第82話 鉄壁の二遊間(中編)

 いきなり、帝峰大学が誇る、鉄壁の二遊間に、攻撃の流れを阻まれた我が校。

 後攻は、その帝峰大学。


 初回から、試合が動いた。

 1番は、無名の選手ながらも俊足だったが、これをセカンドゴロに打ち取っていた先発の工藤。


 続く2番がセカンドの土橋だった。

 工藤の球は、確かに「走っていて」悪くはなかった。


 だが、その日は、球速はともかく、制球があまりよくなかった、ように思えた。要は多少だが、「荒れて」いた。


 それが、いい意味で生きればよかったのだが。

 2番の土橋は、何とかファーストゴロに打ち取っていたものの、すでに球数を投げさせられているようにすら見えた。


 3番、ショート宮本。


「守備はもちろん、アベレージヒッターとしても、優秀で、注意すべき選手ですね」

 ベンチに控えているのは、俺以外には、潮崎と鹿取しかいない、寂しいチームだから、すぐ近くにいた、鹿取が説明してくれた。


 かつては、男性恐怖症で、俺に近づくことすらできなかった、彼女も成長したものだ。


 などと思って、感慨深く、鹿取の横顔を見ている間に、あっさりと宮本にライト前ヒットを打たれていた工藤。


 この時点で、気づくべきだった。そして、何らかの対策を練るべきだったのだが。それができなかった時点で、俺は「監督失格」かもしれない。


 4番の、明子・アレンが打席に着いた。

「驚異的パワーを誇るアメリカ生まれの女傑。本場の力を見せつけるか、明子・アレン!」

 ご大層に、アメリカの有名なロックバンドの曲を応援団が演奏し、登場曲のようにして、派手に登場してきたのが彼女。


 身長が175センチ以上はある。日本人女子では大柄なのだろうが、欧米人女子としてはそれでも普通くらいだろう。

 しかも、肌が浅黒い、というより黒い「黒人」の血が色濃く流れ、まるでアフリカ系アスリートのような、がっしりとした筋肉を持っている。

 おまけに、頭は派手なドレッドヘアーで、バックスクリーンに映る画像には「Here We Go!」と、わざとらしく英語で書かれていた。


 そのスイングスピードが恐ろしく速く、そして眼光鋭く、工藤を睨みつける様子が、まさに「得物を狙う肉食獣」のようにすら見える。


 初球から、決め球のフォークで、落とした工藤。空振り。

 スイングスピードと、そこから放たれる風圧だけで、もう恐ろしいほどだった。


 2球目。今度は、ノビのあるストレート。に見えたが、正確には、あれは彼女が得意とするムービング・ファストボール、のなり損ないだった。


 つまり、癖球にするつもりがなっておらず、ただのストレートに。

「Yeah!」


 奇声と共に、バットからまるで火を噴いたかのような、風を切る轟音、そして瞬間に、まるでボールが破裂でもしたかのような打撃音というより、炸裂音のような爆音が鳴ったかに思えた。


「打った! デカい! これは行ったか!」

 工藤は、後ろを振り返り、ただ見上げることしかできなかった。


 打球は、無常にもそのままバックスクリーンに直撃していた。


 2ランホームラン。

 謎のハーフ系筋肉女子、明子・アレンによって、この試合はあっさりと動いていた。



 そして、そこからが「難儀」だった。

 打てないのだ。


 いや、正確には「打たせてもらえない」が正しかった。


 先発の川口は、確かに制球力が高い、軟投派のピッチャーで、体力もあった。だが、それでも何回か打席に立てば、ある程度は見えてくるし、それだけの「力」を彼女たちはつけてきていた。


 ところが、「守備」が彼女たちを阻む。


 川口の球種の中でも、一番打ちやすいと思われる、カーブやスライダーに的を絞り、彼女たちは「当てて」いた。


 だが、ことごとく、「センターライン」に阻まれた。

 ある時は、ジャストミートした、ライナー性の当たりを、ある時は、明らかに三遊間や二遊間を抜けそうな球を。


 ことごとく、あの「鉄壁」の土橋・宮本コンビに取られて、チャンスを潰していた。


「まるで忍者ですね」

 珍しく、石毛が面白いことを口にしていた。

 つまり、まるで忍者のように、どこからともなく、守備範囲外に現れて、あっという間にボールを捕まれてしまう、ということらしい。


 言い得て妙だと思った。


 実際、セカンドの土橋、ショートの宮本とも、守備範囲が異様なほど広く、二遊間はもちろん、一二塁間、三遊間もほとんど捕られていた。


 気がつけば、7回まで0行進。


 だが、今回は5回から代わった、潮崎が、まるで川口に対抗心を抱くかのように、得意の変化球で、緩急をつけたピッチングを披露していたお陰で、それ以降の失点はなかった。


 それでも6回を終わった時点で、0-2のビハインド。


 7回は、我が校は1番の吉竹からの、好打順だった。

 ここで点を取らないと、もう後がなくなる。何しろ、この後は、期待ができない「下位打線」になってしまうから。


 そう思い、

「あんなの打てないです」

 と嘆く彼女たちに、


「二遊間がダメなら、外野に飛ばせ」

 と、あえて無茶とも言える、「大振りで遠くに飛ばす」ことをやらせてみたが。


 もちろん、そんな「小手先」の戦術が通用する相手ではなかった。


 川口は、終盤に入っても球威が衰えなかったし、何よりも抜群の制球力を持っていた。


 投球フォームが、どの球種でもほとんど変わらないところが、潮崎に似ている上に、その潮崎よりも全体的に、球速があって、ノビがある。


 たちまち、球威に押され、外野フライが連発。

 終わってみれば、かろうじて、足の力で出塁した吉竹以外は、三者凡退。


 回は8回に移っていた。

 7回裏も無難に抑えていた潮崎。


 8回表は、5番石毛からの打順だった。

 本来なら、まだクリーンナップと言える彼女の「一発」に期待するところだ。


「ストライク! バッターアウト!」

 だが、フォークボールに翻弄され、最後は、潮崎のシンカーに似ているが、浮き上がって落ちる、スクリューボールに空振り三振。


 続く6番、伊東。

 野球の試合とは「最後まで何が起こるかわからない」からこそ面白い。


 それを、この伊東が体現するとは思わなかったが。

 女子にしては、大柄で170センチ近くの背丈があり、そして、少しぽっちゃりしている伊東。


 ある意味、その体型ならではの「パワー」が彼女にはあった。

 もっとも、普段はそのパワーを生かしきれていなかったが。


 眼鏡の奥の彼女の眼光が、いつも以上に鋭く、相手ピッチャーの川口を睨みつけていた。


「ストライク、ツー!」

 ボールをよく見る彼女らしく、ボールを見極めるように、2球を見逃して、あっさりと追い込まれていた。


 その球種は、1球目がスライダー、2球目がカーブ。

(決め球のスクリューか。それとも1球外すか)


 そんなことを、ぼんやり考えながら、打席を見守っていると。


 わずかに、揺れ動きながら曲がり落ちる軌道を描く、スクリューが、右バッターの伊東の内角高めに入ってきた。

 普通に考えたら、難しいボールだ。


 だが。


―キン!―


 非常に綺麗な打撃音が鳴り響き、打球はわずかに詰まりながらもライト方向へ。


 丁度、逆らわずに「流す」ような打球になっており、ふらふらとライト線へ伸びていた。

 ファールか、ホームランか、はたまた失速してライトフライか。

 そのどれとも取れる微妙な打球。


 だが、「運命」は、風が運んだ。


 丁度、レフト方向からライト方向へ。正確にはレフトからセンター方向へ吹いていた風が、追い風になり、打球を追う、相手外野手のセンター、ライトの頭上を越えていた。


 フェンスギリギリのところで、スタンドイン。相手ライトのグラブがわずかに届かなかった。


「ホームラン! 伊東、ホームランです!」


「おお!」

「伊東先輩!」

「梨沙!」


 ダイヤモンドをゆっくりと一周し、照れながらも手を上げて戻ってきた、伊東がホームベース上で、ナインの祝福を受けていた。


 伊東の、まさかのホームラン。と言うと、失礼だが、俺としても初めて見た、と言っていいほど珍しいものだった。


 だが。

「ナイスバッティング。すごいな、伊東。まさかお前がホームランを打つとは……」

 言いかけていた俺を制したのは、彼女の親友だった。


「何、言ってるんですか、先生? 梨沙はこの体格ですよ。元々、パワーはあるんです。コツさえつかめば、ホームランなんて簡単に打てるんですって」


「唯。なんか、微妙に褒められてる気がしないんだけど……」

 そんな親友の潮崎の一言に、彼女は苦笑していたが。


「それにしても、よくあのスクリューを打ち返したな。難しかっただろ?」

 俺の関心はむしろそっちだったのだが。


「相手投手の一番得意な球を、打ち返す。これが一番、相手にとっては『こたえる』やり方なんですよ。キャッチャーなら、一度はやってみたかったんです」

 そう言って、微笑む伊東が、蠱惑的、同時に空恐ろしくも見えるのだった。


 とにかく、上位打線から下位打線に切り替わる、6番という微妙な打順にいたはずの、「伏兵」伊東のホームランで、1-2と追い上げることに成功。


 精密機械のような、軟投派のエース、川口に「一矢報いる」形になったが。

 残る回は、わずかに「1回」だけだった。

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