第86話 南海超特急(後編)
回は8回表。
6番の伊東からの打席。
相変わらず、というよりもこの回に入り、球数的には80球を越えていても、伊良部の「速度」は落ちていなかった。
ストレートで押してからの、決め球のフォークはさすがに「読まれる」と思ったのか、攻め方を変えて、初球フォークから、決め球にストレート、あるいはフォークを交えてきていたが。
追い込まれてからの、125キロのストレートを、力でライト前に運んだ伊東。なんだかんだで、体重がある分、「力」の使い方を間違えなければ、彼女は打てる。
7番は、潮崎から代わった工藤。
ピッチャーとしても優秀だが、実はバッターとしても優れている工藤は、潮崎とは違うタイプだ。
ストレートの速さにも「慣れて」きたのか、2球目の129キロのストレートを、逆らわずに同じくライト線へ「流し打ち」していた。
ノーアウト一・二塁。ようやくチャンスで、8番の佐々木。
彼女は、残念ながら、きわどいコースに翻弄されて、見逃し三振。
1アウト一・二塁で9番の平野。
こういう時の「プレッシャー」に一番弱い彼女が、このチャンスの場面で打席に入る。
仕方がない。
イチかバチか。俺は打席に向かう前に、ネクストバッターズサークルにいた彼女に、伝言を伝えに、潮崎を向かわせる。
伝言は、一言だけ。
「球速を恐れるな。伊良部の球は速いが、その分、コントロールは潮崎ほど良くない。四球狙いで十分だ」
戻ってきた潮崎が、
「あんなんでいいんですか?」
と首を傾げていたが、
「いいんだ」
とだけ俺は答えていた。
そして、2ストライク3ボール。2球をあっさりと空振りしていた平野。そこから意外にも粘って、見極めていた。
「ボール、フォア」
そして、まさにストライクとボールのギリギリのきわどいコースを見極めて、塁に出た。
「ナイセン!」
ベンチから声が飛ぶ。
小さな体の目立たない彼女が、必死に掴んだ、一塁。
1アウト満塁の絶好のチャンスだ。一打出れば、同点か逆転に持ち込める。
ところが、続く先頭バッターの吉竹は、意外な行動に出た。
初球から、「スクイズ」に行った。あまりにも速い球で、彼女はタイミングが合っていなかった、というのもあるのだろう。サインは出していなかった。
だが、これが意表を突く形で、三塁側に転がり、俊足の吉竹が一塁へダッシュ。残念ながら、わずかな差でアウトになっていたが、それでも1点は還して、2-4と迫る。
石嶺はじめ、沖縄城学のナインがマウンドに集まる。
一方で、ベンチでは、比較的、若い監督の
そろそろ交代か、と思いきや。
伊良部は、何度も頷いており、交代はせずに続投。
続く2番の田辺。ここのところ、いいところがない彼女。
仕方がない。またも俺は、伝令を走らせる。今度は彼女と同学年の佐々木だ。
戻ってきた佐々木は、
「監督~。あんなんで、ホントに効くんですかぁ?」
かなり信用していないような、疑いの目を向けてきた。
それもそのはず。
俺が伝えた言葉は、
「思いっきり行け。どんなにすごい投手でもお前とは1歳しか違わないんだ」
だったからだ。
「いいんだ」
平野の時と同じように、俺は答えていた。
だが、
「ストライーク! バッターアウト!」
まあ、そんなに簡単には行かない、とは思っていたが、田辺は三振に終わり、追い上げはここまでだった。
しかもその8回裏。
ついに、工藤が「捕まった」。
4番の石嶺に、速い球を狙い打ちされて、2ベースヒットを打たれ、5番バッターには、ライト前に運ばれ、さらに6番に三遊間を抜かれて、2-5と突き放される。
「すいませんっす」
何とか後続を抑えたものの、すっかり落ち込んだような表情の、工藤だったが、
「気にするな」
俺は、この一点は、仕方がない、と諦めていた。
そして、運命の9回表の攻撃。
泣いても笑っても、これで最後か、延長戦か。
3点差の我が校は、クリーンナップからの好打順。
4番の清原からだった。
前の打席に、ホームランを打っていた彼女。
速い球に追い込まれながらも、粘っていたが、最後は外の速球に空振り三振。
「なんと、球速は133キロ! 伊良部、9回にしてさらにギアを上げたか。今日、最速にして、彼女自身の最速タイ記録です!」
恐るべきは、この伊良部だった。
無尽蔵の体力、というか精神力というか。
9回にして、その日最速にして、自身の最速タイ記録に並んでいた。
5番の石毛。
この日は、三振、三振、セカンドゴロ、と全然いいところがなかった。
そんな彼女には、9回表の最初に自ら声をかけた。
「石毛。力むな。お前の力なら、ホームランも狙える。剣道で鍛えた『技』を見せろ。居合斬りだ」
だが、彼女は、それを聞いて、珍しく「笑って」いた。
「監督。何ですか、居合斬りって。でも、わかりました。今まで学んできた『力』をお見せします」
特徴的な、神主打法対トルネード投法。
世にも奇妙なフォーム同士の4度目の対決。
石毛は、意外にも「粘っていた」。
「ファール!」
3ボールから、連続でファールを3球ほど繰り返し、タイミングが合ってきているようにも見える。
7球目。
120キロを越える速球。そこから「落ちた」。フォークボールだ。
すくい上げた石毛のバットから快音が響く。
打球は左中間を破り、2ベースヒットになった。
最後のチャンスに、打席に立つのは6番の伊東。
「梨沙! がんばって!」
親友の潮崎が、声を上げて声援を送り、他のチームメートも声を張り上げる。
しかし、「野球の神様」は、必ずしも「微笑む」とは限らない。
速い球に詰まった伊東の打球は、内野のショートフライ。
2アウト二塁。
7番の工藤の打席。
彼女には、何も声をかけない。
むしろ、「こういう時」のプレッシャーにも強いのが、彼女の強みだからだが。
まあ、そうは言っても相手は、世間で注目を浴びる、「超速球派」にして、スタミナ十分の「南海超特急」。
ある意味では、一枚も二枚も上手だった。
速いストレートで見せた後、最後はタイミングを狂わすような、ゆるいカーブを放ってきた。
この試合でほとんど見せていない球だ。
それに引っ掛かった工藤が、手を出してしまい、セカンドゴロ。
「試合終了! 5-2で沖縄城学の勝利です!」
響き渡る実況の声。
「ありがとうございました!」
整列して、頭を下げるナインたち。
誰しも「悔しそうな」顔はしていたものの、涙はなく「清々しい」表情をしていた。
こうして、彼女たちは「プリンセストーナメント」をベスト4という好成績で終える。
トーナメントは続いていた。
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