第77話 姉妹対決(後編)
試合は5回まで進み、先発の潮崎が、低め中心の打たせて取るピッチングで、相手打線を翻弄。ほとんど三者凡退に打ち取る安定感抜群の投球を見せた。
5回を終わった時点で、
「先生。私、まだまだ行けます」
と言っていた潮崎。
その言を取り入れるべきだったのかもしれない。
戦術通り、6回から工藤を投入してから、変化が起こる。
6回表、上武学院の攻撃はラストバッター、9番から。9番、1番を連続三振に切って取り、俺は安堵していたが。
「先生。自分で言うのもなんですが、やっぱり私の方が良かったと思いますよ」
ベンチで、俺の隣で試合を見つめる潮崎が、珍しく不満の籠ったような視線と態度を見せていた。
俺は、あえて答えずに無言のまま、腕組みをして試合を見つめる。
そして、工藤は2番に四球を出す。
3番は笘篠海。天の妹だ。
再び、実況アナウンサーがコールする中、2人の攻防が始まった。
と、思ったら。
初球のストレートをいきなり弾き返されていた。
それも、右中間を深々と破り、ライトの笘篠の頭の上を越えて、フェンスまで当たっていた。
明らかに、「姉」を意識して、狙って打ったのだろう。
さらに。
「笘篠海、走る! 速い速い!」
我がチームのライト、笘篠。センター、佐々木。共に強肩ではなかった。笘篠は元々あまり肩が強くはないし、佐々木の方が強かったが、それでも夏まで活躍した羽生田には及ばない。
それを見越したかのように、笘篠海は、一気に二塁ベースを蹴って、三塁へ到達。ヘッドスライディングを敢行して、三塁ベース上でガッツポーズまでしていた。
当然、一塁ランナーは還って、3-1となる。
「笘篠海、3ベース! 姉に劣らない、妹の意地を見せつけた!」
アナウンサーの執拗なくらい、大袈裟なコールに場内のボルテージがさらに上がったように、歓声に包まれていた。
奇しくも、潮崎の「予言」めいた言葉が当たっていた。同じピッチャーとして、彼女には工藤の調子のようなものがわかったのかもしれない。
だが、潮崎をマウンドから下ろし、野手にしてない以上、工藤を替えるわけにもいかない。
続く4番。2アウトながら三塁のピンチ。
それでも工藤は動じている様子が全然なかった。
いつものように、強気にインコースを攻める投球で、相手をピッチャーゴロに詰まらせて、ピンチを切り抜けていた。
戻ってきた、工藤に俺は声をかける。
「工藤、調子は大丈夫か?」
潮崎の言が気になったから聞いていたのだが。
「監督サン。全然大丈夫っすよ。あのチビにちょっと甘く入った球を運ばれただけっす」
こちらは、空元気なのか、それとも瘦せ我慢なのか、わからなかったが、いつもの強気の工藤に見えた。
「あの野郎。私の真似しやがって」
一方で、同じことをされた笘篠(姉)は、怒ったような鬼の形相で、ベンチに戻る笘篠(妹)を睨んでいた。
試合はどちらに転がるかわからなかったが。
意外にも、その後の工藤の投球は光っていた。
先程までの、少し不安定さ、というかキレがないように見える投球内容から一転して、低めに集める速球と、落差と球速差のあるフォークボールで翻弄し、気がつけば7回、8回を連続三振とゴロで三者凡退。
(一体、何が工藤を変えた?)
そう思えるくらいの素晴らしい投球だった。
潮崎の予言が外れたのか、それとも俺の声掛けが彼女を変えたのか、それはもちろんわからないし、自分の言葉くらいで工藤の調子を変えれるほど、俺も
とにかく工藤は抑えた。
一方で、我がチームも相手のピッチャーの調子が戻ってきたのか、5回裏からことごとく三者凡退に抑えられ、2点差とはいえ、投手戦の様相を呈していた。
そして、9回表。
上武学院の先頭打者は、2番から。
この2番に粘られた上に、綺麗な流し打ちを左中間に打たれ、ノーアウト二塁。
ここで迎えるのは、またも笘篠海。
クリーンナップとは、そして勝負強いバッターというのは、こういう得点圏の場面で打席が回ってくることが多い。
そして、彼女もまた、その「部類」の打者だった。
俺たちは、少し彼女を甘く見ていたのかもしれない。
工藤は、得意の内角を攻める速球で追い込み、決め球にフォークボールを使うことが多い。
その時も、1ボール2ストライクと追い込んでいた。
だが、そのフォークボールの軌道を、狙い打ちするかのように、ボールが落ちた軌道をジャストミートしていた。
「打った! 大きい!」
その引っ張った打球がぐんぐんライト方向に伸びていた。またも、姉の笘篠天が守るライトへ。
打球はポール際まで飛び、フェンスに直撃。ライトの笘篠が捕球して、中継のセカンドの田辺に回した時には、妹の笘篠海は、俊足を生かして、またも三塁へ。
ランナーが還って3-2となる。
「セーフ!」
「おおっ!」
「笘篠海! 2打席連続の3ベースヒット! すごい! これは姉にも勝る新星誕生か!」
アナウンサーの興奮気味の実況と相まって、城内は興奮に包まれ、一気に上武学院が押せ押せムードになっていた。
さすがに、俺はタイムを取り、マウンドに伝令を走らせる。
この場合、潮崎しかいない。
彼女は不本意、と顔に書いてあるくらい、わかりやすく嫌な顔をしていたが、渋々ながら伝令へ走った。
他にもキャッチャーの伊東、ファーストの吉竹がマウンドに集まる。
戻ってきた潮崎に聞くと。
「大丈夫ですって。相性の問題だって言ってましたよ。あの子とは相性が悪いだけですって。本当かわかりませんが」
何だか投げやりな潮崎の回答だったが。
投手出身の俺は、少しだけ理解できる部分はあった。確かに投手と野手には妙な「相性」があって、プロ野球などでも、ピッチャーには「こいつにはやたらと打たれる」という印象があるという。
恐らく工藤が言っているのはそれだろう。
残るは4番からの油断できない打線、しかも1点差で9回。
もっとも、この場合、すでに先発の潮崎を守備位置につかせずにベンチに下げているため、野球規則では再登板はできないから、選択肢はないのだが。
おまけに、彼女の球筋に、疲れは見えなかったように見えた。
ところが、制球が乱れたのか、続く4番と5番に連続四球を出し、一気にノーアウト満塁のピンチになる。
「ああ、こりゃヤバいですね」
「工藤さん。何とか抑えて下さい」
ベンチでは、潮崎と鹿取が互いに気持ちを吐露していたが。
俺はタイムを取り、再び潮崎をマウンドに向かわせる。
今度は、
「思いっきり行け」
とだけ伝えてこいと言って。
戻ってきた潮崎に聞くと、
「伝えましたけど、あんなんでいいんですか?」
その言葉に俺は黙って頷く。
結局、野球と言っても、人と人がするもの。
変なプレッシャーや緊張感を感じて、委縮するより、思いっきりやった方がいいし、それで負けたら仕方がない、と腹を括った。
結果として。
続く6番、7番を低めの速球、外角のムービングファストで空振り三振。
「素晴らしい投球! その小さな体に似合わないほどの、低めにズバズバ決まる速球。まさに『小さなエース』、工藤!」
相変わらず、大袈裟な実況が響く中、思わぬ活躍に場内は沸いていた。
そして、8番バッター。
さすがにこれで終わると思うと、焦ったのか。
8番は工藤の速球に必死に食らいついてきて、ファールで粘っていた。
だんだん、工藤の表情が険しくなり、内心、苛立っているのが手に取るようにわかったのだが。
6球目だった。
鋭いフォークボールに食らいついたバッターだったが、セカンドゴロ。ワンバウンドした難しい打球だったが、セカンドの田辺が掴み、一塁へ送球。
ヘッドスライディングしたバッターだったが、
「アウト!」
ようやく試合は終わった。
3-2。からくも一回戦を突破していた。
「ブラボー! 埼玉県の小さな高校野球チーム、武州中川高校。一回戦を突破!」
しかも試合が終わってからは、まるでプロ野球のように、ヒーローインタビューまで行われるという演出まであった。
野手では、笘篠。投手では工藤が選ばれていた。
もちろん、無失点に抑えたはずの潮崎は納得が行っていないようだったが。
ヒーローインタビューを、黙って見つめていた笘篠海の姿が少し気になっていたら。
終わって、戻ってくる姉に妹が、苦々しげな表情で声をかけていた。
「私の方が活躍してんのに、何勝ってんのよ。マジ、ムカつくわ」
妹の海が、相変わらず口汚く吠えていた。
「海。悔しいか? 試合なんてな、勝てばいいんだよ。勝てばそれだけ注目を浴びれるし、目立つ!」
「はあ? バカなの、お姉ちゃん」
「バカとは何だ? これでも私は努力したんだぞ」
二人の会話を遠巻きに見守っていると、その妹が、
「はいはい。まあ、努力は認めるけど、次の対戦相手は、あの武上電機でしょ。まぐれで勝ったお姉ちゃんには無理だわ」
と、見下したような視線を向けていた。
「まぐれじゃねえ。次も絶対勝つ!」
「あー、暑苦しいわ。ま、せいぜい頑張ることね」
それだけを言い残し、あっさりと去って行った、笘篠(妹)。
「なんだかんだで、お前ら仲いいのか?」
妹が去った後、そう声をかけると、
「はあ? んなわけないじゃん。カントクちゃん、目腐ってるんじゃない?」
思いっきり笘篠(姉)にジトっとした目で睨まれた。
兄弟(姉妹)というのは、難しいものである、と俺は感じていた。
とにかく、1回戦は突破した。
だが、次の相手は、強豪の社会人チーム、武上電機製作所に決まった。
笘篠(妹)が言うように、そう簡単に勝てる相手ではなかった。
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