第79話 秘策(中編)
試合は0対1と、武上電機がリードしたまま、6回へ。
本来なら、ダブルエース戦術により、この回あたりから潮崎にスイッチするのだが。
「もう少しだけ投げさせて下さいっす! 今日は調子いいんで」
と、妙に自信満々の工藤が言うので、俺は「この回まで」という条件つきで、送りだした。
だが。調子がいいと言っていた割に。
「打った! 大きい!」
6番の八重樫に、鋭く落ちるフォークボールを救い上げられて、ホームランを打たれていた。
それでも、俺はその回だけは工藤に任せておいて、その間に潮崎には肩を作らせていた。
0-2と武上電機がリードしたまま、7回裏。
前回の伏線が、思わぬ形で炸裂する。
3番の笘篠の打席。
初球から、平松がシュートを放ってきた。
それは、キャッチャーの八重樫の戦術だったのか、それとも平松の意思か、わからなかったが。
その制球が乱れ、多少ボール気味に内角に食い込んでいた。
しかも、選球眼もいいはずの、あの笘篠が、前の打席と同じように、わざとらしくバットを振っていた。
結果。
またも彼女の体にボールが当たる。
野球のルール的には、「わざと」死球に行くのは、反則だが、バットを振って、それらしく見せると、反則を取られないことが多い。
「いったーい!」
しかも、まるでコントか何かのように、4回の時とまったく同じように、彼女は、弱々しく倒れこんでいた。
当然ながら、応援団が吠える。
「てめえ! わざとやりやがったな!」
「引っ込め!」
「ノーコン野郎!」
「天ちゃんに怪我でもあったら、許さねえぞ!」
罵声というか、ものすごい「野次」がマウンド目がけて飛び、さすがに平松が動揺しているように見えた。
場内はざわめいており、
「おおーっと。二打席連続の死球に、場内は騒然。武上電機内野陣が、マウンドに集まります」
アナウンサーが叫び、平松は一応は、帽子を取って、謝っていたが、かなりの動揺があるように見えた。
アナウンス通り、武上電機の内野陣が、マウンドに集まり、しばらくの間、話し込んでいた。
その間に、笘篠は。
「みんなー。私は大丈夫だよー!」
わざとらしい笑顔を、スタンドの応援団に振り撒いていた。
「天ちゃん!」
「良かった!」
(相変わらずあざとい奴だ)
そんな笘篠を見て、俺は溜め息を漏らしていた。あいつほど、自分の「美貌」を武器にしている奴も珍しい。
結局、動揺があったようだが、内野陣の言葉により、平松は続投。
しかし。
「おおっ! な、なんと。またも予告ホームラン! 一体、彼女は何を考えているのか!」
続く清原が、今度はレフトスタンドに向けて、バットの先端をわざとらしく向けていた。
「あのバカ。ホントに訳、わかんねえ」
しかし、俺の呟きに、鋭く反応したのは、マネージャーの鹿取だった。
「いえ。監督。これは、もしかすると、本当に打つかもしれませんよ」
「なんで、そんなことが言える?」
「お二人は、どうも示し合わせているみたいでしたからね。恐らく笘篠さんが、清原さんに球種や、相手ピッチャーの癖を送っているんだと思います」
その鹿取の発言通り、確かに笘篠は、この試合を通して、やたらと清原と連携しているようにも見えた。
普段、特別、仲がいいわけではない2人にしては、奇妙なほど親密に話しているのが、不思議だった。
そして。2球目。1球目はボールに外れる外のカーブ。2球目は内角のシュートだった。しかし、死球を恐れてか、それが心なしかすっぽ抜けたような、ほとんどストレートに近い球で、内角の打ち頃の真ん中よりに入っていた。
体を開き、ポイントを少し前にズラした清原が、鋭く振り抜いた。
―キン!―
綺麗な金属バットの快音を残して、すくい上げるように打った、打球はレフト後方へ。
かなりの飛距離を持ち、滞空時間が長い打球だった。
だが、潮風にも乗って、打球はそのままレフトスタンドの中段へと消えた。
推定飛距離は110メートルは越えるだろう。大飛球で、しかも、アッパースイングで、すくい上げる、まさに完璧に捕らえたホームランだった。
「うおおっ! まさかの予告ホームラン達成! まるで漫画! かつて、予告ホームランをやって、達成した選手がいるでしょうか! すごすぎる!」
アナウンサーの鷹野の絶叫がこだまし、そしてスタンドからは、
「清原! 清原!」
の大合唱が響いていた。
声援に応え、ダイヤモンドをゆっくり一周しながら、手を上げる清原。そして、笘篠が待ち受ける本塁に清原が還ってきて、2人でハイタッチ。
2-2の同点に追いつく。
相手バッテリーは、予想外の展開だったらしく、さすがにここで平松を交代していた。彼女自身に、かなりの動揺があったようだ。
「すごいな、お前ら。一体、どうなってんだ?」
戻ってきた2人に、ベンチで尋ねると。
「作戦よ、作戦」
と、笘篠は不敵な笑顔を浮かべていた。
「作戦?」
「あのピッチャーが、シュートを決め球に使うことは知ってたし、死球になりやすいことも知ってた。だから、わざと当たりに行き、自分の武器を使った。そして結果的に、平松さんはシュートを投げにくくなった」
「そこで、あたしの出番さ。たとえシュート気味でも、恐らく死球を警戒して、内角に投げにくくなって、ストレートに近くなる、と予想してホームランを狙った。まあ、最初は当てがハズれて三振しちまったけどな」
2人の口から語られる真実。
俺は舌を巻いた。
彼女たちは、たくましく、そしてずる賢く成長していた。
「まったく、冷や冷やさせやがって。笘篠、怪我は大丈夫か?」
「カントクちゃん。私の心配してくれるの? やっさしー」
まるで、ファンに向かうかのような、あざとい「可愛らしい」笑顔を向けて来る笘篠。
「お前の『体』の心配だ!」
「わかってるって。大丈夫。わざと当たりにいって、怪我するほど間抜けじゃないって。私は、勝つためなら、何でもするからね」
いつものようにへらへらと、笑ってはいたが、笘篠は元気そうで、一安心していた。
試合は、同点のまま、続いていく。
が、俺たちはまだまだこの「武上電機」の実力を見誤っていたことに気づかされることになる。
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