第84話 南海超特急(前編)

 大学野球の雄、帝峰大学をからくも下し、ついにこのプリンセストーナメントのベスト4に名乗りを上げることになった我が校。


(もうこれで、廃校はなくなるだろう)

 そう思った俺だったが、同時に、


(再来年以降はわからんが)

 あくまでも廃校が「延長」される、という措置が続いていたから、恐らく今回もそうだろう、と思うのだった。


 準決勝を戦う4チームは、我が校以外だと、次に当たる沖縄県の高校、沖縄城学高校と、同じく大阪府の強豪校、大阪応印高校、そして社会人野球の強豪、ソガサミーの4チームだった。


 ソガサミー以外は、全て「高校野球」という、まさに高校野球のレベルの高さを体現する大会になっていた。


 いつの時代も、野球に限らずスポーツには「黄金世代」というのがあるが、まさに今の高校生、いや女子高生がその「黄金世代」なのかもしれない。


「よりによって、沖縄城学ですか」

 大会8日目を前にし、7日目の試合が終わった後の試合で、社会人の強豪チーム、三穂グループを下して、準決勝に勝ち上がったのが、沖縄城学。


 その校名に、一番「戦々恐々」としていたのが、キャッチャーの伊東だった。


「強いのか?」

 試合を控え室のモニター越しに見ていた俺は、チームの司令塔の彼女に意見を聞いたのだが。


「チームが、というより、伊良部いらぶさんがですけどね」

「伊良部? ひょっとして、『南海超特急エクスプレス』か?」


「ええ」

 その名前は、聞いて知っていた。


 密かに、女子野球のニュースで話題になっていた。曰く。

「沖縄が生んだ、南海一の剛速球を投げる、女子高生最速のピッチャーがいる」

 と。


 そういえば、その「最速」の投手の所属する高校が、沖縄城学だった。

 何しろ、沖縄には縁もゆかりもないから忘れていたが。


「最速は132キロとも133キロとも言われてますね」

「133? マジっすか。化け物っすか?」

 工藤が、大袈裟なくらい驚いていたが、さもありなん、と言ったところか。


 男子野球ならともかく、女子野球の最速は、世界最速で、「137キロ~138キロ」くらいと言われている世界だ。それもアメリカ人が出した記録だ。


 なのに、高校生で、日本人で、しかもまだ高校2年生なのに、133キロを出すという。

 もはや「女子高生」どころか「女子野球」最速だろう。


 工藤も、球速が速く、最近は球速自体が上がってきたが、それでもせいぜい120キロ台がいいところだ。

 女子野球の世界では、それでも十分速いレベルなのだ。


「はっ。面白え! そんな剛速球なら、打ち崩し甲斐があるってもんだぜ」

 気が強くて、腕っぷしも強い清原は、人一倍、その対決を心待ちにしているように吠えていたが。


「そ、そんな恐ろしい球なんて、当たったら死んじゃいますよ」

 逆に一番小さくて、気弱な平野は、心底ビビっているように、縮こまっていた。


「しかも、その球速に、120キロ台のフォークまで操るんです。出来れば当たりたくなかった相手ですね」

 すでに、他チームのデータを完璧に近いくらい、洗い出していた伊東が、溜め息混じりに呟いていた。


「大丈夫だよ。私は、逆に『最遅さいち』を狙ってるからね。最速対最遅対決だよ」

 などと、リーダーの潮崎は、緊張感のない、のんきな顔をしていたが、


「あのなあ、潮崎。レースでも何でも普通は、『最速』を競うものだ。最遅を競うなんて、聞いたこともない」

 俺が呆れたように、肩をすくめたら、


「あはは。まあ、潮崎さんらしくて、いいんじゃねーの? 暗くなるより、明るく行った方がいい」

 ある意味での、ムードメーカー的存在の笘篠が、笑顔を見せていた。


 チームの雰囲気は決して悪くはなかった。



 そして、翌日の第一試合。

 「最速 VS 最遅」を競う、奇妙な試合が行われることになった。


1番(一) 吉竹

2番(二) 田辺

3番(中) 笘篠

4番(三) 清原

5番(遊) 石毛

6番(捕) 伊東

7番(投) 潮崎

8番(右) 佐々木

9番(左) 平野


 スタメンは、あまりいじらなかったが、平野が「速球が怖いので、最後で」と泣きそうな顔で訴えてきたので、9番にした。


 ある意味、そういうところが「可愛らしい」彼女なのだが、野球という「勝負」には向かない性格とも言える。


 先発は、前の試合が変化球投手に対して、速球派の工藤が先発だったから、逆を狙って「最遅」の潮崎。というより、彼女がやる気満々だったから、というのもあったが。


 オーソドックスな、黒を基調としたユニフォームをまとった、沖縄城学女子硬式野球部の連中が、グラウンドに散って行った。


 先攻は我が校、後攻は沖縄城学。

 ベンチで見守ると、隣にいつの間にか来ていた、伊東が、


「先生。伊良部さんも凄いけど、石嶺いしみねさんにも注意して下さい」

 思い出したように、そう告げてから、石嶺のことを話してくれた。


 曰く。一発長打のある右投左打の外野手で、非常に特徴的なバッティングフォームから、軽々と柵越えを飛ばしてくる、「飛ばし屋」だという。


「プレイボール!」

「さあ、ついに始まりました。準決勝。プリンセストーナメントも残すところ、わずか3試合。ここまで、下馬評を覆して、快進撃を続けてきた、武州中川高校。果たして、この試合はどうなるのか?」

 審判の声と共に、場内に響く実況の鷹野熱男の叫び声のような、暑苦しい声が轟いた。


 マウンドに立ったのは、右投の投手で、身長が170センチくらいはある、女子にしては長身の選手だった。

 小麦色の健康的な肌を持つ、南海出身らしい、日焼けした選手で、短く刈った頭髪が目立つ。

 彼女こそが、沖縄城学のエースにして、2年生の最速投手、噂の伊良部だった。


 そして、1球目。

 その投球フォームが実に特徴的で、それ故に注目を浴びていた。


 腰を思いきり捻り、身体を外野側に向けてから、一気に押し出してくる。つまり、「トルネード投法」という奴だった。


 おまけに。

「ストライーク!」

 とんでもなく「速かった」。


 センターバックスクリーンの電光掲示板に示された数字は、いきなり「130キロ」を計測していた。


「な、なんと伊良部選手、いきなり130キロ! さすがは『南海超特急。沖縄が生んだ天才投手。得意の剛速球でねじ伏せるか。伊良部麻美子まみこ』!」

 場内に沸く、歓声と共に、こうして驚異の「伊良部」の舞台が明けた。


 そこからは、すさまじかった。

 まさに「奪三振ショー」を展開。


 1番の吉竹、2番の田辺、そして3番の笘篠まで。ほとんどが空振り三振だった。

 特に、伊東が言ったように、「最速」の130キロ台のストレートに加え、120キロ台のフォークが厄介だった。


 速い球に目を慣らすと、当然、そういう球が来ると予想するものだが、そこからいきなり「落ちる」軌道を描く、フォークが飛んでくる。


 予想以上に「打てなかった」。


「なんですの、あの球。あんなの打てませんわ」

「あれは無理ですね」

「私より目立ってんじゃん。めっちゃ悔しい!」

 吉竹、田辺、笘篠の三者三様の感想だったが、いずれも「全然打てない」ことは共通していた。


 試合は、まだ始まったばかりなのに、早くも「絶望感」がベンチに漂っていた。

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