第9章 嵐の前の静けさ

第88話 両手に花の恐怖

 プリンセストーナメントは無事に終了し、俺は校長に結果を報告。

 もちろん、ベスト4という好成績を収めた我が校は、その後マスコミから取材が入ったことも手伝って、「廃校」の話自体が、立ち消えになった。


 もっとも、それはやはり「延期」になっただけで、翌年の入学生徒数によっては、廃校という選択肢も視野に入るそうだ。


 12月に入り、山間部の盆地、秩父に寒い冬が訪れていた。


 クリスマスを目前に控えた、2063年の12月23日。

 その日は、日曜日だった。


 俺はすでに25歳の誕生日を迎えている。


 その日は、練習を休みにしており、師走の忙しい日々から解放された俺は、秩父のとある場所に、買ったばかりの電動バイクで向かった。


 秩父ミューズパーク。


 秩父中心部から、荒川を越えた先の、丘の上にある、広大な面積を持つ公園で、秩父の街を見下ろすことができ、俺が暮らしている武州中川高校近くのマンションからも、バイクで10分ほどで行ける。


 要はただの「気晴らし」だった。

 別に今、付き合っている特定の「彼女」もいなかったし、日々、生徒たちの相手ばかりしていても疲れるからだ。


 この日、1人でぶらぶらとバイクを走らせ、広大な秩父ミューズパークの中心部にある、駐車場にバイクを停め、1人ぶらぶらと展望台へと向かって歩いていた。


 この展望台からは、秩父の街を見下ろすことが出来るし、たとえ1人でも、気晴らしにはいいだろう、と思ったのだが。


 着いてみると、先客こそまばらにいたが、見知った顔はいなく、ただ眼前に広がる雄大な秩父の景色、そのはるか先に見える武甲山の偉容が、澄んだ空気の、張り詰めたような冬空に映えて、美しかった。


 景色をしばらく1人で堪能した後、戻ろうとすると、通りの向こう側、階段を駆け上がってくる白いジャージ姿の女子がいた。


 最初は、遠目でわからなかったが、よく見ると、身長が158センチほど、セミロングの髪、大きな目、そして細い手足には見覚えがあった。

 近づいてくるにつれて、「彼女」がこっちに気づいて、笑みを見せた。


「あ、森先生!」

 もちろん、その相手は潮崎唯だった。


 足を止めて、俺の方を見つめる彼女。表情が明るかった。すぐ真上には、階段の上に建つ、不思議な鐘のようなモニュメントがあった。


「潮崎。ランニング中か?」

「はい。先生はどうしてここに?」


「まあ、俺はただの気晴らしだ」

「そうなんですか。ここ、私のランニングコースなんですよ」


 嬉しそうに語る彼女に付き合って、しばらく並んで歩いて、駐車場に向かった。

 せっかく、生徒たちから離れて、気晴らししようと思ったら、また生徒に遭遇する。もっとも、秩父は小さな街だから、仕方がない部分があったが。


 一昔前よりは、体力がついてきたようにも見える彼女。

 最近、以前よりも「可愛らしく」なったような気もしていたが、所詮は25歳の俺から見れば、17歳とはいえ「子供」に見えるし、どうしても「保護者」目線で見てしまうのだが。


 色々と話しているうちに、駐車場が近づいてきた。


 すると、今度は、特徴的な派手な赤いジャージ上下の女子が、並木道の向こう側から走ってきた。


 身長は155センチ程度。シャギーボブヘアーが特徴的で、釣り目がちな目が、まるで猫のように見える。


「あー、監督サンに潮崎先輩。なにしてるんすか、デートっすか? 校長か渡辺先生に言いつけるっすよ」

 鋭い視線を送って、足を止めたのは、もちろん、工藤だった。


「違う違う。たまたま会っただけだ」

「そ、そうだよ、工藤さん」


 慌てて否定する俺と潮崎を交互に見て、しかし工藤は、


「なーんか怪しいっすねえ」

 とじろじろと無遠慮に見つめてきた。


「怪しくねえよ。そもそも俺は、もう25だぞ。高校生なんてガキにしか思えないし、親戚の子供みたいなもんだ」

 俺が密かに思っていたことを口走ったのが、少々マズかった。


 頬を膨らませ、露骨に「彼女」が睨んできた。

「ちょっと先生。そりゃないんじゃないですか。親戚の子供って。私、これでも17歳の乙女なんですよ」

 しかし、その一言に、今度は工藤が大笑いしていた。


「ぷははは。先輩。乙女って。普通、自分で言わないっすよ。マジ受けるっす!」

「そういう工藤さんだって、16歳でしょ。いや、まだ15歳? 先生から見たら、全然子供でしょ」


「16歳っすよ。なんすか、1個しか違わないっすよねえ」

「何よ」


 たちまち険悪な雰囲気が2人の間に漂い始めたため、俺は溜め息を突き、

「お前ら、まだ仲悪いのか? チームメートなんだから仲良くしろ」

 と、諭すように口に出したのだが。


 思春期の「乙女」2人の神経を返って逆撫ですることになってしまう。

「先生は、私と工藤さん、どっちの味方ですか?」

「そうっす。白黒はっきりつけて下さいっす。ぶっちゃけ、どっちが好みっすか?」


 そんなことをいきなり話題として振られることになった俺は、戸惑うと同時に、苦笑を浮かべるしかなかった。

「どっちの味方でも好みでもねえよ。ただの教師と生徒だ」


 だが、その一言が「彼女たち」に火をつけたようだ。


 次の瞬間、いきなり工藤に、左腕を捕まれた。というか、彼女は左腕に腕を絡めてきた。

「じゃあ、ちょっと『可愛い生徒』に付き合って下さいっす」


 しかもそれを見た、潮崎まで、

「ちょ、工藤さん? 何やってんの?」

 言うが早いか、彼女は俺の右腕に絡みついた。


「ズルい。先生、私も付き合って下さい」

 両側から女子高生2人に挟まれる、という、恐らく、世の中の「ロリコン」からすれば、垂涎の状況だが、あいにく俺はそもそも「ロリコン」ではなかった。


 どちらかというと、もっと年上の、それこそ「大人」な女性が好みだ。


 容姿だけなら、渡辺先生。あるいは生徒なら、大人っぽくて色っぽいところがある、吉竹の方が「女性」としては魅力的に見える。


 大体にして、2人とも、そもそも「胸」が成長してないのが明らかだったし、身長も180センチを越える俺から見れば低いし、見るからに童顔な2人だ。その意味でも「子供」にしか思えないのだった。


 なので、


「お前ら、離れろ。俺はJKには興味ないって言ってんだろ」

 突き放すように口に出していたが、


「『両手に花』の状態で何言ってるんすか、監督サン。ホントは嬉しいんすよね?」

「そうです。花の女子高生ですよ」

 工藤も潮崎も、俺をからかっているのか、本気なのか、わからない有り様だった。


 仕方がない。

 俺は決意することにした。


「お前ら、そんなことやってると、それこそ俺が校長に訴えるぞ」

 さすがにその一言が効いたのか。


 渋々ながらも、先に工藤から手を放し、次いでそれを見ていた潮崎まで手を放した。


「つまんないっすね、大人って」

「ホントですね。年の差なんて、関係ないですよ」


 工藤も潮崎もそんなことを口走って、口を尖らせていた。


 だが、やはり25歳の俺から見れば17歳の潮崎とは8歳違い、16歳の工藤とは9歳違いだ。


 一緒に酒も飲めないし、おまけに未成年だから、ちょっと校外で「付き合う」だけで犯罪者扱いにされかねない。


 そもそも「教師」という職業は、元々この手の「ロリコン」が多いから、昨今は監視の目が非常に厳しいのだ。


 どこで誰に見られて、「訴え」られるかわからないから、ある意味、女子高生は「恐怖」の対象だ。


 仕方がないので、俺は彼女たち二人を納得させる、究極の言葉を「投げる」ことにした。

 これは、恐らくどんなボールよりも、効果があるはずだ。


「お前らなあ。俺と一緒に酒が飲める年になって、いい女になったら考えてやる」


「ホントですか? 約束ですよ?」

「マジっすか? 監督サンがビックリするくらい、いい女になってるかもっすよ?」


 2人は、目を輝かせていた。

(チョロい)

 とも思ったが、同時に、


「もっとも、その年まで俺が誰とも付き合ってない、という保証もないし、その年までお前らが俺のことをどう思ってるか、わからんしなあ。やっぱり親戚の子供みたいなもんだな。もしくは妹か」

 その一言を投げかけると、彼女たちは、予想通り、不満そうに、顔を顰めた。


 同時に、彼女たちが「酒を飲める」ようになる3、4年後には、俺はもう30歳近いアラサーになっている。彼女たちからすれば「おっさん」だし、興味を失うだろう、という目算もあった。


「親戚の子供はないですね」

「妹って。バカにしてるんすか?」


 彼女たちは、「不機嫌」になっていた。


 もっとも、俺からすれば、やはりまだまだ「子供」に見えてしまうのだが。

 容姿からすれば、恐らく客観的にはそれなりに「可愛い」2人なのだが、何分、ずっと「監督と選手」として、「教師と生徒」として、付き合ってきた俺たちだ。


 今さら「恋愛感情」なんて、沸くわけもないし、そもそも年の差がありすぎる。


 だが、人生とはどう転ぶか、わからないものだ。


 この時、実はすでに俺は「彼女の策」にハマっていたのかもしれない。後になって考えると、そう思わせる節がこの出来事にはあった。


 というよりも、「彼女」の思いを「甘く」見ていたのかもしれないが。


 ともかく、こうしてこの年が暮れて、2064年を迎える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る