第81話 鉄壁の二遊間(前編)

 無事に、2回戦も突破した我が校。

 まさかのベスト16からベスト8に浮上。


 校長が事前に示した「条件」を既にクリアしているのだが。それでも貪欲に「勝ち」に行くことに、もちろん誰も異論はなかった。


 しかし、次の相手もまた、強豪だった。

 大学野球界屈指の強豪、帝峰大学。それが大きな「壁」となる。


 いわゆる「六大学野球」の名門校ではない、帝峰大学。東京都の東にあり、野球もサッカーも「強い」と評判の、スポーツ校だ。


 試合前のミーティングでは、

「エースの川口さんが、圧倒的ね。カーブ、スライダー、フォーク、スクリューまで扱う、変化球の『鬼』ね」


 親友の伊東の一言に、ウチのエースが、

「へえ。私と同じタイプか。面白そう」

 と、いつになく目を輝かせていた。


 だが、俺はあえてここでの先発に、工藤を指名。

 理由は。


「相手が、軟投派投手なら、こっちは裏をかいて、速球派で行く」

 だったが。


 前回の試合で、先発させて、6回まで投げさせ、ホームランを含む2失点を喫していた工藤。その彼女に対し、

「工藤さんで、大丈夫でしょうか?」

 彼女には珍しい、心なしか不安げに見える、瞳を、伊東が向けていた。


「大丈夫っすよ、先輩。前回のリベンジをしてやるっす」

 工藤は、えらく張り切っていたが。


(一発を狙われると痛い)

 恐らく、俺と伊東の考えは、似ていただろう。

 工藤は、優秀なピッチャーだが、球が速い分、当たれば「飛ばされる」。つまり、ボールの勢いに負けないくらいのホームランバッターがいれば、当たり所が悪いと簡単にホームランにされる、という危惧があった。


 事実、前回の試合では、一発のある八重樫にホームランを打たれていた。

 そして、マネージャーの鹿取が披露するように、このチームにも「ホームランバッター」がいた。


「明子・アレン選手。アメリカ人と日本人のハーフで、日本人離れした怪力を持ってます。まさに、日本人女子にはいない、男子顔負けの規格外のパワーが売りの選手です。ただ、好不調の波が激しく、低打率ですけどね」

 その説明がだいぶ、わかりやすくなっているように感じた。


 それだけ、鹿取も慣れてきたのだろう。

 だが、実はこの「明子・アレン」よりも恐ろしい選手が、このチームにいることに、まだ俺たちは知らなかった。


「他に、注意すべき選手はいるか?」

 問うと、


「二塁手の土橋さん、遊撃手の宮本さんが、まあ守備は上手いみたいだけど」

 キャプテンの潮崎が、手元のノートを見ながら呟いた。


 いつの間にか、彼女は試合を見て、特徴を掴んでいたようだ。主将として、成長したように思えて、監督としては少し嬉しい気分になるのだった。


 だが。


1番(一) 吉竹

2番(二) 田辺

3番(中) 笘篠

4番(三) 清原

5番(遊) 石毛

6番(捕) 伊東

7番(左) 平野

8番(投) 工藤

9番(右) 佐々木


 スタメンは前回と、あまり変えていない。下位打線の、7~9番をいじり、低打率に落ちていた、佐々木を9番に、逆に最近、少しずつ打ててきている平野を7番に上げ、その間に、工藤を置く。


 工藤は、打撃面では、潮崎よりも上だが、途中で潮崎にスイッチすることを考慮し、8番に置いた。


「プレイボール!」

 この試合は、日中、というより朝に行われることになった。


 すでに、大会は7日目に入り、この試合の勝者が、次の準決勝の大舞台に進むことになる。

 平日の午前中ということで、客は少ない、と思われていたが、予想に反して、多くの観客が詰めかけてきていた。


 先攻は我が校、後攻は帝峰大学。縦縞の、派手で目立つユニフォームに身をつけた、9人の女子大生がグラウンドに散って行く。


 マウンドに上がったのは、プロ注目の、本格派の3年生エース、川口真耶子まやこ。お手本のような、非常に綺麗な投球フォームから、様々な変化球を繰り出す、ある意味、大学球界の「怪物」だった。


「七色の変化球を操る、大学球界No.1エース、川口真耶子!」

 実況の鷹野熱男が、相変わらず暑苦しいくらいの大声でアナウンスしていた。


 1番の吉竹。

 快速に加え、最近は打力もアップしてきた、リードオフウーマンになりつつある彼女。


 2球目のカーブを振り抜いた。打球は、バットの先に当たり、ボテボテのサードゴロ。サードが前進してきて、素早くキャッチし、一塁へ送るが。


「セーフ!」

 吉竹の足が勝り、いきなりの出塁。


 だが、続く2番の田辺の打席。

 川口が何度も、牽制球を投げてきた。それこそ、しつこいくらいに。彼女の知名度が上がったのか、相当、警戒されているのは明らかだった。


 俺は、無難にバントのサインを田辺に送ったが。

 逆に、ここで「策」にハマっていた。


 当然、そう来るだろう、と呼んでいた向こうのバッテリーに、ボールを外され、気がつくと2ストライクに追い込まれ、3バント失敗でアウト。


 3番の笘篠の打席。


 もうここまで来ると、自由に打たせよう、と思った。

 実際、熱狂的なファンがついていた、笘篠の打席は、自然と盛り上がっていたし、彼女自身が、ボールをよく見て、無駄なボールを打たない、巧打者に成長していた。


 だが。

 カーブ、スライダー、そしてフォーク。さらにその後はスクリューまで引っ張り出し、気がつけば2-3と追い込まれていた。


 ファールも交え、7球目。


 ―カキン!―


 それは、非常に綺麗な打撃音だった。ボールの芯をジャストミートした時に、聞こえる音。まさに「芯を捕らえた」はずのバット。


 だったのだが。


 ボールは、センターラインに飛び、ピッチャーの横をすり抜けて、そのままセンターへ。


(抜ける!)

 誰もが思っただろう。


 ところが。

 一体、どこから現れたのか、と思うほど、視界の外から猛烈な勢いで走ってきた、ショートの宮本が、打球を難なくグラブに収め、そのまま近くにいたセカンドの土橋にトス。


 土橋は、流れるような、淀みのない動きでボールをキャッチし、二塁ベースを踏み、そのまま一塁へ送球。


 一塁手がキャッチ。

「ダブルプレー! さすが、大学球界No.1の、土橋・宮本の『鉄壁の二遊間』コンビ。徹底した守備力は、他の追随を許さず!」


 戻ってきた、笘篠が、唖然とした顔で、グラウンドからベンチに戻る、相手の二遊間コンビを見つめていた。というか、睨んでいた。


「何、あれ。反則じゃん。ありえねー守備範囲なんだけど」

 そう嘆いていた。


「センターラインか。まあ、野球の基本だからな」

「センターライン、ですか?」

 まだ、あまり野球のことに詳しくないような、元・バレー部の佐々木に、代わりに説明したのは、司令塔の彼女だった。


「キャッチャー、セカンド、ショート、センター。このラインを俗に『センターライン』って言ってね。先生の言う通り、野球じゃ、一番大事って言われる守備位置だね。確かに、ここが強いチームは強いと思うわ」

 もちろん、伊東だった。

 眼鏡の奥で、静かに目を光らせるかのように、彼女もまた、相手のセンターラインの二人を見つめていた。


 その2人が、まさに「最大の敵」として、立ち塞がる。

 セカンド、土橋美菜子どばしみなこ

 実況の鷹野による紹介では、

「天才的守備センスを持つ、大学球界No.1の二塁手」。


 ショート、宮本未可子みやもとみかこ

 同じく、鷹野によれば、

「女牛若丸うしわかまるの異名を持つ、鉄壁の守備職人」。


 だった。

 どうでもいいが、「大学球界No.1」が多すぎる。

 もうそろそろ、勝ち目がなくなりそうだ、と俺は思うのだった。

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