第91話 新たなる風

 2064年4月。


 いよいよ新学期がスタート。俺にとっては、この高校に赴任してきて、3年目の春。

 今年の誕生日を迎えれば、26歳になる。

 そして、この年、18歳になる、「俺と一緒に」最初からこの高校で野球をやって、甲子園を目指していた、7人の「彼女たち」の最後の季節がやってくる。


 潮崎、伊東、石毛、吉竹、笘篠、清原、平野。

 彼女たち7人にとっての、「最後の夏」まで残り3か月。


 4月の始業式が終わり、最初の部活動でのミーティング。

 俺がスカウトした彼女たちが、無事に入部してきたのを見て、内心では冷や冷やしていた俺は安堵する。


 みかんの大器こと、垣内美憂。芦ヶ久保中学のアベレージヒッター、鈴木茉莉也。特に鈴木は、強豪の浦山学院からスカウトを受けていたから、入ってくれるかは、半信半疑だった。


 垣内は、ポジションが外野手。特段、肩が強いわけではなかったが、外野の控えとしては使えると想定できた。


 鈴木は、ポジションが内野手。遊撃手以外の一塁手・二塁手・三塁手を守ることが出来るらしく、ユーティリティープレイヤーとして、こちらも守備固めや代打に使えると想定できた。


 そして、さらに。

「石井あおいです! ポジションはピッチャーです! よろしくお願いします!」

 やたらと気合が入った、大きな声。

 何よりも、身長がデカかった。

 身長178センチくらい。

 一応、180センチ以上はある、男の俺から見ても、見劣りしないくらい大きい。


 しかも、大きいくせに、髪型が、三つ編みという、なんだか学級委員長みたいなヘアースタイルが、妙にギャップがあった。


 ウチでは、一番の高身長の清原よりデカい。

「デケーな」

 その清原でさえ驚いていた。しかも、相手はまだ高校1年だ。


 いきなり、入部希望を出してきた、彼女、石井碧。

 聞くと、中学までは軟式野球を経験。野球経験自体は、小学校の時から。エースで4番も任されていたこともある、という。


 いきなりの将来有望株の選手の入部だった。


 しかも、欲しかったピッチャーだ。

(これで、潮崎、工藤、郭、石井と4枚も使える)


 監督を務める俺にとっては、そこが一番重要で、一番嬉しいポイントでもある。


 高校野球は、もちろん、プロ野球ほど投手を何人も投入するわけではないが、トーナメントという、負けが許されない戦いをすることにもなるから、予備戦力はいくらいてもいいのだ。


 特にピッチャーは多い方が助かる。


 実際に、この石井の投球を見てみると。

 球種は、カーブとスライダーが中心の、オーソドックスな右投右打の投手だが、体幹がよく、制球力があった。ワインドアップからアーム式のスリークォータースタイルのフォームで、球速も1年生にしては、かなり速い。


 ただ、高身長から、速度と角度のある球を投げ込むため、この身長差が有利になる可能性があり、ワンポイントとしては使えるかもしれないが、いかんせんまだ粗削りだった。



 これで、3年生は。

 潮崎、伊東、石毛、吉竹、笘篠、清原、平野の7人。


 2年生は。

 工藤、佐々木、田辺、郭の4人


 1年生は。

 垣内、鈴木、石井の3人。


 計14人にもなる。

 1年生時には、ギリギリの9人、2年生時には、12人に増えたが、辻と羽生田が抜けて10人だった我がチーム。


 ようやく余裕が出てきたが、これもプリンセストーナメントでの知名度上昇のお陰だった。


 実際、校長によればわずかだが、入学希望者が増えた、という。もっとも、少子化の波が押し寄せている世の中だから、雀の涙程度だが。


 さらに、

奈良原ならはら美咲みさきです。マネージャー希望です」

 鹿取の後輩でもあり、後釜でもある、新たなマネージャーの女子までもが入部。


 マネージャーを入れると、総勢16人。監督の俺と、顧問の渡辺先生を入れると18人という、大所帯になった。


 それでも、選手に限れば、ベンチ入りの18人に満たないが。


 その奈良原美咲は、鹿取とは違った意味で、少し「近寄りがたい」ところがある少女ではあったが。


 まず、滅多に笑わない。

 クールなのだ。無口で、無表情なところが、少しだけ辻を思わせて、懐かしい気持ちがしたが、辻とは違い、なんというか、ミステリアスなところがある、クールビューティーな少女だった。


 いつも、部活動は決まった時間、つまり終わりの6時きっかりになると「お先に失礼します」と言って、帰ってしまう。


 どうも部員とは、一定の距離を置いているように見えて、俺はもどかしい思いを感じていたが。


 決して「仲良しクラブ」ではないものの、少しくらいは交流を持って欲しいものだ、と思った。


 そのため、しばらくは様子を見ていたものの、4月下旬になって、俺は奈良原とはクラスが一緒だという、鈴木に、6時以降に、彼女が帰った後にこっそり聞いてみた。


 すると。

「ああ、奈良原さんは、ご自宅が大変なんだそうです」

「大変って、何が?」


「両親が離婚して、母子家庭で、しかも弟と妹の面倒を見ているんだそうです」

「へえ」


 少しだけ意外だった。

 クールで無口で、何を考えているかわからないところがある彼女だったが、実は家庭的で、家族の面倒を、母に代わって見ているのだ、ということを鈴木は語ってくれた。


 人は見かけによらないものだ。

 それは、鹿取にしてもそうだろう。


 しかし、なんだって、我がクラブには、こういう「特殊な」事情を持つ生徒ばかりが入るのか。


 ここは、「駆け込み寺」ではないのだが。


 こうして、「新しい風」を入れたにも関わらず、変わっていないものもあった。

「工藤さん! 次は私が投げるって言ったでしょ。マウンド譲ってよね」

「潮崎先輩は、さっき投げてたじゃないすか。あと50球、いやせめて20球」


「いいからどいて」

「だから、もうちょっと待って下さいっす」


 相変わらず反目し合っている、ウチの2大エースが、マウンド上で口喧嘩していた。


 確か、去年の夏に、色々とあって、「仲直り」したような話を、伊東から聞いていたのだが。


 たまたま傍でトンボをかけていた、伊東に、手で合図をして、近くに来てもらった。

「あいつら、仲直りしたんじゃないのか?」


 すると、彼女は、柔らかく微笑み、生暖かい目で、マウンドを見つめていた。

「しましたよ、一度は」

「一度は?」


 俺の言いたいことがわかっていないのか、それともわかっていてわざとなのか、伊東はいたずら子のような笑顔で、


「喧嘩するほど仲がいい、って言うじゃないですか。心配いりませんよ」

 と言っていたが。


(本当に大丈夫なのか? エースがぶつかってちゃ……)

 内心では、どうにも冷や冷やしてならない俺だったが。


 その気持ちとは裏腹に、彼女たちは、実は水面下で「切磋琢磨」する相手になっていた。

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