第87話 来年の夏は

 彼女たちのプリンセストーナメントは終わった。


 残念ながら、優勝こそ出来なかったものの、準決勝まで進み、ベスト4。俺としては十分な成績だと思った。


 胸を張っていいと思う。

 そう思っていると、試合終了後に、その対戦相手の沖縄城学の監督が、改めて挨拶に来た。


 身長165センチくらい。年齢的には30代くらいと若く見えるが、もしかしたら40代かもしれない。


 微妙な年にも見えるが、若さと美貌を保っているその人が、真喜志彩香監督だった。


「素晴らしい試合でした。ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げて、握手を求めてきた彼女。


 握手を交わしながら、

「こちらこそ。伊良部選手、さすがですね。石嶺さんも良かったです」

 素直な感想を述べると、彼女はわずかに微笑みながら、


「ありがとうございます」

 とは言っていたが、すぐに表情を曇らせて、


「でも、決勝戦は、大阪応印ですか。ある意味、運が悪いです」

 と呟いていた。


 俺には、その意味するところが、わかってしまった。

「そうかもしれませんね。全国レベルの強豪校ですね」

「ですね。特に、門田かどたさん、新井さんの中長距離砲、さらに一年生エースの『天才』の村田さん。まあ、『黄金世代』ですからね」


 そう。一応、雑誌やネットニュースで知っていたし、もちろん伊東や鹿取が調べてくれていた。


 大阪府代表として、去年、今年と連続で甲子園に出場している、甲子園常連校にして、強豪校。

 大阪応印高校。


 男子も女子も野球が強く、積極的に野球留学も受け入れていた。


 特に現在2年生の門田真綾まあや。一塁手で、主将。難しい内角球をさばく、『一本足打法』が話題の長距離砲だという。


 さらに同じく2年生の二塁手、新井夏織かおり。右投両打のアベレージヒッターで、振り子打法が特徴的だった。守備力が抜群に高く、身体能力が並みのアスリートレベルを越えている、と言われていた。


 そして、1年生ながらエースの村田琴乃ことの。1年生とは思えない、無尽蔵の体力を有し、伊良部にも劣らないほどの剛速球と、鋭く落ちるフォークを持ち、さらにスライダーもカーブも操る、本格派の「天才」と呼ばれる、「10年に1人の逸材」らしい。


 まさに「隙がない」全国区の優勝候補ナンバー1と言っていいし、今年か来年が、まさにその「黄金世代」が力を発揮する年だろう。


 結局、真喜志監督と話し込んだ後、俺はナインを集めて、翌日の決勝戦の話をすることにした。


 もちろん、

「お前ら。せっかくここまで来たんだ。試合、見るだろ?」

 という話だが、生徒の誰も反対する者はいなかったし、


「大阪応印対沖縄城学かあ。面白そう!」

「どっちが勝ってもおかしくないですね」

「しゃーない。ここまで来たら、見て、研究しようか」

 生徒たちは、口々に興味を示していた。


 学校の経費で、その日もホテルに泊まり、翌日の決勝戦に、スタンドから試合を眺めることにした。


 試合は、先攻が沖縄城学、後攻が大阪応印で始まった。

 先発は、もちろん沖縄城学は伊良部、大阪応印は村田。互いにエース同士の対決になった。


 試合は、最初こそ沖縄城学がリードして、石嶺のタイムリー2ベース、伊良部の犠牲フライで2点をリード。


 ところが、5回裏。

 一巡してから、大阪応印の「猛攻」が始まった。


 1、2番が出塁し、3番の新井が、得意の振り子打法で、右中間を破るタイムリー2ベースであっという間に同点。


 続く4番の門田は敬遠されたが。5番の選手がタイムリー2ベースで逆転。


「あの新井って選手。マジですげえな。お手本みたいなバッティングだぞ」

 普段、あまり熱心に試合を見ないようなところがある、というか努力している姿勢を見せない笘篠が、真剣に試合に見入っており、特に同じような立場の新井に注目していた。


「門田ってのもすげえな。あのデカい体から、よく窮屈な内角球をあそこまで運べるもんだ」

 4番の清原は、同じように4番の門田に見入っていた。

 身長が172センチと、大柄な清原に劣らない、女子にしては大きな選手で、一見すると柔道の選手のように見えるが、その大柄な体躯に似合わないくらい、繊細で難しい「内角球」をさばくのが上手い選手だった。


 事実、8回にはその内角の130キロを越える、伊良部の速球を弾き返してソロホームラン。試合は終盤に入り、4-2と大阪応印がリードしていた。


 そして、9回表。

 マウンドに立ち続けたのが、大阪応印のエース、村田。


「すごいスタミナ。本当にあの子、1年生? 工藤さんより体力あるんじゃない?」

「そうっすね。それにあの剛速球に、鋭く変化するフォーク。ありゃ、並みの選手じゃないっす」

 珍しく、仲が悪い、と思われていた潮崎と工藤が、村田に見入っており、互いに感想と意見を交わしていた。


 やはりそこは「野球好き」という共通点がある。


 たとえ、「意見が対立」しても最終的には「野球」が二人を結び付ける。そう思うと、俺個人としては「嬉しい」気持ちが湧き上がってくるのだった。


 実際に、彼女たちが、春先より仲良くなったのか、対立の溝がなくなったのか、それはもちろん俺には明確にはわからなかったが。


 そして、実際にこの「村田」が規格外だった。

 1年生ということは、まだ16歳。もしかしたら15歳かもしれない。


 なのに、まるで大人のような雰囲気を醸し出す、「老成」したような1年生で、すでに「貫録」すらあるような、圧倒的な投球術が光っていた。


 少しも動じない、堂々とした態度。正確無比なフォークボールの軌道。繰り出される剛速球。


 「隙」が少しもなかった。


「大阪応印高校、やりました! 初代プリンセストーナメント、優勝! おめでとう!」

 終わってみれば、終盤に追加点を奪った大阪応印が、沖縄城学の反撃を許さず、そのまま4-2で勝利。


 このプリンセストーナメントの初代チャンピオンに輝いていた。


 大会は終わり、俺たちは帰る。

 そして、「彼女たち」こそが、「来年の夏」のライバルになる存在でもあったのだが、この時の彼女たちは気づくはずもなかった。

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