第76話 姉妹対決(前編)
いよいよ始まる、アマチュア女子野球の大会、プリンセストーナメント。
舞台は、お台場スタジアム。歴史は浅いが、技術の粋を結集して、作られた最新鋭の設備を誇る。この野外球場で試合が始まる。
球場はすでに、超満員だった。収容人数限界の4万5000人に近いくらい人が入っていた。
この世にも珍しい大会は、世間の注目を浴びているようで、マスコミが多数入り、テレビとネットに中継される。
開会式は滞りなく行われ、全32チームが行進し、ちょっとした甲子園大会のような様相を呈していた。
そして、面白いことに、このプリンセストーナメントでは、アナウンサーの実況の声が、球場内に響き渡っていた。
つまり外部マイクを通して、全て聞こえるのだ。
普段、せいぜいウグイス嬢のアナウンスしか聞いていない彼女たち、もちろん俺にも新鮮だった。
要は、この初めての企画を、精一杯盛り上げよう、というマスコミの「演出」だった。
そのためか、アナウンサーのテンションは異様に高く、いちいち選手紹介で「キャッチフレーズ」までつけて、コールしているのが特徴的だった。
球場は、満員の客を入れ、一種の「お祭り騒ぎ」のような状態になっていた。
「さあ、ついに始まりました。アマチュア女子野球日本一を決める、世紀の戦い、プリンセストーナメント! 実況は私、
早くも、テンションが上がっている、よく通る実況アナウンサーの声が、球場全体に響き渡る。
そして、その日のうちから1回戦がスタートする。
初日のこの日、1回戦の4試合が行われることになっており、俺たちの高校は4試合目、最後の試合だった。
その前に行われた試合が、圧巻だった。
1試合目。優勝候補の一角と目されている、大学野球の名門、帝峰大学が社会人チーム相手に15対0の大差で勝利。
なお、夏の高校野球の甲子園大会と同じように、得点差によるコールドゲームはなかった。
3試合目。社会人の雄、武上電機製作所が同じく社会人のチームを6対1で下し、2回戦に進出。
そして、いよいよ4試合目。
すでに夕闇が迫り、球場内はライトアップされている。
彼女たちにとって、初めての「ナイター」での試合となった。先攻は上武学院、後攻が我が校。
スタメンは以下の通りに発表した。
1番(一) 吉竹
2番(二) 田辺
3番(右) 笘篠
4番(三) 清原
5番(遊) 石毛
6番(捕) 伊東
7番(中) 佐々木
8番(左) 平野
9番(投) 潮崎
夏の大会後、3年生の羽生田と辻が抜けたため、このメンバーでの試合は、秋の大会以来。
しかも秋の大会では、あっさり負けていたから、久しぶりのメンバーだった。
選手たちが、グラウンドに集まり、整列して、礼をして試合が始まる。
オーソドックスなユニフォームの我が校に対し、対戦相手の上武学院は、特徴的な白と水色のラインの入ったユニフォームを着ている。
スタンドには、我が校の応援団、ブラスバンド、そして羽生田や辻の姿ももちろんあった。
そんな中、マウンドに上がるのが、先発の潮崎。
そして、異様にテンションの高い、アナウンサーのコールが、響き渡る。しかも、ご大層に、バックスクリーンにある巨大なオーロラビジョンに、まるでプロ野球の試合のように、選手の顔や成績まで映し出されていた。
「埼玉県に突如現れた、最高の
まるで、プロレスのリングコールを思わせるような、極端に過剰な演出とも思えるアナウンスが響き渡り、マウンド上にいる、潮崎は、照れ臭いような、所在なさげな、困ったような表情をして、帽子の庇を降ろして、顔を隠していた。
慣れていないから、恥ずかしいのかもしれない。
「プレイボール!」
だが、ひとたび、試合が始まると、彼女は豹変していた。
その日は、いつも以上にコントロールが抜群で、内と外に投げ分け、緩急自在のピッチングで相手を翻弄。
1番を低速シンカーで三振、2番をセカンドゴロに抑えていた。この日、ダブルエース戦略を使うべく、俺は潮崎には「5回まで」と告げていた。
その少ないイニングで、目一杯の力を発揮するつもりなのだろう。いつもより「球が走っていた」。
そして、3番が打席に立つ。姉とは違い、左投左打、ショートを守り、しかも1年生にして、3番を打っていた。
「姉に劣らぬ美貌を持ち、1年生ながら3番を打つ、小さな大打者。姉を越えることができるか。笘篠海!」
球場が沸き立つ中、彼女は左打席に入る。
姉の天とは違い、どちらかというと、パワーヒッターに近いような打ち方、つまりバットを長く持っているのが特徴的だった。
一発を狙っているのかもしれない。
だが、1球目から得意の高速シンカーで入った潮崎の球を空振り。
2球目は80キロ台のフォークを見送ってかろうじてボール。
3球目に高速シンカーを引っかけて、あっさりとサードゴロに終わっていた。
ベンチに戻る姉の笘篠天と、同じくバッターボックスからベンチに引き上げる、笘篠海が視線を交わしていた。
明らかに、互いに相手を意識しているように、俺には見えた。
続く1回裏。
こちらは、もちろん1番の吉竹からだったが。
女優のような美貌を持つがゆえか、密かに人気も急上昇中の彼女に、アナウンサーも客も大いに注目しているようで、フラッシュがたかれる中、高々とアナウンスがコールされていた。
「元・陸上部のスプリンターが野球に挑戦。異色の経歴ながらも、華麗な盗塁を見せる、お嬢様リードオフウーマン、吉竹愛衣!」
明らかに過剰に見える演出に、吉竹も戸惑ったような表情を浮かべ、打席に入っていたが。
相手校のピッチャーは、ストレートが早いものの、他の球種はあまり精度の高くないスライダーと、スローカーブ、たまに変化の小さなフォークボールくらいしかなかった。
その吉竹は3球目のストレートを弾き返して、いきなりレフト前ヒットで出塁。
しかも続く2番の田辺の打席に、いきなり足を使って、あっさりと二塁を陥れていた。
「ブラボー! さすがは埼玉一の快速スプリンター、吉竹! 見事な盗塁を決めました!」
いつの間に、「埼玉一」になったのだろうか、と俺は苦笑しながらも、相変わらず過剰なアナウンサーの声を聞いていた。
続く田辺は、あえなく三振。1アウト二塁。
そして、早速、彼女の「見せ場」がやって来ていた。
「女子野球界に突如、現れた、『かわいすぎる女子高生野球アイドル』。可愛いだけでなく、ミート力が光る、アベレージヒッター。笘篠天!」
「おおっ!」
「天ちゃん!」
球場がいつも以上に盛り上がっている。
笘篠に対する過剰な演出、そして元々彼女を知る、私設応援団や我が校の男子野球部員以外にも、ネットで注目度が上がってきているらしい、笘篠は、ちょっとした有名人になっていた。
結果的に、そのことが、今回のトーナメントに、我が校が招待された起因にもなっているから、ある意味、この大会に出場できたのは、彼女の「お陰」とも言える。
しかも。
その笘篠は、4球目の甘く入ったスライダーを見逃さずに、クリーンヒット。打球は強いライナー性の当たりで、セカンドのはるか頭上の越えて、右中間を破っていた。
俊足の吉竹が一気にホームインし、笘篠が「姉の意地」を見せて、いきなりタイムリー2ベースヒットを放っていた。
「天ちゃん! ナイスバッティング!」
「みんな、ありがとう!」
二塁ベース上で、ファンの声援、普段俺には絶対に見せないような、あざといくらい可愛らしい「作った」笑顔で応えていて、すでに妹より目立っていた。
続く2回表も、潮崎は危なげなく抑え、2回裏。
意外な人物が活躍する。
5番、石毛だった。
「元・剣道部のサムライガール。剣をバットに換えて、狙うはホームラン。石毛英梨!」
またも過剰な演出とも言える、リングコールのような演出に、照れ笑いを浮かべながらも、一度打席に立つと、石毛は今までにないくらい、真剣な表情になっていた。
元々が、真面目で、礼儀正しく、素直な性格の彼女は、野球に関しては、他の部員より、成長速度が遅いながらも、着実にレベルアップをしていた。
そして。
2球目だった。
―カキン!―
それは、かつて俺が初めて見た時の、石毛のホームランに近かった。
つまり、特徴的な神主打法のフォームから、相手との間合いを計り、タイミングをバッチリ合わせた上で、下からすくい上げるような、アッパースイングだった。
打球は、鋭い金属音を残して、夜空へ高々と舞い上がる。
滞空時間の長い、綺麗な放物線を描いたような打球だった。高々と舞い上がった白球がお台場の夜空を飛行し、そして。
「大きい! これは行ったか!」
一際、興奮気味の実況の声がスタジアムに響き渡る。
打球はそのまま、慣性の法則で落下し、バックスクリーンに直撃していた。
「やりました、サムライガール! これは目の醒めるような、見事なホームラン!」
アナウンサーの歓声と、球場のどよめきが重なり合い、大歓声に包まれており、ダイヤモンドを一周した石毛は笑顔で、ベンチに引き上げてきた。
「石毛、ナイスバッティング」
そんな彼女に声をかけると、
「ありがとうございます。これも監督のご指導のお陰です」
いつもながら、礼儀正しく頭を下げたが、すぐに、
「でも、『サムライガール』ってなんだか、恥ずかしいですね」
と困惑したような笑顔を浮かべていた。
どうやら、このアナウンサーは、元・剣道部の石毛に対して、この「サムライガール」というキャッチフレーズを使うことを気に入ったようだった。
早くも2-0とリード。
試合は、我が校が優勢のまま進み、4回裏。
3番の笘篠から。
第一打席に早くもタイムリー2ベースヒットを放っていた、姉の笘篠天。妹の笘篠海が1回と4回に凡退していたから、軍配は姉の方に上がっていた。
そんな中。
彼女の得意な「粘る」バッティングが久々に見られた。
5球目から粘って、カットし続け、10球目。
スローカーブが、甘く入っていた。
「芯」を捉えたような、甲高い打撃音が響き渡り、打球はライト方向へ高々と上がり、ライトが懸命に追うも、追いつけずに、ファールゾーンとの境目ギリギリの辺りに落ちていた。
一気に二塁ベースへ到達した彼女。通常ならここで止まるはずが、彼女は速度を緩めずに、さらに走っていた。
(ヤバい。あいつの足では……)
正直、笘篠は俊足ではない。そのことを危惧し、三塁を狙うのは無謀だ、と俺は考えていた。
事実、ライトがボールを掴み、早くもセカンドに投げている。
だが、野球の試合は何が起こるか、わからない。
二塁ベースを蹴った笘篠の表情が、いつになく真剣で、必死だった。そこには「野球アイドル」なんていう、奢りも慢心もなかった。
ただ、必死に、泥臭く、三塁を目指す。しかも、間に合わないと思ったのか、彼女は、三塁ベース目がけて、途中で思いっきり頭から飛び込んでいた。
相手高校のセカンドが中継し、矢のような送球が三塁ベースに向かっていく。
タイミング的には、ほとんどギリギリに思えた。
だが。
「セーフ!」
審判がヘッドスライディングをした、笘篠の頭上で、両手を水平に開いていた。
球場は、どよめきに似た歓声に包まれる。土にまみれた笘篠が三塁ベース上で、満面の笑みを浮かべていた。
「なんと、3ベースです! 笘篠天、姉の意地を見せつけた!」
派手なアナウンスと相まって、大歓声に包まれる球場。
しかも、続く4番の清原が、珍しく綺麗なグラウンダーのライト前ヒットを放ち、早くも3-0。
試合は完全に、我が校に「流れ」が来ていた。
4回裏が終わり、ベンチでは、その立役者の笘篠が、
「やっぱ余裕じゃん。妹のくせに生意気なんだよ」
と、、普段、球場に来ているファンには絶対に見せないような、勝ち誇ったような得意気な顔を見せていた。
だが、野球の試合とは、最後の最後までどう転ぶか、わからない。だからこそ、野球には「魅力」があるのだ。
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