第78話 秘策(前編)
無事にプリンセストーナメントの1回戦を突破した我が校。
しかし、次の相手は、社会人ナンバー1とも称される、武上電機だった。
試合前から、早くも球場は大いに盛り上がっていたが、そのほとんどが武上電機の応援だった。
一方、我が校側は、まるでアイドルの応援団のような、笘篠の私設応援団が駆けつけ、その一団が一角を占めて、思いっきり「目立って」いた。
アイドルの応援のように「旗」や「タオル」を振り、「天ちゃんLOVE」という恥ずかしいくらいに、目立つ旗が揺れており、人数はゆうに100人を越えていた。
前の試合での活躍により、彼女の人気はさらに高まっていた。
試合前のミーティングでは。
「先発の平松さんは、カーブとシュートが武器。特にシュートは『カミソリ』と呼ばれて、驚異的な実力を持つわ。すでに今季のドラフト1位で、プロ入団が決まっているわ」
司令塔の伊東が説明する。
「ただ、このピッチャーは、コントロールに多少の難があって、死球が多いんです」
マネージャーの鹿取の一言に、反応したのは、今、最も注目を浴びている、笘篠だった。
「死球? ということは、狙えるかも……」
「なんだ、笘篠?」
「いや、別に大したことじゃないけど。ただ、清原さん」
何かあるか、と思い、問うと、彼女は清原を呼び、彼女にこっそりと「耳打ち」していた。
「そりゃ、おもしれえ! やってやろうぜ!」
その清原が、珍しく楽しそうに笑顔を見せていたのが、俺には気になった。
(なんだ。策でもあるのか)
と思っていたが、彼女たちは、俺にも作戦をバラすつもりはないようだったので、そのままにする。
「3番センターの飯田さんは、大学球界屈指の強肩を誇り、広角に打ち分けられるアベレージヒッター。こちらもドラフト2位でプロ入団確定」
「6番キャッチャーの
伊東と鹿取の話を聞いていると、どこにも隙がない上、このチームは「守備」が強力だと感じる。
スタメンは、以下のように決めた。
1番(一) 吉竹
2番(二) 田辺
3番(中) 笘篠
4番(三) 清原
5番(遊) 石毛
6番(捕) 伊東
7番(右) 佐々木
8番(左) 平野
9番(投) 潮崎
スタメンオーダーは、前の試合とほぼ同じ。
変にいじりたくなかったのと、笘篠の好調、それに続く清原。この2人に「策」があるようなので、あえてそのままにした。
ただ、違うのは、センターとライトの位置を逆にしたことだ。センターが笘篠、ライトが佐々木。
これは笘篠からの提案だったが、理由を聞くと、
「アイドルと言えば、センターじゃん。だからよ。私は目立ちたいの」
冗談のような理由が返ってきたが、面白そうだし、それで力を発揮できるのなら、と思い、あえて提案を受け入れた。
先発は、前回とは逆に工藤にした。
「プレイボール!」
我が校のナインが、球場に散っていき、代わりに打席には、青を基調とした、特徴的な洗練されたデザインの、武上電機製作所のユニフォームを着た、社会人が立つ。
試合は3回まではほとんど動かなかった。
工藤の球は「走って」いたし、一方で、我が校も平松のシュートに苦戦。文字通り、カミソリのような切れ味を持ち、右打者には体に向かってくるように、左打者には外に逃げるような球になって、とにかく「打ちづらい」し、当たっても詰まらされる。
以前、志木宗岡高校の、同じくシュートを武器にする加藤と対戦した時に、俺が教えた「シュート打ち」のアドバイスさえも、加藤をも上回る、それこそプロ顔負けの切れ味抜群のシュートを持つ、平松の前にはあまり効果がなかった。
「三振! 社会人球界No.1のシュートプリンセス、平松
相変わらずウザいほど大きな声で、実況の鷹野熱男が吠えていた。平松は長い髪を背中で縛っており、その縛った先から伸びる髪が揺れていた。年齢は24歳だという。
しかも、初回に四球で出塁した、吉竹が盗塁を試みたところ。
文字通り、レーザービームのような弾丸ライナーが、捕手から二塁に到達。あっさりアウトになっていた。
「ブラボー! その強肩は二塁到達を絶対阻止! 八重樫レーザー、炸裂! さすが社会人球界No.1の強肩、八重樫
八重樫由実は、大柄な体格を持つ選手で、女子にしてはがっちりした肩幅と、筋肉を持っていて、ほとんど柔道の選手のようにも見える。後ろを刈り上げた、ショートカットが特徴的な23歳。
両チーム決め手がないまま、回は4回表へ。
この回先頭は、アベレージヒッターの飯田
「球界屈指のNo.1外野手。その守備も肩も超一流。驚異のアベレージヒッター、未来の首位打者候補、飯田智秋!」
相変わらずの派手派手で、極端な演出の実況のリングコールのようなアナウンスが響き渡る。
飯田智秋は、長身の選手で、美しい黒髪をセミロングにまとめた、切れ長の目を持つ美人だった。年齢は25歳。その美貌でも注目されているというが、美貌に似合わないくらいの、えげつない守備力と俊足、強肩には定評があった。
その飯田に、工藤はストレートを狙われ、センター前に弾かれる。4番、5番をかろうじて打ち取るものの。
続く6番、「八重樫レーザー」の八重樫に、フォークを狙われ、キャッチャーとは思えない豪快な飛球を打たれる。
打球はライトの頭上を越えて、俊足の一塁ランナーの飯田が、一気に長躯してホームイン。
先制点は、大方の予想通り、武上電機に舞い込む。
球場内は、大いに沸き返る。
ところが、この4回の裏に面白いことが起きる。
3番、笘篠の打席。
平松の武器でもあるシュートが、カウント2-2の場面から放たれた。
笘篠は、窮屈なバッティングながらもバットを振ったが、恐らくはボール球だ。
そのボールが鋭く変化し、彼女の肘の近くに「当たった」。
「いったーい!」
笘篠は、そのまま倒れ込み、肘を抑えて、か弱い女の子のように、しなだれるように倒れ込む。
その様子が、明らかに不自然に見えた。必要以上に、「か弱い」女子を演じているようにも見える。
「うわっ。わざとらしい。っていうか、あれは絶対わざとだな」
「ですねー。天ちゃんらしい」
笘篠の本当の姿を知っている俺と、控えの潮崎がベンチで言葉を交わす中。
「てめえ! 俺たちの天ちゃんに何しやがる!」
「謝れ!」
スタンドの笘篠天応援団から、罵声が飛んでいた。
その無数の声に、ピッチャーの平松が帽子を脱いで頭を下げ、笘篠はというと。
へらへらと笑いながらも、「大丈夫です」と言って、一塁へ向かった。わざとらしく、痛がっていただけで、全然大したことはないのだろう。
続く4番の清原の打席。
何を思ったのか、奴は。
バットの先端をライトスタンドに向かって、これみよがしに突き出した。
「ええっ! まさかの予告ホームラン! 清原裕香、一体何を考えているのか?」
思わず、実況のアナウンサーまでもが絶叫し、そして球場内は異様な雰囲気に包まれる。
もちろん、俺は指示などしていないから、
「あのバカ」
とベンチで唸るように声を発していた。
しかも。
「ストライク、バッターアウト!」
決め球のシュートに空振りし、あっさりと三振していた。
結局、その回は得点に結びつかず。
帰ってきた、笘篠と清原に声をかける。
「お前たち。何を考えてるんだ?」
だが、2人はお互いに顔を見合わせて、
「ふふふ。これからだよ。面白くなるのは。ね、清原さん」
「そうだな。まあ、見ていろ。あいつの球筋はわかったから、次の打席だ」
2人の発言は、まるでこの展開を「予想」していた、かのような口ぶりだった。
そして、これが実は「伏線」だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます