 驚くべきことに、俺自身が密かに思っていたのと、同じ結果になった。


 全部員+マネージャーで計16人。そのうち、実に半数以上、割合にして7割方が選んでいたのが、


「吉竹」


 だった。


 実は密かに、彼女の「リーダーシップ」に注目していた俺も同意見だった。もちろん、彼女に期待する部分はそれ以外にもあったが。


 潮崎と吉竹以外の3年生で個人的に思っていたことは。


 伊東は、確かに「司令塔」に相応しいところがあるが、悪く言うと、「目立たない」し、「縁の下の力持ち」が似合うタイプだ。


 笘篠は、カリスマ性はあるが、いかんせん「気分屋」なところがある。リーダーには少し向かない気がした。


 清原は、悪く言うと「怖い」。下級生を怖がらせ、委縮させてしまう恐れがあった。


 石毛は、優等生的ではあるが、「クセ」がなさすぎて、逆に面白みに欠ける部分があった。


 平野は、「弱々しい」部分がある。というか「卑屈」な部分が隠せないから、リーダーには向かない。


 つまり、消去法で言っても「吉竹」になっていた。



 ということで、ある日の放課後の練習前。

 潮崎含め、部員には内緒にしたままで、切り出した。もっとも、生徒の何人かは察していただろうが。


「主将を換えたいと思う」


「先生。私じゃ不満ですか?」

 真っ先に不満の声を上げたのは、現リーダーの潮崎だった。


「そうじゃない」

 面倒だったが、彼女に説明することにした。


「潮崎は潮崎で悪くはないが、今年は泣いても笑っても、お前たち3年生にとって、最後の年だ。だからこそ、リーダーを変えて、心機一転挑みたいんだ」

 そう説明すると、渋々ながらも、潮崎は頷いた。


「吉竹。お前を新主将に任命する」

 そう告げ、彼女の方を見ると。


「えっ。わたくしですか?」

 何も聞いていない彼女は当然ながら、ビックリしたように目を丸くした。


 だが、もちろん俺には彼女を選ぶ理由があった。

「どうしてわたくしなのでしょう?」

「お前が一番、『』からさ」


「熱い?」

「そうだ。一見、物静かに見えるが、内に秘めた闘志は、まさに『熱血』だな。負けず嫌いと言ってもいい。その勢いで、みんなを引っ張ってくれ」


「でも……」

 どこか、戸惑ったように、中空に目を泳がせる彼女だったが。


「いいじゃん、吉竹さん。私はいいと思うよ。ウチのチームで一番、『熱い』しね」

 笘篠が、


「私も吉竹さんに賛成です」

 石毛が、


「吉竹なら、反対はないぜ」

 清原も、


「吉竹さんに着いて行きます!」

 平野まで、


「いいんじゃないかしら? 熱くて、冷静でもあるし」

 伊東が、そしてついに、


「愛衣ちゃんなら、しょうがないかな。主将、がんばって」

 潮崎までもが譲った。


 これで、吉竹本人を除く、3年生全てからの推薦を受けた形になる。


 もちろん、2年生や新1年生からも、特に不満の声は出なかった。


 吉竹本人をもう一度、見る。

 この2年で、一気に急成長したのは、「足」や「野球」だけではなく、背丈が5~6センチも伸びて、166センチくらいに伸びていた。


 元々スラっとした、モデル体型でもあるが、さらに美しさに磨きがかかったように見える。

 つまり、「見た目」の洗練さ、メディア受けがいい、ことも密かに狙っていた。


「わかりましたわ。お引き受けします」

 彼女はようやく決意したため、俺は吉竹をみんなの前に立たせる。


「じゃ、リーダー。決意表明を」

 すると、彼女は、小さな「咳払い」をすると。


「いいですか、みなさん。やるからにはトップを目指しますわよ」


「トップ? 甲子園に行くこと?」

 潮崎が発した、何気ない一言は、彼女自身の当初の「目標」でもあったのだが。それを聞いた新リーダーは、にわかに眉根をひそめた。


「甲子園にこと? 潮崎さん、あなたがそんな甘っちょろいことを言ってどうするのです? トップですよ。つまり、甲子園優勝以外ありえませんわ!」

 高らかに宣言し、部員からは、「おおっ!」と歓声が上がっていた。


(くくく。やっぱり吉竹は面白い)

 ある意味、俺の「狙い通り」だった。


 彼女は、最初こそ「野球なんてくだらないスポーツ」とまで言っていたが、一度「火」が点くと、「燃える」タイプなのだ。


 部員の「士気」を高めてくれる、こういうタイプがリーダーの方が、盛り上がる。どうせ勝てないのなら、せめて「士気」だけでも上げておきたい。


「まあ、言うだけなら簡単だがな。さすがに優勝は無理だろ。せいぜい頑張れ」

 発破をかけたつもりだったが、逆に吉竹からは、睨まれた。


「監督さんがそんな弱気でどうするのです? やるったら、やるんですよ」


「お前。ホントに面白いな」


「なっ。バカにしてるんですの?」


「してねえよ。褒めてるんだ」


「納得いきませんわ」


 いつの間にか、吉竹と言い合いになっていた。

 しかも部員からは、「仲いいねー」とか、「夫婦めおと漫才みたい」、「痴話喧嘩だ」という、明らかに「からかう」声まで響いてくる。


 だが、ともかく、こうして俺の目論見通り、吉竹愛衣が新主将に就任した。


 しかも、最初に彼女がやったことは、「盗塁」強化だった。


 曰く。

「足の速さが、必ずしも盗塁の成功に結び付くわけではありませんわ」

 いきなり部員全員の前で、そんなことを言い出した。


 何を始めるのか、興味深く見守っていると、彼女は、潮崎、伊東以外の部員を一塁前に集め、1人1人に盗塁練習をさせた。吉竹自身は、一塁のコーチャーズボックスに入る。


 もちろん、一塁手には選手を交代で入れ替えながら。


「いいですこと? 盗塁の秘訣は、『最初の一歩』にありますの」

「最初の一歩?」


「そうですわ。盗塁というのは、ピッチャーの方を見ながらも、横に走り出さないといけないのです。つまり、どうしても数歩分、ピッチャー側に膨らむのです。その数歩のロスが、盗塁失敗に繋がるのです」

 頭のいい彼女らしく、実に理論的だった。


 吉竹曰く。

 塁間の約27メートルの中で、その「数歩膨らんだ」分だけ、盗塁死に繋がる確率が上がる。逆に言うと、たとえ「足が遅い」選手でも、やり方一つで、次の塁を狙えるのだ、という。

 しかも、「初動で筋肉を柔らかくして、ゆったりと」走り出すことがコツだという。


 さすがに、我がチームの「盗塁王」の言葉は、説得力があった。


 俺は、黙ってバッターボックスに立ち、バットを振るフリをする、似非バッター役を務めながらも、見守っていた。


 しかも、吉竹のアドバイスが効いたのか、元々足が「速く」はない、笘篠や石毛、さらには平野まで盗塁を成功させていた。


 同時に、これはキャッチャーの伊東の肩を鍛える、いい練習にもなった。


 終わってみると、多くの選手が、吉竹のアドバイスで盗塁に成功していた。


「すごいな、吉竹流盗塁術」

 彼女を労いに、一塁に向かうと。


「なんですの、監督さん。その武術の流派みたいのは?」

 彼女は、笑顔を見せながらも、「やりきった」ような清々しい顔をしていた。


「いいですね、吉竹流。私、弟子入りします!」

 しかも、それを聞いていた、元・剣道娘の石毛が、妙に張り切って、彼女に「弟子入り」志願をしていた。


「吉竹流。なんかカッケーな」

「吉竹流盗塁術。いいんじゃね? 面白いし」

 清原や笘篠まで、面白がっている始末。


 部員に笑顔が溢れていた。

 そう。俺が狙っていたのは、そういう部分で、「仲良しクラブ」になりがちな、優しい性格の潮崎よりも「厳しい部分」と「優しい部分」を併せ持つ、気が強いが、しっかりしている、吉竹を担ぎ上げる目的があった。


 ともかく、チームの雰囲気は、少し良くなったような気がしていた。


 そして、ついに「夏の甲子園」を目指す最後の戦いが始まる。

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