第85話 南海超特急(中編)
いきなり三者連続三振の「奪三振ショー」から始まったこの試合。
もちろん、下馬評では圧倒的に「沖縄城学」が有利とされていた。
1回裏。
マウンドに立つ、潮崎は、その「南海超特急」とは正反対の投球を披露する。
遅い。
とにかく「遅かった」。球速が常時100キロ程度。一番遅い時は、70キロ程度。いつも以上に「遅く」感じるのは、恐らく彼女が「最速」に対抗心を持っているからだろう。
だが、返って遅すぎて、俺は心配になるのだった。
(目が慣れたら、打たれそう)
と。
速い球速にも「慣れ」が必要だが、同時に遅い球速も「慣れた」ら打たれる可能性が高い。
ましてや、ここまで勝ち上がってくる高校。一筋縄ではいかないだろう。
それでも1、2番を得意の緩急自在の2種類のシンカーで打たせて取っていた潮崎は、3番バッターに、きわどいコースを見極められて四球を許し、4番を迎える。
これがまた非常に「特徴的な」選手だった。伊東が話していた、高校2年生の石嶺だった。
髪型からして、ウルフカットにアッシュグレイの、不良みたいな髪型な上に、バッティングフォームが、ありえないくらいに特徴的だった。
バットの先端を相手投手に向けるように、まるで威嚇でもしているかのような構え。しかもバット自体を顔面付近まで高々と掲げている。
はっきり言って、傍から見れば明らかに「打ちにくい」と思われる打ち方だ。だが、野球というのは、「打てれば」、「抑えれれば」何でもいいわけだ。
ある意味、伊良部といい、この石嶺といい、個性的な選手だった。
「唯一無二のスコーピオン打法から繰り出されるは、絶対長打。沖縄が生んだ、大砲。石嶺
その、「とんでもない」バッティングフォームから、繰り出される打撃が、注目を浴びることになる。
初球は、緩いカーブから入り、すくい上げるように打って、ファール。
2球目は、低速シンカーに合わせて、同じくファール。
3球目は、逆に緩急をつけて、外角にツーシームを投げた彼女だったが、これもかろうじて当てて、ファール。
当てる技術に関しては、うちの笘篠と遜色がなかった。
そして、4球目。
フォークがわずかに外れてボール。むしろ、それは「誘った」球のように見えたが、かわされていた。
5球目。
タイミングがバッチリ合っていた。
―カキン!―
小気味いいくらいの、金属バットの快音が響き、気がつくと、打球はライトのはるか後方に飛んでいた。
ライトの佐々木は、そこそこ足が速い。スタンド目がけて打球を追っていたが。
あと少しというところで、彼女は足を止めて見上げていた。
その頭上を飛んだ打球がスタンドイン。
先制2ランホームランだった。
潮崎にしてみれば、初回からいきなりホームランという、珍しくも、苦くもある思い出になるだろう。
「石嶺、ホームラン! 驚異のスコーピオン打法炸裂!」
もっとも、湧きかえる球場の雰囲気に飲まれることなく、潮崎はむしろマウンド上で、「微笑」を浮かべていた。
ある意味では、「図太い」ピッチャーの潮崎は、ただでは起きない。
だが、この試合は0-2と先制され、「最速 VS 最遅」の対決が注目を浴びる、と思いきや、全然別方向へと進んで行くことになる。
続く2回表。4番清原、5番石毛、6番伊東の我が校が誇る「クリーンナップ」がことごとく「全滅」の三者連続三振。これで伊良部は六者連続奪三振。
2回裏は、下位打線を抑えた潮崎。
3回表。7番潮崎、8番佐々木、9番平野。同じく連続三振。
「おおっ! なんと九者連続奪三振! すごすぎる、伊良部! もう誰も彼女の球を打てないのか!」
鷹野熱男が、絶叫するが、実際にそれくらい、「打てる」気配すらなかったのも事実だった。
かつて、男子野球相手に「143キロ」の球を打ったこともある彼女たちだったが、それからすでに1年近くも経っているし、あの時は即席対応だったが、それ以降、これほど速い球速の投手と対戦していないということも原因だった。
そして、3回裏。
一巡して、再び2アウト一塁という場面で、石嶺を迎える。
二度目の対決もまた、「遅い」球から入った潮崎。
落差と緩急のあるシンカーやフォークを駆使して、球速差や高低差で、抑える方針だったのだろうが。
2球目の高速シンカーを、今度はレフト線のポール際まで運ばれた。
(ファールか)
当然、そう思っていたら、運悪くなのか、それとも実力なのか、風に流された球が、レフトポールに当たっていた。
ある意味、不運な形での「ホームラン」になり、潮崎は再び2ランを打たれて、3回途中で4失点。
(これは、マズい)
野球の試合には、そして投手と野手には「流れ」や「相性」がある。この試合、そして相性という意味では、潮崎には「向かない」と俺は即座に判断。
「工藤。肩を作っておけ」
ベンチにいた彼女に命じると、俺の言葉が予想外だったのか、彼女は驚きながらも、
「了解っす」
喜び勇んで、ブルペンに向かって走って行った。
続く4回からは、「膠着状態」に入った。
4回表。
3番の笘篠の打席。
「天ちゃん!」
「ファイト!」
相変わらず、「可愛い」、というより「あざとい」彼女の打席は、声援があちこちから飛んでくる。
おまけに、彼女はある種の「天才」でもあった。
あの速球に、タイミングを合わせて、128キロのストレートをセンター前に弾き返し、ようやくこの試合、我が校初のヒットとなる。
もっとも、後続の4番清原は。
「よっしゃ! 打ってくるぜ!」
気合と共に出て行った割には、
「ストライク! バッターアウト!」
フルスイングして、三球三振だった。
「お前なあ。元気なのはいいが、少しは打ってくれ」
溜め息混じりに呟くものの、彼女は珍しく、「怒って」はいなくて、「笑顔」だった。
「まあ、監督。落ち着け。こういうガチンコ勝負なら、私は燃えるからな。次こそ打ってみせる」
ある意味では、チーム一「熱い」心を持つ彼女は、このガチンコ対決に、「心を燃やして」いるようだった。
一方、4回裏からは、工藤を投入。
この工藤が、「意外」なくらいに活躍した。
前の試合では、早々に打たれていたが、この試合は、彼女自身が「期する」ところがあったのか、いつもの投球内容とは違って見えた。
ストレートを軸にしつつも、変化球を有効に使い、しかも内と外の「クロスファイヤ」で勝負。つまり、対角線上に球を「放って」相手打線を翻弄。
気がつけば、4回から7回まで、完璧に近いくらいの投球内容で、二塁すら踏ませていなかった。
「すごいじゃないか、工藤」
6回裏を抑えて、ベンチに戻ってきた彼女に、声をかけると、
「どうもっす。今日は調子いいんす。任せて下さいっす」
彼女の声は弾んでいた。
一方で、打たれて早々に引き下がった、潮崎は「
7回表。
野球では俗に「ラッキーセブン」と言われる回。
2番の田辺、3番の笘篠が倒れ、4番の清原。
剛速球対豪打の対決再び。
前の2打席では、いずれもストレートで押してからの決め球のフォークに空振り三振に終わっていた彼女。
この打席の初球は、いきなりフォークからだった。空振り。
2球目は、内角ギリギリの胸元に迫る剛速球でストライク。球速は131キロを計測。
3球目は、またもストレートだったが、外に外れてボール。
早くも追い込まれていた。
決め球のフォークが来るか、それとも力で押すストレートか。
固唾を飲んで見守る中、4球目。
伊良部のフォームが、いつも以上に力強く、腰を捻ったトルネードだった。
(速い!)
その日、一番速かったかもしれない。男の俺の目から見ても、その球速は十分に速かったし、野球というのは、球速だけで「速い」「遅い」を論じることはできない。
要は「体感」として、打者が「必要以上に」速く感じることがある。恐らくそれがそういう球だっただろう。
が、
―パキン!―
まるで金属が歪んだような、奇妙な音だった。
打球は、ボールをわずかに「下」から捉えたバットに「乗る」ように、センターからライト方向へ。
速いライナー性の当たりだった。
あっという間に外野手の頭上を越えて、勢いを失わないままに、右中間スタンドの最前列にギリギリで飛び込んでいた。
「清原、ホームラン! やはり彼女は手強い!」
意地の一発、とも言える、伊良部対清原の「力対力」の対決は、清原に軍配が上がった。なお、その伊良部の球速は、その日最速の「132キロ」を計測していた。
というよりも、ようやく「一矢報いた」形だったが、それでも点差は1-4と3点差もあった。
続く7回裏も抑えた工藤。
8回表。
珍しく、主将の潮崎が円陣を組んだ。
「みんな。いきなり打たれて交代した私が言うのもなんだけど、この回が勝負だよ。なんとしても点を取ろう!」
「おおっ!」
遅ればせながら、ようやく彼女たちは「気合」を入れて、最速の投手に挑むことになった。
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