第83話 鉄壁の二遊間(後編)
8回表に、伏兵、伊東のホームランで1-2と追い上げに成功したが。
その後ろの下位打線が、やはり「振るわず」、7番の平野、8番の潮崎が連続三振でチェンジ。
8回裏は、潮崎がランナーを出しながらも、要所を締めるピッチングで得点を与えず。その日の彼女は、安心してみていられるほど、スタミナもあるように見えた。
9回表。
ここで1点も入らないと、試合が終了する。
我が校の先頭バッターは、9番の佐々木。
長身の元・バレーボール部員で、頭をシニョンに結んだ特徴的な髪型、そしてお茶目な物真似好きな性格。
野球経験者ではない彼女には、正直、期待するところはあまりない、と思っていたのだが、守備に関しては、及第点だった。
足が速く、
打撃は、あまり、というか、最近ほとんど打っていなかったから、最後尾に下げていた。
言い方は悪いが、ここはもう「消化試合」くらいの意識でいた俺の期待を、いきなり裏切ってきた。
鋭く振り抜いたバットから快音が響き、気がつけば、佐々木が一塁へ全力ダッシュ。打球は三塁線に転がり、フェアゾーンぎりぎりを漂っていた。
つまりサードが深い位置から掴んで、一塁へ送球。
ラッキーな形の内野安打になっていた。
続く1番の吉竹。
ここは、監督としては、「悩み所」でもあった。つまり、「強攻」させるか、「手堅く」行くか。
1点ビハインドの状況を考えると、本当は「強攻」させた方がいいかもしれない。
だが、俺は手堅く「バント」を指示。
送りバントで1アウト二塁になれば、得点圏のチャンスでクリーンナップに繋げられる。そういう「思い」はもちろんあった。
ところが。
吉竹のバントが、運悪くなのか、それとも彼女が下手だからなのか、ピッチャーの川口の横をすり抜けて、ショート方向へ。ショートの宮本が前進し、あっさりと二塁へ投げて、二塁フォースアウト。
送りバントは失敗となって、一気に1アウト一塁に。
2番の田辺。
彼女は、野球ではなく、ソフトボール経験者だが、それなりに「野球センス」があるから、送りバントでも成功しそうだ。
だが、さすがに二者連続で送りバントはやりたくなかったし、成功しても2アウト二塁になってしまう。つまり「うま味」がない。
迷った末に、俺は「盗塁」を指示した。
ある意味、イチかバチかの作戦だった。
相手キャッチャーは、そこそこ肩が良かったし、川口にも警戒されていた。何より、センターラインが強力なこのチーム。隙はなかった。
だから、俺は二種類用意していた「盗塁」指示のうち、2番目の物を吉竹に示した。
これはつまり「行ける時に行け」という通常のサインとは別に、「慎重に見極めてから行け」という、指示だった。
どちらも、彼女の「判断」に委ねるところは変わらないのだが、頭のいい吉竹は、この違いをよく理解してくれた。
相手バッテリーの隙を見て、モーションを盗むように、カウント1-2でダッシュ。見事に二盗に成功していた。
「吉竹さん!」
「愛衣ちゃん!」
笘篠と並び、最近は「綺麗すぎる女子高生リードオフウーマン」と言われ、マスコミからの注目度も上がっていた、彼女の盗塁成功に場内が沸いていた。
そして、意外な形で得点圏にランナーを置き、2番の田辺。
カウント1-2。2番とはいえ、あまり大きな当たりがない、彼女にしては珍しく、ここでバットを長く持ち直した。
(長打狙いか)
すぐに気づいた。
普段は、ミートに主眼を置くはずの彼女。俺の指示も思い出したのかもしれないが、センターラインを越える、長打を狙ったのだろう。
相手バッテリーも、気づいて、長打シフトを敷いていた。
だが、それでも彼女は4球ほど粘り、相手のスライダーを打ち返して、左中間に運んでいた。
俊足の二塁ランナー、吉竹が一気に三塁を蹴って、還ってくる。
相手のレフトは浅く守っていたから、すぐに捕球して、本塁へ。
と思ったら、田辺が、一塁ベースを蹴って、二塁まで走っていた。
だが、明らかに「遅い」。そう、彼女はそんなに足が速くない。
さすがにその判断はマズかったが、もう遅い。
二塁に着く前にボールが二塁へ送られ、アウト。
その間に吉竹が還って、かろうじて2-2に追いついていた。
伏兵、田辺の一撃。残念ながらもこれは「単打」扱いになってしまうが、それでも彼女に「打点」がついていた。
試合は、続くことになり、9回裏。
潮崎は、ここに来て、スタミナが落ちるどころか、さらにアドレナリンを増したかのような、圧巻の投球を披露。
なんと相手のクリーンナップを三者凡退にしていた。
「ブラボー! 埼玉一の遅球王、潮崎唯。大学生相手に圧巻のピッチング!」
実況の鷹野が、熱く吠えるくらいに、見事な投球術が光っていた。
試合は、ついに延長戦へ突入。
延長10回表。
4番の清原から、という絶好のチャンス。
だったのだが。
「ストライク、バッターアウト!」
珍しく、というよりも、また前のように「ブンブン丸」が戻ったような、清原の「大振り」によって三振。
続く、5番の石毛は、フォークに詰まらされて、セカンドゴロ。
一気に2アウトランナーなし。
だが、「野球の神様」のイタズラは、大抵こんなところから始まる。
6番、再び伊東の打席。
前の打席にホームランを打たれているから、さすがに相手バッテリーも警戒しており、甘いコースには投げてこなかった。
だが、その分、相手が慎重になっていることを逆手に取り、伊東は、あえてファールで逃げたりして、球数を投げさせているように見えた。
そして、10球目。
緩いカーブだった。
狙いすましたような、大振りで今度は、「押っ付ける」ようにレフト方向へ。元々、パワーはあるから、打球はレフトの守備位置まで飛んで行った。
フェアか、それともアウトか。非常に微妙な当たりだった。レフトが突っ込んできた。こういう時、野手の判断は非常に難しい。
飛び込んで取りに行くのは、勇気ある行為だが、失敗すれば一気にボールを後逸し、長打になってしまう、リスクがある。
そして、この場合。
「おーっと。わずかに届かない!」
相手レフトのグラブの先端に当たって、ボールを後逸。伊東は大柄な体格だから、決して「俊足」ではないものの、必死に走って、二塁に到達。
2アウトながら二塁。最後のチャンスとも言える。
ここで迎えるは、7番平野。
これまで散々「初心者」だの「か弱い」だの言われており、エラーや三振で、散々「足を引っ張って」来たと言えないこともない彼女。
彼女自身が、それを一番強く感じていたのかもしれない。
そして、「人間」とは「そういう」経験を積むと、成長する生き物だ。
1球目は内角へのカーブ。見逃しボール。
2球目は外に落ちるフォーク。見逃してボール。
3球目は内から外へのスライダー。
空振り。
カウント2-1。打者に有利とされる「バッティングカウント」。
投手と打者の駆け引きが、「野球の醍醐味」であり、互いの頭の中で、心理戦が展開されている。
4球目。決め球のスクリュー。
だが、平野はよく見ていた。
わずかに、内に逸れてボール。
カウント3-1。さらに打者に有利になる。
5球目。珍しくストレート。振って当てるも、ファール。
これでフルカウント。
6球目。同じくストレート。
だが、渾身のストレートだったのだろう。延長に入ったとは思えないほど、ノビがある速球だった。
小柄な体格の、小さな「女の子」。それこそ、身長150センチしかない、小柄な彼女が、目一杯にバットをスイングしていた。
そして、それは同時に、お手本のような綺麗なバッティングフォームだった。
足を踏み込み、腰を捻って、身体全体で当てに行く。
快音と共に、打球はライト線へ。フェアソーンとファールゾーンのラインのギリギリの白線の上を飛んでいた。
2アウトだから当然だが、二塁ランナーの伊東は、もう走り出していた。打球は、丁度白線の上、つまりファールラインの真上に落ちた。
この場合、野球のルールでは、「フェア」扱いになる。
長打だ。
平野は、後先考えずにひたすら、小さな手足を動かして、必死な形相で走る。
二塁ランナーの伊東もまた、打球の行方を気にもせずに、ベンチやスタンドからの歓声に後押しされるように、ひたすら走り続けた。
やがて、相手チームのライトがボールを掴み、中継のセカンドへ。
セカンドの名手、土橋が矢のような送球を本塁へ。
走りながら、スライディングする、大柄な体格の伊東と、相手キャッチャーが交錯。
伊東の眼鏡が宙を舞っていた。
土煙が上がり、わずかに、伊東の足が、相手キャッチャーの股間の間からホームベースにタッチしていた。
「セーフ!」
飛び上がって喜ぶ、珍しい伊東の素顔。
それは、ぽっちゃりしていることを気にしているような、年頃の女の子には見えない、純粋な少女の笑顔だった。
3-2と勝ち越しに成功。
そして、これが決勝点になり、その裏に、潮崎が抑えてゲームセット。
我が校は、ついにこのトーナメントのベスト8の壁を破り、ベスト4に進出。
ここまでこれば、さすがに誰にも文句は言わせられないだろう。
それほどまでに、「成長」した、彼女たちが全員で掴んだ「ベスト4」だったのだ。
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